異世界転生したアウトロー ~盃で築く俺だけのファミリー~

フェニックス

第1話 一人目の盃

激しい雨が、アスファルトを叩きつけていた。夜の繁華街の裏道は、ネオンの光も届かず、ただただ冷たい闇に沈んでいる。


俺はそこに、傷だらけの肉体と、血と泥にまみれたプライドを引きずりながら歩いていた。身体がひどく冷たい。身体のどこが折れているのか、最早わからない。


「必ず見つけろ。生きたまま連れさるんだ」


俺の周りから、多くの男たちの声が響く。雨音を切り裂き、その声は響の耳まで届いていた。


「ハハッ、いよいよ終わりか……」


血が滲む口元で、俺は唾を吐いた。鉄臭い血の味が口の中に広がり、ズキズキと脈打つ痛みが響く。


響は、誰にも指図されたくなかった。ただ一人の力、己の拳と度胸だけで成り上がり、この街の顔役になった。ムカつく奴は力でねじ伏せ、暴力こそが真実だと信じてのし上がった。だが、力の頂点に立っても、この孤独でみじめな結末だ。


仲間も出来たが、所詮は利害で集まった寄せ集め。ガチの暴力組織と正面からぶつかった時、すべては泡のように消えた。仲間はバラバラになり、残ったのはこのザマだ。


最後までついてきたアヤメという女がいた。彼女との合流地点には、俺の追手である反グレどもが、まるで汚泥のようにうじゃうじゃと待ち構えていた。裏切りか、それとも罠にかかったのか。もうどうでもよかった。


「最後は結局一人か」


雨は容赦なく俺の顔を打ちつける。


「いたぞ、あそこだ!」


物陰から、金属バットや得物を持った多くの男たちが、水溜まりを蹴立ててこちらに向かってくる。


響は、そいつらを睨みつけた。喉の奥から、乾いた笑いと共に、最後の言葉を絞り出した。


「へっ、こうなったら、最後まで好き勝手に暴れてやるよ」


これから待つのは、ボコられ、拉致され、山の中か海の底に埋められる最悪の結末だろう。だが、俺は最後まであがく。


「テメェらにだけは絶対屈しねぇ」。


その叫びだけが、暴力と血にまみれた現代での最期の記憶となった。




……


………


「なんだここは……」


響が意識を取り戻した時、全身を締め上げる「なにか」を感じた。なにもない、がしかし身体が動かない。いつの間にか傷も治っている。それにアスファルトではなくここは冷たい石の床。頭上には、なにか日本語ではない何かの文字が見えない文字が描かれ、魔法陣が光を放っている。


「目が覚めましたね、ソルダート(兵器)。これより私の支配を受け入れなさい。さあどんなスキルをもっているかしら」


この声のある方を見る。髪は金髪だ。しかし俺が今まで見てきたどこかケバさがある色じゃない。自然な美しさがある。


眼は青く澄んでいる。カラコンかなにかか。変な形のローブというのか兎に角派手な衣装だ。宗教団体の教祖様かよ。


身体は華奢で細いな。歳は俺より下か10代後半か。その後ろに甲冑を着た男達が立っている


その目の前に立つ、真面目な顔をしている少女に、響は口の端を吊り上げて笑いかけた。


「へっなんだよこれは。地獄の割にイヤに生々しいな」


「私の名前はエリザ。血統の王国王立魔法研究所第8分所主任補佐代理である。貴方はこの世界で兵士なる為呼び出されました……」


「なに言ってんだ呪文かなにかか。だいたい肩書き長いがただのヒラじゃねえか」


エリザの顔が一気に赤くなる。その表情は、今まで高慢さを出していたが、急に劣等感を指摘された少女にかわった。


「よっよくも私の一番気にしてていることを!」


後ろに立っている衛兵が呟く。


「エリザさん、やらかし多くて出世できてないしやっぱり気にしてんだな……」


「兎も角!貴様は血統の王国の王命により召喚された、わたくしの忠実な兵器となる存在です!さあさんざんこき使ってあげます」


「てめー誰に許可得て俺を使おうとしてるんだ? テメェの道具じゃねえんだよ、クソッタレ」


エリザはついに切れた。


掌に魔力を集中させる。響の手首と足首に魔法陣が拘束具ように現れる。そして激しく輝いた。


「切れるぐらい締め上げてあげます。しつけが必要ですね」


「グオオオオオ……ウン?」


なにか思ったより痛くない。というか普通に動けそうだ。脳内で「屈服しろ」という声が聞こえるが別にそんなにたいしたことない。この程度の精神攻撃はもとの闇社会の駆け引きの方がよほどタチが悪かった。


響が純粋な腕力で拘束具に触る。力任せにへし折ろうとすると、今度はエリザが叫んだ。


「やっやめろ。これを乱暴に扱うな。きゃあああああああ」


今度はエリザが叫び始めた。試しに拘束具を地面に叩きつける度にエリザがのたうち回った。


「これお前に連動しているのか。間抜けだなお前は」


「きゃあああああああ、もうダメ」


エリザがなにか早口言葉で呪文を詠唱するとたちまち拘束具が消えてなくなった。


「何をしているの!はやくあいつ……ソルダートを確保しろ!」


「やっぱりこうなったか。へいへい分かりましたよ」


衛兵たちは迷わず剣を抜く。しかし、響は獲物を前にした獣のようにニヤリと笑った。


「そうだやっぱり魔法か何かよりこっちのほうがいいよな。上等だ」


響は、衛兵たちが剣を構える一瞬の隙を突き、飛び出した。響は先頭の衛兵の喉仏に肘を叩き込み、その巨体が倒れるのと同時に、奪い取った盾を背後から迫る衛兵の顔面に投げつけた。


「う、わあああ!?」


衛兵たちがパニックに陥る。戦い……というのかあっという間にケリがついた。衛兵たちは気絶し床に這いつくばっている。


響は血と汗にまみれたその手で、背後に立っていたエリザの細い首を掴み上げた。


「テメェが俺を呼び出したんだ。この世界のルール、全部吐け。吐かなきゃ、ここで首をへし折って帰ってやるぞ」


蒼白になったエリザは簡単に世界の説明を始めた。王国と帝国という二つの国が戦っている。最近兵士の消耗が激しくて異世界から連れて雇用させるというプランが立ち上がった。響はそれの第一弾として呼ばれたらしい。


「お前ら雑過ぎるぞ。戦いってのは己が自分でやるもんだ。他人にさせるんじゃねえよ!!」


エリザの瞳に、まるで響の獲物を狩る目が映った。彼女の優秀?な頭脳は、この男には支配魔法が通用しないことを瞬時に理解した。


「ごめんなさい、私が悪かったわ。おっお詫びに良い事教えてあげる。頭の中で念を込めてみて。世界の変更時になにか特殊なスキルがつく可能性があるの、私の研究では」


「……ポンコツのお前の言う事か。まあやってみるか」


響が半信半疑ながら、言われた通りに頭の中で念を込める。そうすると目の前に古風なデザインの白い盃が現れた。


「なっなんなのこれ」


エリザは、その未知の現象に目を奪われる。響はそれを掴み取ると、中身は空にも関わらず、まるで酒が入っているかのように傾けた。


「これ俺たちの世界の盃だ。よく組織が親子の盃をかわすとか言ってたな。親が白といえば黒でも白になると親には逆らえねえ。試しにお前に飲ませてみるか」


「いっいやよ、そんなヤバいもの。クッ苦しい」


響が力任せにエリザの首を締め上げる。彼女の抵抗は無意味だった。エリザは盃をいやいやながら飲まされた。中身はないはずなのに、エリザの顔がみるみる青ざめ、目を見開いた。


「熱い……! 身体の力がぬけていく……!」


「動くな!」


響が命令して手を放してやる。エリザは自由になったのに動くことが出来ない。


「早く逃げたいのになんなのこれ。私の魔力より上というの」


「お前がポンコツだけじゃねえのか。演技かもしれないし土下座でもさせてるか」


「土下座だと。なっなめるな!!高貴な王立魔法研究所所員なそのようなふざけた姿など……身体がいう事きかない」


エリザは深々と土下座を始めた。それは逆に清々しいほどに。それは、屈辱の極みでありながら、響への支配の誓いが成立した証だった。


「よしこれからお前は俺の子分ファミリーだ。とりあえずこんなところから脱出してどっか行くぞ」


「わ、わかりました……よろしくお願いいたします……」


言いたくないのに自然と口から言葉が溢れる。こうして血統の王国の王立魔法研究所、エリザは、異世界の脱走犯――響の最初で最も重要な「子分ファミリー」となったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生したアウトロー ~盃で築く俺だけのファミリー~ フェニックス @jjjakus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

参加中のコンテスト・自主企画