資格

「できれば僕がそうしたかったんだけど、君には、幸せなって欲しいんだ」

 彼の遺した文、所謂いわゆる遺言の最後はそう綴られた。

 もう返事を書くことはできない。もしそれが可能だとしたら「言われなくても」と返してやる。私を置いて、理由も説明せず先に行ったあいつを気にすることなんか、きっと必要ない。その筈だ、そうに決まってる。きっと……。

 そうやって自分の心をありもしない感情の檻に投げ込んで、締め切り、彼の死を他人の死に置き換え、実現できるわけもない未来──彼のいない幸せを見据えようとする。

 でもその瞳は未来ではなく一周した先、自分の背中を見ている。遺言を残して逝った彼にどうしても伝えたくて過去を縋る。だとしたらなんで気持ちを考えを、生きている間に、文面なんかじゃなくて、それを言葉で言ってくれなかったのか、と。

──「声よ届け、声を聴いて」より。


 前二個は、暗くて先の見えない始まりだったし、生活が劇的に変わることはない、それが分かっていても、何か希望を抱かせてくるような物語にしたかった。

 しかし最も大きかったのは昔、ずっと一緒にいた友人がいたのを、ふと思い出したから。比較的裕福な家庭だったが、いやだったからこそ、貧しいけれど幸せに生きようとする彼が好きだったような気がする。貧しい生活の最中、離婚していた彼の両親が復縁し、彼は転校することになった。

 今も引き出しにあの手紙がある。「優しくしてくれて、ありがとう」。至って普通の、お別れの言葉。ただ違うとすればそこには感情が乗っていたし、それは絶対僕が描くなんかより、心の惹かれるものだった。確証はある。涙は嘘をつかせてくれなかったから、僕の中で、惜別の言葉となっていたから。

 筆は、これ以上進まなかった。三十分経っても先で描かれる未来が、僕にはわからなかった。だって思ってしまう。大切な人を失った彼女は、隠し難い恋心を何処へ向けて、これからを生きていくのだ、と。それを描くのは、本当に僕なのだろうか。

 続きは書く資格がなかった。

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