咲いて、散って。
桜が散る。暖かく迎えた春に、桃の花弁はふわりふわりと美しく舞う。風に乗って吹雪く、どこを切り抜いたとしても今年で一番に綺麗だと思える自信があった。
一本大きく聳える木の周囲は、澄み切った綺麗な池で、そこに輪状の橋が架けられている。水面に落ちて小さな波紋が数えきれないほどに作られている。今日は風が強い。散っていく量も多く、君の髪に着いてしまうんだろうと思った。それを取ろうと近づいたら、桜よりは白い、薄桃の頬は真っ赤になって、君は恥ずかしくなって水面をつつくんだ。
橋にしゃがみ込んで、池に一際大きな波紋を広げて、それを伝うように君の想いが僕にまで伝播したんだ──去年のこの日に。
池は此処に木を植えた誰かの優しさ。花弁は散っても水に揺蕩い、より長く美貌を保てる。涙も、その一部にしてくれる。
「君は,今どこで咲いているのさ」
涙よ。雹とも、霰ともならず今日は、今日だけでいいから。この心を溶かして、僕に春をください。そう、切に願わずにはいられなかった。
──「木漏れ日の貴女へ」より。
この物語は、文学のスケッチ。
春か。窓の外では白だったりピンクの宝石が散っている。死を望む花がいないのは最もな考えだが、それでもやはり散る花は綺麗だと思う。
最後まで生を示し、しかし確実に最期へと道を歩む振る舞い。可憐な姫のような、あるいは高貴な王妃のみたいなそれは、白黒で何も変わらない、この余生とさえ呼べる人生の中で、花弁は時の移ろい、色を教えてくれる。
彼はこの池を優しさと言ったが、きっとそれは僕自身にとって体のいい吐口でしかなかった。少し前、家族に連れられて行った花見での情景だ。
輪になっている橋。多分陰っている方に立っていたと思う。とても暗い話になるとも思っていたのに、枝分かれした、その隙間から僕へ降り注いだ、か細く、でも目を細めてしまうくらいに眩しい、一筋の木漏れ日。これが物語に一縷の希望を描くことを、許してくれた気がした。
いつかの時代に居た想い人をまだ忘れなくてもいいと心が言っている。物語に色をのせることも、今日はいいらしい。過去を想うことは、未来を想うことでもあるのだから。蕾を愛でれば、いつしか花開くのだから。
それでも過去に縋る己が事実である以上、前に進まんと涙する彼を描いたとして、その波紋に混じるのは、やっぱりできなかった。
物語の続きは、桜のように美しく散ってくれた。
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