火と鉄の理

――それは、初めて“機械の心臓”を見た夜だった。


黒い雨が降り止んで三日。

廃都の瓦礫の下で、アゼル=ロウグは“それ”を見つけた。

鉄の箱。

内部には青い光の核。

そして、その傍らには、腕と脚を失った一人の兵士が倒れていた。


「……生きているのか?」


兵士は返事をしなかった。

ただ、焼け焦げた軍服に貼られたパッチにはこう記されていた。


United Nations Interdimensional Frontline Expeditionary Science Force。

国連異界前線科学遠征軍。


つまり、“侵略者”そのもの。


アゼルは剣を抜いた。

しかし、その刃を振り下ろす直前――兵士の唇が震えた。


「……殺すなら、核だけは……壊さないでくれ……」


アゼルは刃を止めた。

その言葉に、かつての“魔導師”としての本能が反応したのだ。

この箱からは、魔力に似た波動が流れている。

けれどそれは、祈りではなく数式で制御された“理”だった。


「貴様らの“理”は、魔に似ている。」


「違う……俺たちのは、“理屈”だ。」


兵士は笑った。

唇の端から血が滲む。


「お前らは……神に祈って火を灯す……だが俺たちは……ただスイッチを押すだけだ。」


「……神を要らぬ、魔術か。」


「そうだ。……そして、神が要らぬ世界には、魔王も要らない。」


その瞬間、アゼルの胸の奥で何かが軋んだ。

怒りではなく、

恐怖でもなく、

ただ、理解してしまったのだ。


――彼らの“理屈”は、神すら殺せる。


夜が更け、雨が止む。

アゼルは兵士の遺体を埋葬し、鉄の箱を城の地下へ運び込んだ。

そして魔族の学士たちを集め、命じた。


「この装置を解析せよ。

 我らが滅びぬために――“奴ら”を滅ぼすために。」


数週間後。

魔族の都は、再び光を取り戻した。

だがその光は“魔法”ではない。

鉄と導線と魔力を融合した、新たな術式――魔導工学(マギア・エンジニアリング)。


「魔法を科学する……か。」


アゼルは呟いた。

そして、静かに手をかざす。

掌の上に小さな黒い結晶が浮かび上がる。

それは兵士の持っていた核――“魔導リアクター”を、模倣したもの。


「この“理”を以て、我らは反逆する。」


次の日、彼は再び王の玉座に立つ。

側近のルナが、蒼ざめた顔で問う。


「陛下……これは禁忌です。魔と理の融合など……神々が許しません。」


「神が何だ? “奴ら”は神の名を借りて侵略しているではないか。」


「……それでも、魂が穢れます。」


「穢れても構わぬ。穢れたままでも、生き延びねばならぬ。」


アゼルは立ち上がり、黒い結晶を掲げる。

その背後で、廃都の地下から轟音が響く。

鉄と魔法が混ざり合い、黒煙を上げる新たな兵器群。


――魔族の反攻が、始まった。

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魔法が科学に勝るはずがない! 人造人間 歯人 @ninomae1224

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