第2話:醜い不協和音
私の完璧な庭を侵した、たった一つの不協和音。
黒い
「……ありえない」
私はその場で膝をつき、指先でそっと
「姫さん、さっきからそこで何ブツブツ言ってるんだい? そんなもの、さっさと引っこ抜いちまえばいいだろうに」
いつの間にか背後に立っていた
「よく見てください。これは、そういう次元の問題ではありません。……
「あたしに言わせりゃ、そんな枯れ草を睨んでる姫さんの方がよっぽど醜いけどねえ」
軽口を叩く
地面に膝をつき、人差し指に直接墨を付けて、乾いた土の上に術式を描き始めた。複雑な幾何学模様が、一切の淀みなく、正確に描かれていく。
「うわっ、また始まった……。お気に入りの服が汚れても知らないよ」
その横顔は、真剣そのものだった。普段は几帳面に結い上げられている黒髪が数本、頬にかかっているのも気に留めず、翡翠色の瞳はただ一点、大地に描かれる術式だけを見つめている。燕燕は呆れながらも、その姿がどこか神々しいもののように思えて、思わず言葉を失った。
「探査術式、構成」
描き上げた術式の上に三本の針を突き立て、自身の
「……なんだい、こりゃあ……」
そこだけ術式が何の反応も返してこない。本来そこにあるべき「
「どうしたのです、
私の知的好奇心が、警鐘を鳴らしていた。これは、ただの異常ではない。私の知らない、全く新しい論理体系によって構築された、未知の現象。
「……
「かしこまりました。……ですが姫様、そのような得体の知れないものに、直接触れるのは」
「気にするなとは言いませんが、細心の注意を払ってください。
「げっ、あたしがこんな気味悪いものをかい!?」
「報酬は、美肌の丸薬一月分でどうです?」
「……やるよ! やってやろうじゃないか!」
***
私の実験室は、私室の隣にある。壁一面の術具が完璧な秩序で配置された、私だけの城。
「うへえ……。何度来ても気味の悪い部屋だねえ」
「このうつくしさが分からないとは、あなたの感性は救いようがありませんね」
軽口を叩き合う私たちをよそに、
「今から、詳細な解析を開始します」
私は棚から、人の頭ほどの大きさがある円形の
実験台の上に水晶盤を置き、その上に穢れた土のサンプルを少量乗せる。そして、
「
「かしこまりました」
すべての準備が整う。私はそっと水晶盤に手をかざし、全神経を集中させた。
「解析、開始」
静かな呟きと共に
そこに映し出されたものに、私たちは息を飲んだ。
「……なんだ、これは……」
水晶盤に浮かび上がっていたのは、黒い
「これが……この現象の正体……」
だが同時に、私の心は歓喜に打ち震えていた。
未知の論理。未知の力。
この世の誰一人として、まだその存在を知らないであろう、新たな研究対象。
私はその黒い
「ああ……なんて、
「……あんた、本当に人間かい」
絞り出すようなその声は、
私のうつくしい研究室に現れた、最初の冒涜。
必ず、その全てを解き明かしてみせる。
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