第八章
最初はオリジナル曲もなかった。YouTubeでSHIROSE/九つも離れた君との恋を歌った。可愛い見た目とは裏腹にエロい曲を歌う悠は人気になった。アナリティクスは男14%に対して女は86%だった。圧倒的に女性視聴者数が多いが男性視聴者もいた。グループ曲は十月に出るらしい。最初にデモテープ(CDだけど)を聞いてスタジオで毎日のように練習した。メンバーは全員男だけど悠の女の子の見た目から姫系アイドルとして売ろう! と運営がなんかウキウキしていた。実際はこんな感じ。
「悠君は可愛い顔してるから良い意味で裏切る曲が似合うと思うんだ」
「裏切る」
「例えばヤンキーが捨て猫を拾ったら良いことしているみたいに見えるでしょ。逆に普段良い子が悪いことしたら、すごく悪いみたいに見えるよね」
「なにその銀魂みたいな説明」
「それでね———」
そう言って渡されたデモ曲は確かに少し悪そうだけど、イメージと合うのか分からなかったし、何よりこんな治安の悪そうな曲を歌ったこともなかった。
「まずボイトレしてみよう」
そう言って早々とスタジオレッスンが始まった。
ボイストレーナーさんがずっと付きっきりで夜まで練習することになって、暗い中、電車で帰る。こんな時間でも埼京線は混んでいた。仕事終わりのサラリーマンに揉まれながら電車に乗る。別に痴漢されてない。事務所からなるべく普段は男子の格好をするようにと言われている。たぶん、埼京線での痴漢対策だ。でも、そんな事しなくとも平気だ。
「大丈夫か悠」
混雑する車内で叶は支えてくれた。
十時までスタバで待っていてくれた。レッスンが終わるとすぐにLINEしたら事務所前で待っていてくれた。そこからずっと一緒に居てくれる。
「みんなとは上手くやれてるのか」
叶の腕の中で聞かれた。
「うん、みんな優しいよ。アリスちゃんと最近一緒にレッスンしているんだけど可愛いくて癒し」
「アリス?」
「うん、男の子。別グループだけど同時デビューで披露するんだ。ふたりして姫系だから僕が水色でアリスピンクなんだ」
「もう衣装出来ているのか」
「発注はしているけど事務所に届くのギリギリになりそう」
「デザイン見ていい」
「ごめん、社外秘なんだ」
「そっか」
タレントはデビュー前にコンプライアンス研修をする。
普通の会社も新人研修の時にやるから多分、普通の事なんだと思うけど、その中に社内で知り得た情報は外部に漏らさないとあり、退所した後もこの誓約書は生きている。
「早くみたいな」
「うん、楽しみにしていてね」
デビュー前のSNS戦略は過激だった。
TikTokで流行った曲がミックスされた曲を郊外のモールで撮影した。土曜日の早朝5時の撮影でモールの営業が始まる前に終わらせる約束になっている。営業時間が差し迫るとすぐに撤収しないといけない。
レフ板とライトで光量を足して撮影する。レフ板とはカメラ撮影するときにライトのついた傘あるでしょ? あれの丸い板を外に持ってきたようなもので、大学の映像サークルでも使われるように、太陽の光を反射させてタレントを照らすんだ。
撮影は楽しかったけど、眠気がしんどくて8時にはロケバスの中でアリスと寝てしまった。
「あああーーーアイドルしんどいよーーー」
ビジネスホテルでアリスと相部屋になった。
忙しくて駄々をこねる悠にアイスはおいでとハグしてくれた。男だからおっぱいはないけどアリスからは良い匂いがする。
「悠はさ彼氏いる?」
急にそんな話になった。
「うん、事務所は内緒にしろって」
アリスは? と聞いたらアリスは恥ずかしそうに首を振った。
「いやいや、その反応はいるでしょ。誰? 男? 女?」
「いや、告白する気はないから」
「なんで!?」
ヒント!! と悠はなおも聞く。その押しに負けたアリスは「アイドル」と言った。
「うーん、事務所同じ?」
「うん」
「じゃあ、うちのグループ?」
「ひ、秘密」
そう言ってアリスは毛布を被った。
「そこまで言ったら話してよー」
そう言って毛布を取る。
「やだもー」と毛布を引き戻そうとするアリスに抵抗していたら体勢を崩した。
「うわ!」
目の前にアリスの顔がある。
あと数センチでキスしそうな距離にアリスの唇がある。
「ご、ごめん」
「……うん」
ドキドキした。こんな間近でアリスの顔を見たことがなかった。女の子のような顔しているのに猫顔で地雷メイクがよく似合う。でも、今日みたいに姫系メイクの方が可愛くて好きになりそうだった。
「ちょっとシャワー浴びてくる」
「うん? うん」
浴びたはずなんだけど……と思った。
でも、自分の身体を見て思った。
(まさか、アリスの好きな人って……)
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