念動力おにぎり
「…だめだなこりゃ」
すっかり常温に戻ってしまった肉の匂いを嗅いでみたが、如何せん食べてはいけなさそうな異臭を若干発しているので、あえなくゴミ箱へと捨てた。今日はちょうど燃えるゴミの日だ、捨てるに至るまで再凍結するのはすこし面倒だと思ったので、タイミングがいい。
しかしながら、夕飯も食わずに寝落ちしてしまったので腹が減った。俺は保温状態になっている炊飯器から、熱々の米をラップにくるみ、1合分のクソデカ塩むすびを作ることにした。
「アッツ…」
炊飯器に10時間程度保温されていた米は、ラップ一枚噛ませた程度では到底素手で持てるはずもなく、湯気が立ち上る白米を前に、四苦八苦していた。
「これ、手のひらビロンビロンになるぞ…」
こういう時に、綺麗な軍手のひとつでもあれば、ラップ越しに思いっきり握れるものなのだが、如何せん家に軍手がない。冬用の手袋を引っ張り出すのも気が引ける。
どうするべきか…と悩んでいた矢先、そういえばと思い出した。
「…念動力使うか」
スプーンをグニョグニョに出来たんだ、米ぐらい握れるだろう。と思った俺は、早速1合分の米を空中に浮かせた。
湯気を上げながらエクソシストのように浮かぶ米はなんともシュールな絵面だった。ここから敷いていたラップを上手いこと包み込んでいく。
「ムズ…」
それまでの単純な、浮かせたり力任せに握りつぶしたりといった作業に比べて、ラップで米を包んでいく作業は精密な動きが要求されてかなり難しかった。しかしここで諦めては行けない。いずれは念動力だけで折り紙が折れるようにならなければ、漫画やアニメに登場する念力キャラには到底及ばないだろう。
いつになく集中力を高める、一辺ずつ、一角ずつ、丁寧に丁寧に米を包んでいく。
「ふぅ」
やがてラップが完全に白米を覆うと、今度はほどよい力で握る作業に移った。
両手を囲うようにゆっくりと動かす、まずは左手で持ちながら右手で上から包み込むように押し付ける。次に左手なのだが…
「弱いな左…」
右手で押し付けた時に比べ、左手で握ろうとしても米の形状が一切変わらない。かなりの力を入れつつ押し付けても、表面が少し凹む程度で全くもって握れていない。
「念動力にも利き手って作用するのか?」
右手に比べ明らかにパワーが足りない左手の力に辟易しながら、結局右手の力のみでおにぎりを形成した俺は、再びラップを剥いたライスボールに向けて味塩をふりかけた。
おにぎりを宙に浮かせながら居間に向かう。空いた左手でテレビを着けつつ座布団に座った。テレビは、早朝のニュース番組が放送されており、直近で起きた出来事がテンポよく放送されていた。
アナウンサーの快活な声を液晶越しに聞きながら、宙に浮いているおにぎりを掴む。力を緩めると、急に右手に1合分の重みが加わった。
「人類初の念動力で握ったおにぎり…」
恐らくかつてサイコキネシスを使うとされていた自称超能力者でも、流石にその力でおにぎりを握った者は存在しないだろう。というか、過去の事例を思い出す限り、おにぎりを握れるだけのパワーがあるとは思えない。
俺だけにしかできない専売特許だと、ウキウキしつつラップを剥がしてソフトボール大のおにぎりを頬張った。
「(ミッチミチだ…)」
もはや押し寿司のシャリだけ食ってるような感覚になるほど、米粒の密度が高すぎてとても美味しいとは思えなかった。味塩のおかげで食えなくはないが、質の悪い餅を食っているようで、途中から麦茶で流し込むことでようやく完食できた。
「…ごちそうさま」
果たして人生における大事な一食をこんなミチミチに詰まった巨大塩むすびで済まして良いものかと、虚しさに食後襲われるが、念動力で握ったおにぎりという、どんな一流料理人でも真似出来ない調理をやってのけたことに対する満足感でチャラになった。
遅すぎる夕食もとい早すぎる朝食を終えた俺は、ゴミ箱から袋を取り出しアパート前にある集積場へと向かった。
「アツ…」
冷房で冷えきった部屋を出た瞬間に、全身を包み込む湿度のある熱気に思わず顔を顰める。緩やかな足取りで階段をおり、積み重なるゴミの上に被さった青い網を退けてゴミ袋を置いた。
帰り際、ポストに入っていた水道修理会社のマグネットカードを取り出し、右手から少し浮かせてクルクルと回転させる。回転速度は徐々に増していき、最終的にはブンブンゴマを本気で回したくらいの高速回転になったところで、部屋に着いた。
「(おもろいな…)」
自分の思い通りに物体を、それも重力を無視した状態で動かせる事が、これほど楽しいとは思いもしなかった。もはや暇さえあれば、念動力で何かを浮かせてしまいそうなほど、かなりクセになっている。
部屋に入り、手を洗うと今日一日の計画を立てることにした。
普段、休日の日に何をするかなんてわざわざ考えることもないが、念動力を手に入れた今は、早くこの力の特訓をしたくてうずうずしている。
「まずは…液体だな」
適当なチラシの裏にボールペンで箇条書きの特訓計画を立てていく。まず最初に思いついたのは、液体の操作だ。液状の物を球体型に変形させ空中に浮遊させる…恐らくかなりの難易度を要するだろう。
液体、それ即ち均等で隙間なく全方面から念動力で圧力をかけ続けなければ、形状を維持させることは出来ず、加えて1m㎡でも隙間があればそこから漏れ出てしまう。
相当な集中力を要することは必至だ。
故に、念動力を鍛える上での特訓としてはかなり有効なものと思われる。
仮にこの球体を俺がすっぽり収まるほど大きくさせることが出来れば、念動力で作ったバリアも実現出来るだろう。これが可能になれば、漫画でよく見る銃弾の
想像するだけでワクワクしてきた。
「ん…待てよ」
ここで一つ疑問が生じる。
液体を完全に閉じ込めるほど密閉された念動力の膜、果たしてそれは人間、もとい大半の生物に必要な空気も遮断してしまうのだろうか。
だとすれば球状に覆ってしまうタイプのバリアはかなりリスクが高い。一瞬ならまだしも、弾幕を防いでいる状況は少なからず、複数人の人間ないしは機関銃のように連射性のある銃で連続的に撃たれ続けるということだ。
もしも俺を攻撃する対象が、フルオート式の銃を携えるテロリストや特殊部隊だったとして、仮に撃たれ続けたとしよう。相手は当然、徒党を組んでいるからに、訓練されていた場合は相当な連携が取れているものとする。
故に、銃のリロード中も他の仲間が援護射撃をしているので、クールタイムは無いと考えていい。
果たして、俺は膨大なストックの銃弾が尽きるまで、バリアを維持させることが出来るのか、加えてバリアの中で酸欠にならずに済むのか…。
「(無理だな…)」
とても維持できるとは思えない。
なら、いっその事空気の通る通気口でも作るか、と安直な解決策を思いついた時に、今度は火炎放射器を防げるのかという疑問が湧いてきた。
「(絶対無理だ…火炎放射器は天敵だ)」
通気口なんて作ればそこから炎が侵入してきて、一瞬にして火だるまになるだろう。火炎放射器なんて燃料がある限り炎を射出し続けることが出来るのだ。よく、ゾンビ系のゲームなんかで火炎放射器はさほど強くない武器として扱われがちだが、現実で対峙するとなれば、これほど凶悪な武器はないだろう。
そうなってくるともうひとつ問題が生じる。
「…俺、パイロキネシスに勝てなくね」
【
読んで字のごとく、炎を操るタイプの能力だ。登場する作品によって強さの描かれ方は若干異なるが、シンプルかつ攻撃力の高い、正に圧倒的な"
使いこなせないと、自身が火炙りになる可能性が無きにしも非ずだが、それこそモノに出来れば燃料を必要とせず業火を周辺に撒き散らし続けるという、範囲攻撃を行うことが出来る。
「無理…勝てない」
勝てるビジョンが浮かばない。
唯一、対抗策を練るとすれば対峙した瞬間に念動力でぺちゃんこに圧死させる他ないだろう。
「…」
腕を組み苦悶する。
唐突なる空論のパイロキネシス能力者の登場を皮切りに、俺の脳内に次々と創作物で描かれている能力者が対戦相手として浮かび上がった。
「(時間停止…むり)」
次に思い浮かんだのは【
「瞬間移動…微妙だな」
【
その後も、次々と考えうる能力を羅列していく。戦闘向けからそうでないものまで。特訓の計画を立てるはずがいつの間にか架空の対戦カードを書くことに熱中していた俺は、時計の針が午前8時30分を指していることに気がつくと、急に達観したように最終的な結論に至った。
「…なんでどの能力者とも敵対する前提なんだ、俺」
と。
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