シカゴ風パスタ
「…はぁ、一分超えた。よしっ!」
力んでいた手を緩める。
瞬間、目の前に浮かんでいた直径10cm程度の水の玉がシンクに落ちた。
傍らに置いてあるスマホのストップウォッチは『01:12:49』と表示されている。
水道水を空中に停滞させる訓練を行って2時間が経過した。そのうちの1時間30分以上は、水を球体状に形成する作業だったが、コツを掴んでからはより大きなサイズを長時間保つ練習をひたすらに積むばかりだった。
最初はピンポン玉サイズの水の玉を10秒持続させるだけで限界に達していたが、今は上記の通り10cmサイズを1分以上持続させることに成功している。
今は液体だが、いずれは気体すらも操作できるようになりたいところだ。
かなりの集中力を必要としたせいか、すこし疲労感が溜まってきたので、居間に戻って座布団を枕にし畳に寝そべる。
この時も適当な小物を空中でクルクル動かし続けることを忘れない。もはや固体であれば片手間に動かせるくらいには、念動力の練度が上がっている気がする。
目に見えて成長しているので、訓練が楽しくて仕方がない。しばらくすると、徐々に睡魔が脳内の意識を刈り取り初め、やがて瞼を閉じ、完全に眠りについた。
目を覚ますと昼過ぎだった。
時刻は12:40、窓から差し込む日光が、部屋の中を煌々と照らしていた。
腹が減ったと、重い体を持ち上げて冷蔵庫の中を漁る。
「…なんも無ぇ」
昼飯として腹を満たせそうなものが無かったため、仕方なしに近くのファミレスへ向かうことにした。
薄手の部屋着の上に、夏用のウインドブレーカーを羽織り、サンダルを履いて家を出た。こんなオンボロアパートに盗みに入るやつはおそらく居ないと、思われるものの、一応鍵も閉めておく。
日陰から日向へと出た瞬間、肌に突き刺さる直射日光の暑さに一瞬で汗が滲み出た。
近くにあるファミリーレストラン『サニーデイ』は朝方は近くの公園でラジオ体操を終えた老人たち、昼時は家族連れでそこそこ賑わうよくあるファミレスだった。
大型チェーン店故に独自の仕入れルートがあるのか、商品によってはかなり安く腹を満たすことができ、特に店の名物であるチーズが大量に乗ったシカゴ風パスタは創業当時の値段のまま620円で売られている。
一体全体どこがシカゴ風なのか皆目見当もつかないが、この商品を客全員が頼んでいたら、恐らく店は潰れるだろうと思われるほど利益率の高くない値段設定をしている。
近年の物価高に際して、元々申し訳程度に入っていたベーコンや玉ねぎが若干減っているような気がしなくもないが、パスタなんて味が着いていれば食えなくもないので、最悪トマトソースとチーズだけになっても注文し続けるだろう。
照りつける
「いらっしゃいませ、お客様何名様ですか」
「一人です」
「空いてるお席にどうぞ」
店内を見渡すと、三連休の最終日であるにもかかわらず家族連れが数組程度いるだけで、待ち時間はないようだった。
小さい子供の甲高い声を他所に、端の方にある座席に腰を落ち着かせる。傍らにあるタッチパネルから迷わずシカゴ風パスタを注文すると、ドリンクバーの横に設置されたウォーターサーバーから水を注ぎ、再び席に着いた。
それなりに注がれた冷水を半分程度飲むと、ポケットに入れていたスマホを取り出し、調べものをする。
当然、内容は念動力についてだ。
ネットを探ると、創作物の中に登場する念力使いが羅列されたサイトが複数件ヒットする。そのキャラがどのような設定で、どのように力を使っているのか、世界そのものを滅亡させてしまうほど強力なものから、日常使い程度の微弱なものに至るまで、あくまで創作上の描写であるに過ぎないものの、現実世界でその力を持っている
「(うわすげー)」
あくまでフィクション、されどフィクション。
しかしながら、作品に登場する念動力使いはいずれもレベルが高い。某SF映画に登場する暗黒面に落ちたエピソード1、2、3の元主人公は、飛び立つ宇宙船を片手で地上に引き戻す描写が描かれている。
宇宙船をわずかに持ち上げるなら露知らず、とてつもない推進力を持ったそれと拮抗するとなると、どれほど強大な力が必要になるのか検討もつかない。
こういったキャラクターたちの念動力ないしは、それに類似した能力を使用した際の描写を見る度に、規格外のパワー、そして応用力、それを叶えてしまう精密さに驚嘆するばかりだ。
そんなビックリ超人の中から、自分でも真似できそうな応用はないかと、関連リンクを踏みまくっていると。自分の隣にある4人がけの席に家族連れが座った。両親2人とまだ小さい男女の子供2人といった構成だった。
周りを見やると、店内もそこそこ混んできている。
ここは早いところ食べ終えて退散するべきかと思っていた時、ちょうど料理が運ばれてきた。
「お待たせ致しました、シカゴ風パスタになります」
「ありがとうございます…」
「ごゆっくりどうぞ」
胸元の名札に初心者マークが着いた、高校生くらいの若い女性の店員が、山盛りになったパスタとタバスコを置いて踵を返した。俺はテーブルの端に置いてあった箱の中からフォークを取り出すと、上に乗っかったチーズをパスタに絡めた。
しばし混ぜていると、先程料理を提供してくれていた店員が、ちょうど斜め前のボックス席に残っていた、グラスや皿を片付けていた。
一度で運び切るつもりなのだろうが、先程そこに座っていた家族連れがドリンクバーでかなりの数のグラスを使用していたため、上手く載りきっていないようだった。
「(あれは…落ちるな)」
自分も学生時代、同じようなファミレスでバイトをした経験があるので分かる。下膳の時は、無理せず適切な量で。
特に食器やらを落とした時は破片で怪我することもそうだが、周りの驚愕が混じった白い目線が一斉に向けられるあの恥ずかしさたるや、赤面と同時に死にたくなる。
そうならない為にも横着はせず、何度往復しても良いから、確実に安全に片付けること、当時のバイトリーダーに口酸っぱく教えられていた、マニュアル外のルールだ。
なんだか危うそうな雰囲気がしていて、パスタを巻く右手のフォークが止まる。俺の隣に座る家族連れの女児も、本能的にその危うさを感じ取ったのか、両親が「何にしようか」と注文する品を決めている最中で、ぼーっとその店員を見つめていた。
「あ」
女の子がわずかばかり聞こえるような声を発した。
その瞬間、店員の持っていたお盆から、2段に重ねられたグラスが、真っ逆さまに落ちるのが見えた。
俺は本能的に、フォークを握っていた右手を若干前に突き出した。
床に落下する直前ギリギリのところで、重力に引っ張られていたグラス2つが止まる。
店員も気がついたようで、本来ならば盛大な音を立てて散らばるはずのグラスが音も立てずに無事なことに、思わず首を傾げていた。
俺は優しく置くように右手を微妙におろしつつ、何事も無かったかのようにパスタを巻き始めた。
本来であれば無惨に死んでいたはずのグラスは、床をゆっくりと転がるだけだった。
視界の端で、真隣にいる幼女の視線が落ちたグラスからこちらに移っている事に気がついた。
「(…うわ気づかれた)」
不自然にならないようにできるだけ微妙に、右手を動かしていたものの、観察力が凄まじいのか本能的なのか定かではないが、あの現象の原因が俺であることに気がついたようだ。
「(やばいな、早く出よう)」
目の前の熱々のパスタを、口に入れては水で流し込んでいく。
ものの2分程度で平らげた俺は、伝票を片手に流れるように店を出た。
「どしたの
「うんん」
事の発端は遡ること2か月前、凜々が誕生日を迎えた5日後の事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます