感覚 backcase■■

とある世界に「感覚」が転移してしまった。




目は光を受けても像を結ばず、


耳は振動を捉えても音を生まない。


皮膚は熱を感じず、舌は味を区別できない。


温度も、光も、音も、ただ数式の中でのみ定義されるものとなり、


触れるという行為さえ概念の一部に還元された。


誰かが「痛み」という変数を想起してもそれは脳内の計算に過ぎない。


  


それでもあらゆる装置は動いていた。


温度計は数値を示し、センサーは反応を返す。


だが、その変化を理解できる者がいなかった。


  


そして装置による記録は増え続けた。


波長λ、圧力、加速度、温度........


世界は確かに“動いてはいる”らしい。


それは装置が動いているからだ。


だが、その「動き」を誰も感じ取ることができない。


  


やがて研究者たちは悟る。


感覚とは、世界とを結ぶ装置だったのだと。


  


熱も、痛みも、美しさも、


すべては数値ではなく脳内的「経験則」としてのみ成立していた。


そして世界から感覚が失われたとき、人々は自らの存在を確かめる手段をなくした。


完全な数理に閉じた世界では、もはや誰も痛みも、光も、測れはしなかった。

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