第8話 七曜の創造者達

小学校低学年の頃、母親が交通事故で亡くなった。

その喪失は、あまりに突然で、実感が湧かなかった。

葬式が終わった夜、父親は俺を抱きしめて言った。


「大丈夫だ。父さんが必ず、立派に育て上げるからな」


その時の父の表情を俺は生涯忘れることはないだろう。

強がりと悲しみが同居した、あの表情を。


エイイチと遊ぶようになったのはその少し後だった。

それまでは近所に住んでいても、どこか距離があった。

きっと同情だったのだろう。いや、あいつなりの優しさだったかもしれない。

それから、エイイチはよく話しかけるようになった。

俺たちはまるで、最初からそうだったように、自然に打ち解けた。

あいつはいつも俺の知らない世界をたくさん見せてくれた。母親の死を乗り越えられたのは、間違いなくエイイチのおかげだった。


だが、父はそれを乗り越えられなかった。男は妻を失うと壊れる理由が分かった気がした。

父親は酒に溺れた。

それでも、俺に手を上げることはほとんどなかった。

「お前にはいい暮らしをさせてやりたい」と酔いながら何度もいっていた。

俺は、ただあんたが元気でいてくれれば、それでよかったのに。


中学に上がる頃に俺とエイイチの間にもう一人加わった。

アキヅキ カンム。

表向きには人当たりのいい奴だったが、どこか裏に黒いものを隠しているように見えた。

エイイチとアキヅキはすぐに意気投合した。

俺はずっと、エイイチと二人で居たかった。

多分、アキヅキも同じことを思っていたのかもしれない。


三人で同じ高校へ行こうと約束した。

俺は必死に勉強した。エイイチに追いつきたかった。

でも、俺だけがその高校に不合格。

あいつに、追いつけなかった。


卒業式の夜、三人で集まっていた。

夜通しゲームをして、笑って、騒いだ。

その時、アキヅキは俺に冗談めかして言った。


「二度と近づいてくんなよ」


何がきっかけだったかは覚えていない。

でも、俺は少しキレていた。

エイイチは「まあまあ」と場をなだめた。

その後、俺はひどく落ち込んだ。

俺はもうあいつらの輪に入れないんじゃないかと思った。


別の高校へ進んだ頃、父親が逮捕された。

会社の技術を横領したらしい。

さすがに軽蔑した。

「人のためで仕方なかった」とか言い訳していた。

父は、ぎこちないながらもちゃんと俺を育ててくれた。

俺は、尊敬していた。

だからこそ、裏切られた気分だった。

面会室で会った父を俺は父だとは思いたくなかった。


このことをエイイチに話したかった。

でも、軽く話せる内容じゃない。

アキヅキに知られるのも嫌だった。


そんな時、久しぶりに三人で会った。

ヒミヤとかいう新しい奴と、あいつらは仲良くなっていた。

俺によく似ているらしい。

俺の居場所が奪われた気がした。

それから、俺はあいつらを避けるようになった。




カルボナーラの食感は冷凍食品のようだった。だが味付けは見事だった。

どこかで食べたことがある気がする。

父がよく作ってくれた、あの味に似ている。


「アビリィ……エイイチの仲間にアキヅキとかヒミヤって奴は居るのか?」


「ご存じなんですね。現在フラットアーサーを率いているのはアキヅキ カンム、その副官がヒミヤ リョウです。どちらもサイバートピア社の創設期から関わっていました」


「アキヅキ……あいつが元凶か」


ヒミヤのことは名前しか知らない。面識はないが、少しだけ話を聞いた事がある。

アキヅキとは旧友だ。お互い思うところはあったが、確かにかつては仲間だった。

また顔を合わせるのは気が引けるが、いずれ避けられないだろう。


「彼らは、アニミスの普及に大きく貢献しました。エイイチさんと六人の幹部を合わせて。”七曜の創造者達”と呼ばれていましたね」


「自分で造って、自分で壊すつもりか?ずいぶんと身勝手な連中だな」


「ええ。彼らは後継者争いに敗れ、今では暴力に訴えています。対話するのは難しいでしょうね」


やはり、アニミスがその後継者になったということか。利権を取り上げられ癇癪を起こす。まるで子供のようだ。


「できるだけ対話を測ってみよう。奴らは俺の権限が欲しいはずだ。交渉の余地はある」


「わかりました。全力であなたを支援します。ただし、あなたに危険が迫ったら武力行使も辞さない方針で行きますよ」


「ありがとう。油断すれば命を落としかねないだろうしな……。それと七曜の創造者達について詳しく教えてくれ」


「いいでしょう、彼らは大学時代にサイバートピア社を立ち上げたとされています」


アビリィは指を弾いた。光のウィンドウが開き、資料と写真が次々と映し出される。




ヒカワ エイイチ

サイバートピア社の創設者にして英雄。若き天才として時代を切り開き、アニミスの礎を築き上げた。彼の死が全ての歯車を狂わせた。


アキヅキ カンム

狡猾な戦略家。かつてはエイイチの右腕として奮闘していたが、今はフラットアーサーの指導者。フェイクニュースを見抜くアプリを独力で開発した経歴をもつ。


ヒミヤ リョウ

冷静沈着な技術者。エイイチのかつての左腕。エネルギー問題にいち早く取り組み、アニミスの原動力を確立した功労者。現在、その技術を武力に転用し、反乱の火種となっている。


ミズノ レイジ

財界の申し子。ミズノグループの御曹司として、経営戦略でサイバートピア社を支えた。合理主義で厳しい成果主義者。現在もフラットアーサーの参謀として暗躍していると考えられる。


キバ シュウスケ

社会改革の旗手。医療、教育、行政にアニミスを導入し、理想的な社会基盤を築き上げた。理想主義者で民衆に夢を見させるカリスマ性を持つ。


カネコ ゼンヤ

元インフルエンサー。情報発信力と3Dプリンター技術を武器にアニミスの物理的な拡大を促進させた。多大なる情熱で群衆心理を操ることに長けている。


アケド ユウシ

天才プログラマー。情報オリンピックで世界を驚かせた実力者。彼がアニミスに感情を与えたことで、技術は人格を持ち始めた。感情と論理の狭間で揺れる彼の思想は、今でも多くの者に影響を与えている。




「彼らのスローガンは結成当初から”世界を乗っ取れ”だったようですね」


アビリィはウィンドウを消し、どこか痛みを含んだ声で言った。


「エイイチさん以外の六人は私欲のために民衆の感情を利用し、フラットアーサーを指揮しています。私達の目的は彼らの確保です」


エイイチと共に築いた世界を彼らは破壊しようとしている。アニミスも民衆の感情を利用していることには変わりないが、それは人々のためだ。

俺は彼らと相対することになるだろう。

目には覚悟の炎が灯っていた。

それはアビリィも同じだった。


「アビリィ自身はどうして奴らを捕まえたいんだ?人類の幸福のためか?」


アビリィは少しモジモジしながら言う。


「それもありますが、私も、とある方から託された立場にあります。奴らを捕らえるのだと」


とある方?エイイチではない、俺の知らない者のようだが、アニミスネットワークの中枢なのだろうか。


だが俺のやることは決まっている。


「そうか、わかった。俺も戦おう。その先にある対話のために」


アビリィは嬉しそうに微笑む。

数秒、穏やかな空気を感じた。


すると突然、勢いよく扉が開いた。

気の強そうな、俺と同世代くらいの少女が立っていた。


「……あんた誰?どろぼう?」


よく見ると彼女の後ろに執事のような格好をした少年が立っていた。

彼は滑らかな声で話す。


「お嬢様お忘れですか?彼が同居人になるフクチ ツバサさんです」


同居人?嘘だろ。聞いてないぞ。


アビリィのほうをみると彼女は慌てて紹介を始めた。


「こちらがミカイ ミツハさん。数カ月前あなたと同じように昏睡状態から目を覚ました方です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る