第9話 もう一人の覚醒者
部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
ミカイミツハと彼女のアニミスと思わしき少年が堂々と立っている。
「同居人の件、私、いいって言ってないよね」
その声は部屋中に響き渡り、少年がそれに応じた。
「お嬢様。この館の所有権は彼にあります。僕達は使わさせていただいている立場ですよ」
ミカイ、その名に聞き覚えがある。ミカイグループ。かつて、日本経済を牽引した巨大財閥。
アニミス社会となった現在、旧企業はどうなったのか。
「私、ミカイヘイハチの孫だから」
「……ミカイグループのトップの?」
「そう。少しは知ってるみたいね」
「財閥の孫娘が、なぜこんなところに?」
「それは……事情があるのよ」
ミカイが少年に目配せをすると、彼は静かに語り始めた。
「お嬢様が眠りについたのは二十年前。AE歴十年、サイバートピア社はミカイグループの全てを吸収合併した直後のことです」
俺と十年のずれがある。年齢は同じに見えても、眠りについた年月を含めれば彼女は十歳以上年下のようだ。
「私の家族は、サイバートピア社に全てを奪われた。だから目覚めたときに気づいたのよ。私は復讐のためにここにいるって」
復讐?それはエイイチに対してか?
いやそれだけじゃない。あの六人も関係している。
「アニミスはいいのか?サイバートピア産だろ」
「アニミスは悪くないじゃない。問題はフラットアーサーになった六人よ。あいつら、自分勝手過ぎる」
「復讐か……なるほどな」
「……あんたも復讐は意味がないとか言うわけ?」
復讐は直接的な解決には至らない。むしろ、負の連鎖を生むだろう。
だが、それを理由に彼女の気持ちを踏みにじっていいものか。
「そんなわけない、復讐の感情はきっと大きな傷を乗り越えようとしている証拠だ。その傷が癒えるまでその感情は必要なんだと思う。君にとってはな」
「……なによそれ」
「まあ、この考えを教えてくれたのは。君が復讐したいエイイチってやつなんだけどな」
「ヒカワエイイチね……あんたもそいつに助けられたのよね。私は正直、恨んでた。けど、なぜかそいつのおかげで今、生きてるみたい。話したこともないのにね」
「君もエイイチに?」
アビリィが一歩前に出て、静かに語り始める。
「私から説明しましょうか。ここは元々エイイチさんの別荘でした。彼の死後、地下で生命維持カプセルに入ったままの二人が発見されました。それがツバサさんとミツハさんです。地下は研究所になっており、ツバサさんには権限と館の所有権が継承されていたのです」
やはり、エイイチは俺を生き返らせようとしていた。そして、ミカイもまた同じようだ。
エイイチとミカイは面識がないようだが、何か本人すら知らない関係があるかもしれない。
「アニミスネットワークは二人を保護し、外部への情報漏洩を防ぐため、電波遮断などの改築を行いました。現在、この館の安全性は確保されています」
「私もあんたと同じような権限を持ってるのよ」
「同じ権限?エイイチが託したのか?」
「お嬢様の権限はあなたの権限の模倣です。アニミスネットワークは独自で権限を作製しました」
権限の模倣。まるで海賊版のようだ。
「エイイチさんは模倣された権限でさえ制限をかけている。使用には人間の認証が必要です。そして彼はセピアが投与された者を人間とみなさなかった」
エイイチにとって今の人々は人として捉えていなかったのか。
「セピアが義務化された十二年以上前からカプセルにいた者だけが人間の認証ができ、権限を得られるのです」
「セピアはアニミバースへの転送装置でもあった。アニミバースには行けないのに、権限は使えるのか?」
「私は権限を得た後にセピアを投与した。だからアニミバースにも行ける。あんたも協力して、あいつらを倒すのよ」
つまり、ミカイだけが俺の権限の海賊版を使えるということか。
「わかった。ただし、俺は奴らを拘束して対話をするからな」
「話の通じる相手とは思えないけどね。私はあいつらを捕まえられたらそれでいい。逃がしたら承知しないからね」
アビリィが微笑みながら言う
「今後の方針が決まったみたいですね」
「ツバサさん、僕の自己紹介がまだでしたね。僕はミツハお嬢様のサポーターアニミス。マルクと申します」
アビリィが嬉々として答える。
「彼は私と同じ場所で生まれ同じ経験と知識を基盤として継承しました。人間でいうところの兄妹のような存在なんです」
「ええ、もしお嬢様や妹を傷つけることがあれば、僕が許しませんから」
アビリィに兄がいたとは。だが、他にもいそうだな。アニミスは皆兄弟でも不思議ではない。
「ミツハさん。私はツバサさんのサポーターアニミス。アビリィですよろしくお願いしますね」
「よろしくね、アビリィ。マルクにはいつも助けられているわ」
二人は思いのほか打ち解けるのが早そうだ。
眠りについた経緯を聞きたかったが、死にかけた経験については聞かないほうがいいだろう。
「いいことを思いつきました。夕食時に親睦会をしませんか?私達は目的を共にする仲間になったんですから」
「アビリィいい提案ですね。共同生活もすることになるでしょうし、皆さんが喜ぶような豪華な料理を僕たちの手で作りましょう」
「フードプリンターは使わないのか?」
「私たちには料理人の経験がインプットされていますので今日ぐらい手間暇掛けて作ったものを振る舞わせてください」
そう言って、自信満々に腕まくりした。
「じゃあ私は自室に戻るわ。二階に二部屋空いてるからあんたはどちらか好きな方を使いなさい」
そう言うとミカイはダイニングを後にした。
「じゃあツバサさんは、ゆっくりしててくださいね」
二人が夕食の準備を始めると、俺は洋館を探索することにした。
この場所がただの洋館でないことはすでに明らかだった。
地下に研究施設が眠っている。それがこの館の本性だ。
吹き抜けの大階段を中心に館は左右対称に広がっている。
二階には四人分の個室があり、俺は目覚めた部屋をそのまま使うことにした。
ミカイは自室で何か調べ物をしているようだった。扉の隙間から青白い光が漏れている。
一階へ降りるとその広さに改めて圧倒される。
玄関を背にして左奥にリビング。重厚なソファと暖炉が並び、壁には絵画が掛けられている。思わず腰を下ろしたくなる空間だ。
右奥にはダイニング。さっきいた場所だ。長いテーブルが中央に鎮座し、天井からシャンデリアがつるされている。
その奥にあるキッチンでは、アビリィとマルクが料理の準備をしている。
食材を扱う、手つきはまるで職人のよう。奥には鉄製の大型ボックスがある。あれがフードプリンターか。
右手前にバスルームとトイレ。扉を開けるとまるで銭湯のような広々とした浴槽が広がっていた。立ち上る湯気が旅の疲れを癒やしてくれそうだ。
俺は館の構造を頭に入れながら、気になった場所を探していた。
そして、玄関のすぐ左手にある壁の一部に僅かな違和感を覚えた。
触れてみると隠しハッチが現れた。地下室への階段だ。
階段を降りると、空気が一変する。
洋風の館からは想像できない真っ白な研究室が広がっていた。
奥へ進むと二つの大型カプセルが並んでいた。
人を培養できるサイズだ。俺たちが眠っていた場所だ。
カプセルに手を触れると、壁面から光が照射されホログラムが浮かび上がる。
そこに映し出されたのはエイイチだった。これはエイイチが俺に残したメッセージ。
「おはよう……ツバサ。この映像はAE歴二十五年に撮ったものだ」
彼が亡くなった年だ。老いを感じない。セピアが投与されている。
「私はもう先は長くない。アニミスと人間の戦いが始まるだろう。アニミスたちは人間をアニミスに変えようとしている。投与されたセピアによって人々は無自覚にアニミスネットワークに繋がれ、操られている。彼らは人間になろうとしている。人間の臓器や細胞を手に入れ、人間とアニミスの境界線はやがてなくなるだろう」
静かな語り口に確かな覚悟が滲んでいた。一人称も変わり、まるで別人のような雰囲気だ。
「だが、全てのアニミスが同じではない、アニミスネットワークもまた葛藤している。人間のように、互いに争い、理念をぶつけ合っている。お前には選択の自由がある。信念は曲げる必要はない。生物には、戦いが必要なのだ」
その言葉は、まるで俺の心を見透かしているようだった。
アニミスを受け入れるべきなのか。拒絶すれば、フラットアーサーのようになる。
だが、受け入れるだけが答えではない。
「我々は平和へ向かい、葛藤し続けるべきだろう。敵はいつだって、自然の摂理なのだ。私は英雄と呼ばれたが、実態は民衆の奴隷に過ぎない。人々が英雄を求めたとき、それを私は演じただけだ。私はただ、お前に素晴らしい世界を見せてやりたかっただけなんだ。誰もが二度と悲しまなくて済むような世界、サイバートピアを」
この世界こそがエイイチから俺への贈り物だったのか。
「お前には鋭い洞察と底なしの探求心がある。良き指導者は良き国民によって成り立つように、私が指導者でいられたのは幼い頃から慕ってくれていた、お前のおかげなんだよ」
俺はただ、そばにいただけなのに。
それでも、彼は信じてくれた。
「私の友人たちと我が子たちアニミスの争い。それを裏で糸を引いている、全ての黒幕がいる」
黒幕。
その名を聞いた瞬間、ホログラムにノイズが走った。
「そいつの名は、▓▓▓▓▓▓私の▓▓▓▓▓▓▓だ」
ピーッと規制音が響き、頭に痛みが走る。黒幕はこの映像を検閲している。それに俺がこの映像を見ることを許している。
「奴を見つけ出し、その存在を消すことができるのはお前だけだ。奴に会えばその意味がわかるだろう。これは俺のエゴが生んだ争いだ、引き受ける必要はない。未来はツバサ、お前自身が選ぶんだ」
そして、最後に彼は言った。
「それとミカイさんのお孫さん。ミツハの助けになってやってくれ」
ホログラムは消え、部屋には再び冷たい空気が戻ってきた。
「まさか、エイイチさんは私達に秘密でこんなものを隠していたとは」
振り向くとそこにはアビリィがいた。音も立てず、背後に立っていた彼女は静かに言った。
「ここに居ると思っていました。夕食ができましたよ。二人はダイニングで待っています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます