#23 伝える
「.....はい」
その声は凛とした芯を感じさせながらも、まだ若々しさを残していた。返事が返ってきて、ほう、と息を吐く。最初は煌成に任せると先ほど決めておいたので目で合図を送る。俺の顔を見て、真剣な顔で頷く煌成は俺と同じく軽く息を吐いた。
「....あー秀一?俺なんだけどさー」
誰なのか言わなくとも長年の付き合いで声だけでわかるのだろう。
「......煌成か」
小さな声が聞こえた。その声から驚きは感じられずどこか呆れているように聞こえた。
「....何か用なの」
「実はさ、今日は秀一と話したいって奴いてさ、良かったらおしゃべりでも――」
「高校の人?」
重い雰囲気にならないようにわざと明るい声を出しながら俺がいることを伝えた矢先、遮るように聞いてくる蔭山。わざわざ聞くか?なんて疑問に思ったが、聞き返すのもおかしな話だろう。とりあえず俺が答えた方が良いかなと思ったので、聞こえやすいよう一歩踏み出してドアの前に立とうとするとそれを制するように横から手が伸びる。横を向けば首を振りながら口パクで何か言っている様子の煌成。
........「俺が答える」?別に俺でもよくないかと思ったけど素直に煌成に従い、会話を待つ。
「...おう、高校の奴。1年の時から同じクラスの奴でさ!面白い奴だからお前もさ!なあ?」
「嫌だ、帰ってもらって」
前髪をいじっていた手が止まる。....想定していたパターンと少し違う。俺と煌成の2人が拒否されるのは考えていた。話したくないから帰れと。でも俺だけ?混乱して咄嗟に煌成の顔を見ると、何を言われたのか分からないというような顔だった。無理もないか。
「.....え?なんで.....」
先ほどとは打って変わって小さな声の煌成。扉の向こうからはため息が漏れた。
「はぁ.....わかんない?僕がこうなったのは高校の奴らのせいなんだよ?なんでそんな奴らの仲間と会わせようとするのか意味わかんないんだけど」
「仲間って...。零斗はそいつらとは違うっ――」
「それは煌成から見てってだけでしょ?それに、虐めてきたあいつらも煌成とは仲良かったんだし」
「いやでもっ.....」
「もういいよ。煌成も帰って」
煌成の言葉に被せて反論する蔭山の声は怒りが滲んでいた。横を見れば、こぶしを握り締めて悔しそうに顔をゆがませる煌成。こんな煌成見たことなかったし、見たくなかった。俺は扉の向こう側にいる蔭山を刺すかのように扉を睨みつける。確かに俺を良く思わないのは分かる。.....でも、.あんな言い方ねえだろ。それに煌成にまで...。ますます重苦しくなるこの場を切り抜けるにはどうすればいいのか、俺はわからなかった。何かないか何かないかと訳もなく足元に目を泳がせる俺の横でスッと音がした。その音は扉から目を背けてこちらを向いた煌成が立てたものと分かるのに、時間はかからなかった。
「......?」
俺に対して何かあるのか、煌成に顔だけ向ける。怪訝に思う俺に、煌成は小声で言った。
「.......今日はもう帰ろう」
「........ぇ」
俺の返答を待たずして階段の方へ歩き出す煌成。その背中は無念を語った。
その背中を追うように俺も足を踏み出す、がすぐに止まる。頭によぎった百華、そして両親の事が俺をそうさせた。それと同時に、あの煌成を見てから脳みそと身体が乖離したような感覚から引き戻される。己を取り戻すための深呼吸でようやく脳みそがまともに物事を考える。....ここで帰ってどうする?明日またここに来るのか?でも、明日こそ会話をしてくれるなんて確証はどこにもない。むしろ、あんなこと言われたら望みはゼロだ。じゃあ毎日通うのか?毎日話せば心開いてくれるなんて、そんなのドラマや漫画みたいなフィクションだけだし、それこそ確証がない。そうなったら百華はずっとあのままだ。.....そんなの
「嫌だ」
振り返ってもう一度扉の前に立つ。今度はさらに正面に。
「.......零斗......?」
俺の気配がしなくなったと感じてこっちを見たのか、そんな声が後ろから聞こえてくる。でも、それに返事をする余裕なんて今の俺には無い。何を言えば良いのか、どう返されるのか。考えて予想することもなく、俺は口を開いた。
「...なあ」
そう呼びかけた俺の言葉は届くのか、返事を待つ。が、帰ってこない。ノックでもしてみるかと左手を少し上げたその時、返事が返った来た。
「.....誰」
宙ぶらりんになった手をしまう。
「俺がお前と話したいって言った奴だ。..........なあ、俺と話さねーか」
「......さっきの会話聞いてなかったの。会話するつもりなんて無い。帰って」
ぶっきらぼうな言い方に目の前の扉を蹴っ飛ばしてやりたくなるが、気持ちを抑える。大丈夫。
「...そんな事言わないでくれよ。煌成の話聞いてさ、めっちゃ話してみたくなったんだよ」
「だから?」
「.....俺と話してくれよ」
「無理。帰って」
突き放す物言い。だが、その行動が引っ掛かる。俺と本気で会話したくないんなら、俺が何か呼び掛けても無視すればいい。でもそれをしないという事はまだ、チャンスはあるんじゃないか?
....でも何と言えばいい?
「いやでも」
何をすればいい?
「ちょっとさ」
俺に何が出来る?言葉が続かなくなり、ピタリとやり取りが止まる。焦りと苛立ちが募る。......俺はドラマの主人公みたいに、聞き留めてもらえるような事は言えないし、漫画の主人公みたいに、行動は取れない。じゃあどうするのか。.........俺が出来るのは、
「....ふぅ。すまん、あやふやな言い方ばっかだったな。........今から一方的に話すけど、返事しなくて構わない。何もしなくていい。ただ、俺が伝えたいこと伝えるだけだから」
愚直に伝えることだ。
「.......」
「まず、突然やってきて申し訳なかった。とにかく、俺はお前と話がしたい。出来ればドアを開けてそっちの部屋で。でも、そんなの嫌だよな。高校の奴らなんて信用できねえよな」
「でも、話せないのは、俺も嫌だ。俺はお前と話がしたい。お前と顔を合わせて会話したい。頼む」
まとまっていないが、それでも伝える。不意に、肩に手を置かれる。見れば、いつの間にか煌成が俺の横にいた。俺の顔を見て強く頷いた煌成に少しの勇気を貰う。
「俺は今日、いい加減な気持ちでここには来てない。今日話せなかったから明日来ればいいなんて思ってもない。真剣な気持ちでここに来てる。分かってほしい」
「.......」
「........さっきは何もしなくていいなんて言ったけど、やっぱり俺はお前と会話したい!頼むっ!!」
深く頭を下げる。別にこの行動を見てもらえなくてもいい。自然と出ただけなんだから。
「.......なあ秀一」
頭上から声がした。
「言った通り、こいつは今日、真剣な気持ちで来てんだ。どうか、少しだけでもいい。頼む」
そう言って俺と同様、頭を下げる煌成。
「......」
「......」
返事が返ってくる気配はない。やっぱりダメか.....。それでも、頭を下げ続けたその時
「..........はぁ。..........分かったよ、少しだけね」
蔭山が立ち上がりこちらに向かって歩いてくるのを感じた。
「....ほんとか!?」
「良いのか!?ありがとう!秀一」
扉がガチャっと音を立てる。開錠されたようだ。
「勘違いしないでよ。僕が話したくなったんじゃなくって、そっちが可哀そうだから話してあげるだけ。......どーぞ。」
「分かった!ありがとうな秀一!」
ドアノブに手をかけて部屋に入っていった煌成に続いて、俺も部屋に入った。
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