エピローグ「ひまわりの咲く場所」

 アルクを乗せた荷馬車が、ソレイユの丘へと続く坂道を登り切った時、彼の目に、懐かしい黄金色の海が飛び込んできた。

 季節は巡り、再び夏が訪れようとしていた。若いひまわりたちが、太陽の光を浴びて、力強く空へと伸びている。


 王都での一件から、数週間。彼は、約束通り、この村に帰ってきた。


 村の入り口には、人影があった。

 亜麻色の髪を風になびかせ、彼の帰りをずっと待っていた少女。


 ヒマリだった。


 彼女は馬車の姿を認めると、ぱあっと顔を輝かせ、スカートの裾が乱れるのも構わずに、駆け寄ってきた。


「アルクさん!」


 馬車が止まるのも待たず、アルクは御者台から飛び降りた。

 駆け寄ってきたヒマリは、彼の目の前でぴたりと止まる。彼女の瞳は、喜びで潤んでいた。その白い腕には、もう呪いの痣のかけらも見当たらない。


「おかえりなさい、アルクさん」


 その声は、初めて会った頃のか細いものではなく、芯の通った、明るい声だった。


「……ただいま、ヒマリ」


 アルクの口から、自然と柔らかな笑みがこぼれた。


 もう、彼は過去の恥にうつむくことはない。

 王都で洗い流したのは、聖布のシミだけではなかった。彼自身の心に深く刻まれていた、後悔という名の染みもまた、綺麗さっぱりと洗い流してきたのだ。


 彼はこれからも、このひまわりの咲く丘で、洗濯屋として生きていく。

 人々の衣服だけでなく、時に、その心に染み付いた悲しみや後悔をも洗い流していくのだろう。


 ひまわりのように、常に太陽の光が差す方を見上げて。


 彼の隣には、世界で一番の笑顔を浮かべる少女がいる。

 そして足元では、忠実な泡の相棒が、祝福するように「ブクブク!」と陽気な音を立てていた。


 これは、一度は全てを失った男が、一枚の洗濯物から自らの誇りを取り戻し、大切な居場所を見つけるまでの、ささやかで、どこまでも温かい物語。


 ひまわり洗濯店の看板が、夏の柔らかな日差しを浴びて、きらりと輝いていた。

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「洗い場のシミ落とし」と追放された元宮廷魔術師。辺境で洗濯屋を開いたら、聖なる浄化の力に目覚め、呪いも穢れも洗い流して成り上がる 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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