第二十二話 美味しいパスタと不思議な伝承

 巨大な亀との邂逅を終え、俺たちは泉を後にした。


 水面から顔をのぞかせたあの迫力は、未だに脳裏に焼きついて離れない。あんなものを見たら、帰り道に何を話すかはおのずと決まる。



 ――亀の名前は何なのか。

 本当に黒のご先祖様が城を建てたのか。

 いや、そもそも「名前を付けろ」ってどういうことだ?


「そもそもなんだが」

 赤が歩きながら切り出した。



「疑問だったんだが、権三さんは城を建造した人の子孫なんだよな」


「うむ、そのように言っておったのぅ」



「城を作った人と名付け親は別の人なんじゃないのか?なんで同じ空気を感じるからってだけで“名前を付けろ”なんだろうな?」


 確かに、赤の言うとおりだ。俺だってそこは気になっていた。亀に名をつけたのは最初に祀った人間。なのに、なぜ黒に名付けを求めるのか。



「それはわからないですけど……きっと何かしらの理由はありそうですよね」

 

 青の一言で、その場の議論はあっけなく終了した。……まぁ、考えても答えなんて出るわけない。まさに亀のみぞ知る。



 そこから話題は「次は誰の象徴を探そうか」という未来志向に切り替わった。

 残りは三人分――青、黄、緑。


 今までの流れを考えると、赤はリーダーだから龍っぽいという安直な考えと、赤の記憶にある龍っぽい公園が一致したわけだし。黒は武器が「玄武」で、本人が亀の話を持ち出してきたくらいだから、今回の結果は納得。



 じゃあ残りの三人は?



 イメージ的には、青は水中生物、美咲は鳥類、悠斗は……なぜかキングコングが脳裏に浮かぶ。しかも妙に鮮明に。なぜだ。

 俺の頭のどこから引っ張り出されたんだ、その映像。


 そういえば――。

 この町に引っ越してきたとき、ご近所さんから何か伝承っぽい話を聞いた気がする。引っ越してきてすぐ、自己紹介を兼ねて挨拶回りをしていたときだったか……。

 なんだったかなぁ……。


「? 大地さん? どうかしたんですか?」

 青に声を掛けられ、我に返る。いかんいかん、考え込みすぎた。

 ――っていうか、なんでお前は俺の腕にしがみついてるんだ。


「いや、なんでもない。ちょっと昔のことを思い出そうとしていただけだ。……あー、とりあえず離れなさい」


「っ!? す、すみません!」

 言われて気づいたのか、青は顔を真っ赤にして慌てて飛び退いた。


「澪ちゃん心配なんだよねぇー。さっきの大地君の件もあるから」

 黄が茶化すように笑う。ますます澪の顔が赤くなる。今にも湯気が出そうだ。


 青は「ぴゅーっ」と音が聞こえそうな勢いで先の方へ走って行ってしまった。……やれやれ。


 さて、なんだったっけ。あの伝承。思い出せそうで思い出せない。教えてくれた近所のおばあちゃんにもう一度聞ければ楽なんだが、息子たちと暮らすとかで引っ越してしまったしなぁ。



「なぁ、みんなに聞きたいことがあるんだが」


 足を止め、全員に声を掛ける。少し離れていた青も立ち止まり、こっちに戻ってきた。


「実は昔、俺がこっちに引っ越してきたときのことなんだが。近所のばあちゃんに地域の伝承みたいな話をされたことがあったんだ。でも全然思い出せなくてな。誰か心当たりないかな?」


 まずは黒に目を向けるが、考え込むばかりで反応はない。他のメンバーも首をかしげるだけ。……やっぱり俺の記憶違いか?


 そんな中、青が「そういえば」と声を上げた。


「小学校の時に、この町について調べて発表する授業があったんです。図書館とか、近所のおじいちゃんおばあちゃんに聞いて回って……確か全部で六つのお話があったと思います」


 六つ? 想像以上に本格的な情報が出てきたぞ。


「1つ目は【この町の子供たちを空から見守る天使】。

 2つ目は【優しい瞳で願いを叶える泉の神様】。

 3つ目は【人々の結束を光の力で強めてくれる超人】。

 4つ目は【この町を緑で守る子供】。

 5つ目と6つ目は……忘れちゃいました。すみません」


「いやいや、かなり有力な情報だよ! ありがとな!」

 俺は嬉しくなって、思わず青の頭をなでてしまった。……やべ、やっちまった。


 案の定、青の顔はみるみる赤くなっていく。焦ったが、本人は嬉しそうに目を細めていた。……訴えられたりしなくてよかった。


 横で美咲がニヤニヤしてる。やめてくれ、頼むから見ないで。



「2つ目は、さっきの出来事からしてあの亀のことだろうな」


「そうじゃの。あの声と空気感は、間違いなく“神”と呼ぶべきものじゃ」

 確かに、あの重苦しい空気は「亀」なんて生き物で片づけていいもんじゃない。


「空から見守る天使ってのは?」


「天使……天の使い……龍?」

 美咲が答える。なるほど、それだ。


 となると、3つ目と4つ目が残る。曖昧だけど、こじつけだが2つは一致してる。案外、俺たちはいい線行ってるのかもしれない。


「じゃあ次は【人々の結束を強めてくれる超人】か【この町を緑で守護する子供】だな。また大地の店に行ってみんなで考えようぜ」


 赤がまとめる。……最後の一言は余計だ。俺の休日の残りが潰れるのが確定した気がする。


「大地さん休みたいって顔してますよ」


 青にあっさり指摘される。いや、その通りなんだけどな。


「乗り掛かった舟なんだから、一緒に最後まで探しましょうよ」

 美咲が笑顔で言う。なんかその笑顔、怖いんだが。


「仲は悪くはないと思うが、呉越同舟じゃな」

 黒がふぁっふぁっふぁと笑う。道連れって言葉が頭をよぎる。


「道連れっすね」

 悠斗が笑いながら同意する。頭が痛い。


 そんなこんなで俺の店――兼自宅に到着した。


「あ~お腹空いたぁ、大地君なんか作ってよ~」

 おい黄色、いきなり距離感がおかしいぞ。でも俺も腹が減っていたから、まぁいいか。


 冷蔵庫から水に漬けておいたパスタを取り出しながら声を掛ける。

「パスタくらいしか作れないがいいか? メニュー表にあるのなら作ってやるぞ」


「まじ? やった!!」陽翔がガッツポーズを決める。


「私カルボナーラが食べたいです!」

「じゃ私もカルボナーラ!」

「じゃあ俺はミートソース!」

「俺もミートソースっす!」

「わしは和風キノコで頼みたい」


「はいよ」


 三口コンロをフル稼働して調理を開始。パスタは水漬けにしておいたから茹で時間も短縮できる。俺の生活の知恵だ。


 チャチャッと作ったパスタをみんなで頬張りながら、話は続く。俺はカウンターの中で立ち食いだ。


「ミートソース美味! そんでさ、キーワードは【超人】と【子供】なわけだが、どうやって調べる?」赤が口を拭きながら言う。


「ん~、どちらかというと【人々の結束を強めてくれる】と【この町を緑で守護する】じゃない?場所の選定にはその辺を知りたいところよね」


「【結束を強める】って、今考えるとすごく曖昧な表現ですよね。あ、大地さんパスタとても美味しいです!」

 青が嬉しそうに言う。……お口を拭きなさい。


「んーなんか引っかかるんだよな。芸人の仕事で戻ってきたときに、イベント運営の人がそんな話をしてた気がする」


「うむ、美味い。そういえば、雷を纏う大きな鳥の話を聞いたことがある。予言みたいなものじゃったかな?ある村に災いが降りかかろうとしたが、その鳥のおかげで全員無事だったとか」


 鳥か……。亀に続いて、今度は鳥か? 象徴シリーズ、どんだけファンタジーラインナップなんだよ。


「その伝承って、何か象徴する場所とか物とかがあるのか?」


「それなら思い出しました。石碑みたいなものがあって、そこを調べに行った記憶があります」澪がパスタを飲み込み答える。お口の周りが真っ白だ。拭け拭け。


「それってどこにあったかわかるか?」

 俺も口を拭きながら尋ねる。


「確か……さっき行った泉と正反対の位置にある展望台です。街を一望できる場所で、その脇の小道の先に石碑があったはずです」


 じゃあ食い終わったら行くか――そう思ったときには、すでに全員が皿を空にしていた。


「ごちそうさまでした!」と揃って俺に頭を下げる。


 満足そうな笑顔を見て、俺は「お粗末様でした」と返した。

 ……はぁ、また一仕事か。

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