#22 実は
ピンポーンと重い雰囲気に似合わない軽快な呼び出し音が響く。俺たち二人は直立して反応を待つ。10秒ほど経っただろうか、
「はい」
女性の声が聞こえてきた。
「あ、俺です煌成です」
「..あぁはい、ちょっと待っててね」
ガチャっとマイクを切ったので、煌成に疑問をぶつける。
「...なあ煌成?今の蔭山のお母さんだろ?お前蔭山のお母さんには今日のこと伝えたのか?」
「あぁ。入れたよ....つーかおばさんにしか今日のこと言ってねえ」
「......は?」
俺の声に呼応するかの如くドアが開く。蔭山の母親は、至って普通の主婦だった。
「いらっしゃい煌成君....とそちらが」
「あぁ、こいつが零斗ですよ。連れてくるって言ってた」
「そう、いらっしゃい」
「あ、は、はじめまして」
たどたどしく挨拶をして家に入る。玄関を入ってすぐ、左側にある階段が目に付いた。蔭山は2階の部屋にいるのかな、なんてぼんやり考えつつ靴を脱ぐ。煌成たちの後ろをついていき、廊下を歩く。2つ目のドアを開けて中に入る2人と同様、俺も部屋に入る。
「ここに座って待っててちょうだい、今お菓子持ってくるから」
「あざまーす」
「...どうも」
蔭山の母親はキッチンの方に向かっていった。俺たちが通されたのはリビング。綺麗な洋風の内装で、爽やかな香りがする。今座っているこのソファもふかふかだ。チクタク動く時計を見て、母さんに帰りが遅くなることを伝えてないことを思い出す。スマホを取り出して手早くメッセージを送る。そしてスマホをしまったタイミングでコップと、お盆に載ったお菓子が運ばれてくる。
「ごめんね~こんなものしかなくて」
「いえいえお気遣いなく!」
なんと答えれば良いのかわからず、俺は軽く頭を下げて大丈夫と示す。彼女は俺たち2人と正面に向き合う形で座る。歌詞に手を伸ばす気にもなれず、ちらりと横を向くと、煌成はすでに包装を開けているところだった。呑気なやつだな。
「......それで」
呆れた目線を注いでいると、母親が口を開き、俺たちは顔を正面に向ける。
「今日はどんな用で来てくれたのかな」
なんと言えば良いのか、言葉をまとめるのに時間がかかってしまい何も言えないでいると煌成が答える。
「あぁ、連絡したとおりっすよ。こいつが秀一と話してみたいってもんで」
俺も肩をバシバシ叩かれながら、
「そ、そうなんですよね。煌成から色々話聞いてて、俺も話してみたいなーって」
「…そうなのね」
ゆっくり答えた母親のトーンは少し明るさに上向き、場の雰囲気が軽くなったような気がした。いや、まあ別に元々重苦しい雰囲気だったとかではないんだが。
「あいつは今日も部屋に?」
その煌成の質問に首を縦に振る母親。少し悲しそうで淋しそうだった。
「....やっぱり中々こっちに来てくれなくてね。ご飯は食べてくれてるみたいだけど...。....ずっとこのままね」
「そっすか...」
「...」
不登校という事情から想像はしていたものの、こうして実際に聞いてみると堪えるものがあり、相槌しか打てなかった。そんな中、沈んだ表情でテーブルを見つめる俺たちの目線に入ってきたのはお盆だった。
「ごめんね、重くしちゃって!ささ、食べて食べて!」
明るい声に促されるまま菓子を手に取る。個包装のチョコだ。包み紙を取って口に含む。じんわりとした甘みとチョコの持つ香ばしさが口いっぱいに広がる。そのおかげで少し余裕が持てる。そして、もう一度煌成の方を見ると、今度は不思議と険しい顔をしていた。
「おいしいでしょ〜?このお菓子、あの子も好きなのよ」
その笑顔に余裕を持てた心がチクリと痛んだ。俺たちは今日、蔭山秀一が人影の正体かもしれないという観測の元、ここに来た。しかし母親である彼女にそんなことを伝えてしまったらどんな反応をして、どんな行動を取るのかは見当つかないが、良くない事が起きるのは火を見るよりも明らかだ。だが、このまま伝えないのもどうなのか?ここから取るべき最善手に考えあぐねていると
「じゃあ、そろそろ秀一の所に行く?」
菓子のゴミをまとめつつ母親はそう聞いてくる。とりあえず一度話してみてから考えるか。そうですね、と答えようとする俺よりも早く
「あのさ、おばさん」
煌成が口を開いた。その声は何かを語りだそうとする、決意に満ちた声をしていた。不思議そうな顔を向けてくる母親に対して話そうとしたその時、ピンポーンとインターホンの音がリビングに響いた。
「あら?お隣さんかしら...?ちょっと待っててね」
パタパタとリビングを出ていく彼女を見送って煌成に問う。
「何を言おうとしてんだ?お前」
煌成はさっきの険しい顔を崩さないまま言った。
「...今日俺たちが来た理由だよ」
「...なんで」
こう言ったものの、なんとなく言わなければならないと気づいていた。このまま蔭山の元に行き、人影ではないのかと追及するのは蔭山家に対して、卑怯だと。でも、言いたくない。言えない。
「....言わなきゃなんねえだろ。このまま行くのはなんか良くねえよ。上手く言えねえけど」
「..そうだけどよ。...正直に言ったら、あの人パニックになると思う」
懸念点を口にするうちに、下を向く煌成。顔は見えない。
「...だからと言って、言わないのはおかしいだろ」
「.....でも、このまま言ったとしても...」
言わなければならないが言いたくない、それを煌成に婉曲的に伝えようと言い淀んでいると、煌成がバン!とテーブルを叩いた。突然の行動に戸惑いが隠せず、何も言えないでいるとこちらを向く煌成。その顔は、先刻の険しさとは違い、懸命さを感じた。
「....俺は、ちゃんとこの話に向き合いたいッ!」
「......!」
「あいつが人陰の正体であろうとなかろうと!あいつは絶対傷つく!そうなったらおばさんまた傷つくだろ!」
拙くとも必死に言葉を紡ぐ煌成にかける言葉が見当たらない。飲み物を飲んで落ち着きを取り戻したのか今度はゆっくりと話す。
「......俺は昔っからあいつ見てきたからさ、あんな事するなんて思えねえ。でももしかしたら、なんらかの事情でやっちまったかもしんねえ。だから真相確かめたくて今日こうやって来た。.......だからまあ、俺はちゃんと話したい」
「......」
俺は煌成の気持ちを全く理解していなかった。一緒に過ごしてきた幼馴染が虐めによって不登校になった挙句、事件の犯人扱いされている。そして今、家族ごと傷つけられようとしている。辛い、苦しいなんて言葉では表せないほどだろう。あれこれ言い訳していた自分を殴り飛ばして俺は決心する。
「.....そうだな。言おう」
そう言うとパッと顔を晴らす煌成。
「....!ほんとか!ありがとな!零斗!」
「いや、すまん。俺、お前の気持ち全然考えれてなかった。本当にごめん」
頭を下げる。それと同時にドアがガチャッと音を立てる。
「いや〜ごめんね。待たせちゃって......喧嘩でもしたの?」
俺を見て不安そうに聞いてくる母親に煌成は言う。
「あぁ、別に大丈夫っすよ。.......それよりおばさん、さっきの話の続きなんだけど」
「そうだったわね」
ゆっくりと座るその動きがやけに遅く感じた。俺はその中で、決意した。
「....そんで、実は———」
「実は、今日来たのには、別の理由があるんです」
俺は煌成の言葉を遮って話し始める。
「...!?」
驚いた顔の煌成の膝をポンと叩いて、大丈夫だと伝える。上手く伝わったかわからないが、表情を戻して話を聞く体勢に入る煌成。ありがとう。
「...別の理由?」
「はい。....今は学校は部活動停止の状態なんです。ご存知ですか?」
どこまで知っているのか分からないので丁寧に説明する。
「えぇ。学校からのメールと煌成君からの連絡で。....確か、夜の学校に不審者?が現れたとか」
大体は知っているのか、それなら話は早いな。...これから話す内容もスムーズに理解してもらえるといいのだが。
「そうです。それでその、不審者らしい人影が」
これから言わなければならない事実を話さないといけない。来てほしくないその時の前に、瞬きをする。このままこの暗闇に居させてくれ。そう願うように長く。それでも無情に時は流れる。
「秀一君かもしれないって思って来たんです」
噂のことは言わなかった。ますます傷つくかもしれないという理由もあるが、それを盾にして伝えていくのは許せないと思ったのが1番の理由だ。俺の言葉に母親は唖然とした顔で反応する。
「.........え?」
その声に、思わず下を向いてしまう。蔭山の母親を直視できなかった。それでも、無理やり顔を上げると壊れた機械のように顔をぎこちなく動かす母親の姿があった。
「....え?....秀一が?え?」
静かではあるもののパニック状態には変わりない。なんとか和らいでもらおうとするが、言葉をまとめられない。肝心な時に限って何も出来ない自分に腹が立つ。そんな時
「おばさん落ち着いて!犯人が秀一って決まったわけじゃなくて、単にこいつが思っただけだから!こいつが犯人探してんのは理由があんのよ」
煌成が助け舟を出してくれた。俺は縋るように言葉を繋いだ。
「そうなんです。実は、不審者に遭遇したのは僕の妹なんです。妹は今家に篭っちゃってて、なので妹のために犯人を探してるんです」
それを聞いた母親は目を瞑って深呼吸し、コップに口を付けた。
「......そうなのね」
落ち着いた様子の今がチャンスと判断して、最後まで言い切る。
「なので今日は秀一君に話を聞いてみようかと思って。もちろん、秀一君が犯人だとは思いたくありませんが、万が一の事もあるので、ありえる可能性を潰していきたいんです」
そして頭を下げる。
「ごめんなさい。急にこんな事言ってしまって」
それにつられるように煌成も頭を下げる。
「すいません、俺も理由隠して伝えて」
沈黙が流れる。しっかり伝えられた安堵よりも、今は不安の方が大きい。きちんと理解してもらえただろうか。話をさせてもらえるのだろうか。祈るようにギュッと目を瞑る。
「.......頭を上げて、2人とも」
俺たちは頭を上げて蔭山の母親を見る。その顔を悲しさを堪えながらも微笑みを作っていた。
「....零斗君。今の妹さんのことを考えるとしょうがないわ。.....家族が部屋に篭ってしまう悲しさは私も分かるもの」
2階の方に顔を向ける彼女につられて俺も2階を見る。
「....じゃあ、秀一と話、してきてちょうだい」
「....はい!」
「...はい!」
「ありがとうな、煌成」
「あん?」
現在、俺たちはリビングを出て2階の蔭山秀一の部屋に向かっている最中だ。自分の家とは違う階段の感触に新鮮味を感じつつ、煌成に先ほどの礼をする。
「いや、さっき蔭山の母親がパニックになってた時、フォローしてくれたじゃん」
「あぁあれな。まあいいってことよ。...それより、問題はこっからだぜ」
先導する煌成の声は憑き物が取れたかのようだった。
「....ここだな」
「おう」
2階に着いていくつかあるドアのうち、いちばん近くに位置するものの前に立った。ここに蔭山がいるのか。ドキドキと高鳴る心臓を鎮めるために深呼吸をする。
「.....ふぅ」
「大丈夫だって。....じゃ、ノックするぞ」
少し笑いかけながら、煌成は木製のドアをコンコンと叩いた。
「.....はい」
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