ドロドロ

「それでは、この後も引き続きS-andサンド FMでお楽しみください。これまでのお相手は香織 香織でした。Have a good day.」

〈お聞きの放送は82.1MHz S-andサンドFMです。〉


ラジオブース内に取り付けられた電光時計が14:30に切り替わった事を確認した香織は、マイクのカフが下がっていることを確認すると、つけていたヘッドホンを取り外し、目の前広がっている原稿をクリアファイルにまとめた。


ブースを出ると、スタッフらに「お疲れ様でした」と挨拶をし、ハイヒールを鳴らしながらエレベーターへと向かう。


その後ろを、番組のADが慌てるように着いて行った。


「香織さん、香織さん」


「ん…あ、はい」


「この後、ちょっとだけお時間大丈夫ですか…」


「…えぇ、大丈夫ですよ」


「良かったです…こちらへ」



ADの案内を受けて、局内の談話ブースへ向かうと、そこには番組プロデューサーが資料を片手に待ち構えていた。金髪にピアス、オリバーピープルズの黒縁メガネ、ニルヴァーナのインユーテロのジャケットがあしらわれたバンドTシャツといった、ラジオ業界に居りがちな下北界隈のサブカル系ファッションに身を包んだその人は「ささ、どうぞどうぞ」と香織に席を促すと、単刀直入と言わんばかりに、本題へと入った。


「実は、香織さんにこの夏から新しく始まるポッドキャスト。そのメインパーソナリティを務めていただきたく」


「ポッドキャスト…ですか」


「そうです、番組のタイトルは今のところまだ仮なんですが『ナイトホークスの雑談』で考えてます、コンセプトとしては、身の回りで起きた少し不思議な出来事をリスナーから募り、その出来事について話してもらう番組です」


「時間はどれぐらいですか」


「20から30分くらいを予定しています。もう一人、パーソナリティとして超心理学者の野澤のざわ 清彦きよひこさんを考えています」


ここで、香織に疑問が生じた。


「すいません、その超心理学ってなんですか?」


「あ、あぁ…超心理学っていうのは科学的には解明できない現象を研究する学問です」


「…つまりは、オカルトですか」


表情には出ていないが、先程まで前向きに検討していた香織の心情には陰りが立ち込めていた。

元来"オカルトを一切として信用していなかった"香織にとって、半ばオカルト的番組を担当するのは適切でないと自身で判断したためだった。


いかにも断られそうな雰囲気を察した、番組プロデューサーは慌てたように番組の趣旨について訂正した。


「あ、いえ…オカルトと言うよりももっとライトな感じです、不思議な出来事に対して現実的な推論と幻想チックな推論双方から考察してもらう…まぁ、あくまで雑談番組なので深く考える必要はありません」


「…なるほど」


その後話し合いの結果、一度検討します。と返答した香織はとりあえず番組の資料を持ち帰ることにした。


帰りのタクシーの中で、香織はクリアファイルにまとめられた資料をみながら、かつて自分がまだ20代だった頃の事を物憂げに思い出した。


あれはちょうど世の中が占いやスピリチュアルなどに注目していた2007年頃。

テレビをつければ、人気占い師の冠番組が午後7時のゴールデンタイムに放送され、雑誌や新聞、電車内の広告に至るまで開運やオーラに関連する事柄で埋め尽くされていた。


世相に流されやすいミーハーな20代の香織は、ガラケーの占いを信じてやまない若者たちの例に漏れず、ラッキーアイテムはこまめに身につけ持ち歩き、恋愛に関しても専門書籍ではなく占い書籍を参考にしていた。


そんな香織に悲劇が訪れたのは2007年の夏の終わり、つまりは9月頃だった。当時付き合っていた一つ上の読者モデルだった彼氏に紹介され、開運効果のある置物や掛け軸などを高額で購入し、果ては月額費10万円という馬鹿げた金額設定の『開運の友』なる謎の団体にあれよあれよと入会してしまった。


最初は前向きな気持ちでいたが、当然の事ながら日に日に出費がかさむ一方で、高校大学と数年にわたってアルバイトに勤しんで貯めてきた貯金は、ヒビの入った水槽のように徐々に目減りしていった。


やがて200万程あった貯金が残り2万4000円を切ったところで、両親に相談。

当然の事ながら両親は激怒し、大学を中退すると共に実家に出戻ることにした。


後々わかったことだが、香織が入会した団体は典型的な霊感商法の詐欺団体だったようで、読者モデルの彼氏もグルだったという。


若くて端正な顔立ちをした女子大生を狙い、霊感商法で搾り取って首が回らなくなったところを闇金融へと誘導、そのまま風俗へ…という流れだったらしい。香織はあと少しで借金を負う直前に両親に相談していたから良かったものの、被害女性はそれなりに居るようで、後々この一連の集団詐欺グループが逮捕された際に、見知った元カレが警察車両に押し込められる姿を報道で見て、自分が被害者だったことを自認した。


香織はその後、占いなどを一切信用することが出来なくなり、それまで溜め込んでいた書籍も開運グッズも全て捨てた。奇しくも、スピリチュアルブームが下火になり衰退する時期と同時だった。


それ以降、現在に至る18年間においてオカルト系の番組はおろか、朝の報道番組で星座占いが映るとすぐにチャンネルを変えるほど、若干の拒否反応を示すようになった。完全にトラウマであった。


当然の事ながら、先程提案を出されたポッドキャストへの出演は見送るつもりだった。


だったのだが…。




「ただいま」


「まま、おかえりー」



自宅のある東京タワー近くの高層マンションへと帰宅した香織は、玄関を開けた途端に聞こえる娘のハツラツな声に笑みを浮かべた。


8年前に、大手IT企業CEOと結婚した香織は二人の子宝に恵まれた。長男の優斗ゆうと(8)と長女の凜々りり(6)である。


優斗は現在、都内のジュニアサッカーチームに所属しており、学校終わりはもっぱら、そのまま練習場に向かうことが多いため、帰宅時間が日の暮れた時間帯になる。そのため、18時頃に退勤する旦那が基本的にお迎えを担当している。


娘の凜々は自宅からほど近い私立小学校に通っているため、香織が仕事で空けている日は基本的に一人で帰宅している。


手洗いを済ませた香織は、リビングで宿題をしている凜々を微笑ましく見つめながら、夕飯の準備を始めた。今日の夕飯は夏らしくさっぱりとした素麺だ。旦那が仕事の知り合いから貰ったという、揖保乃糸の最上級品がパントリーに眠っていたため、それを消費してしまおうという考えだった。


薬味となるネギやミョウガを細かく刻み、副菜のサラダに使う野菜もカットして水に浸していく。


粗方の準備を完了させた頃には、凜々も宿題を終えていた。


身につけていたエプロンを外し、リビングへ向かうと、凜々がランドセルの傍らについてる巾着袋から複数個の折り紙を取り出していた。


「凜々ちゃんそれなぁに?」


「ん?これはねぇ…ないしょっ!」


「えぇ...ママにも教えて欲しいなぁー」


「えー、んー…どうしよっかなぁ…じゃあ、ばんごう、えらんで」


リビングで凜々がコソコソといじっていた物を見やる。折り紙で作られた三角錐のそれは、香織が小学生の頃にやった記憶のある、パクパク占いであった。


文字通りパクパクと開く折り紙の中に、数字を書き込み、選んだ数字の箇所を広げると運勢などが書き込まれているという、もはや占いと言えるか怪しいほどの子供の遊びだ。

占いやオカルトにトラウマのある香織でも、流石にパクパク占い程度に拒絶反応を示すことはなく、凜々の占いごっこに付き合うことにした。


凜々が小さな手で、ぎこちなく無機質な白い折り紙をパクパクと縦横に動かす。


「じゃあ…2」


「にばんね…」


折り紙を広げると、そこには『あお』と書かれていた。


「あお…うーんとね、はい!」


『あお』という謎の結果に心の中で首を傾げていると、凜々は傍らから、今度は青色のパクパク占いを取り出した。


「もういっかい!」


パクパクと動かす。

二重で占うとは中々に手が込んでいると、思いつつ再度数字を選ぶ。


「じゃあ、9」


「9ね…」


凜々が中身を広げると、そこにはスニーカーの形をしたキラキラシールが貼られていた。


「明日は、あるいてかえってきてね」


「歩いて…?タクシーじゃなくて?」


「うん!そう」


満面の笑みで言う凜々に、特段占いの結果やその理由について深く追求するような真似はせず、香織は小さなキューティクルを優しく撫でた。




翌日、いつも通り昼過ぎから夕方にかけてのラジオを終えた香織は、ポッドキャストの件について聞いてくるプロデューサーを「もうしばらく検討してみます」と軽くいなして、帰路に着いた。


エレベーターを降り、局が用意してくれたタクシーが停まっていることを確認すると、急いで乗り込もうとする。


その瞬間、昨日さくじつ 娘の凜々に言われた「歩いて帰ってきて」という占いが鮮明に、耳元で今しがた囁かれたように脳内に過った。


「お客さん、乗るなら早く乗ってくれるかな」


座席に腰をかける寸前に歩みをとめた香織に対して、運転手は若干の苛立ちを匂わせながら催促した。


「すいません…やっぱり今日は歩いて帰ります」


「チッ、はぁ…」


舌打ちと共にあからさまに呆れたような溜息を着いた運転手に内心、ギョッとしつつ香織は車内に踏み込んでいた片足のハイヒールを下ろした。


「(これが…占い結果の理由…なのかな)」


もしも乗っていたら、態度の悪い運転手に捕まっていたかもしれないと、昨日の凜々の占い結果に妙な信用を抱いた。


スタジオのある浜松町から自宅までは徒歩15分程度、嫌な思いをするくらいなら歩いて帰るほうが良いと思いつつ、歩みを進めようとした瞬間であった。


空間を割くような、金属をちぎったような、そんな耳をつんざく爆音が喧騒な街中を一閃した。思わず目をつぶりたくなるような眩い閃光と共に、一瞬身体を震わせた香織は恐る恐る瞼を開けると、そこには、先程自分が乗り込もうとしたタクシーが、もはやタクシーとは言えないほどドロドロに溶けていた。


あれにもしも自分が乗っていたら。

と、想像し血の気が失せた。


香織は昨日の娘の占いを鮮明に思い浮かべながら、荒くなった鼓動を落ち着かせるために息を深く吸った。

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【超能力。】 草原 山木 @uneboshi1023_shyma

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