第二十話 祈願と亀岩の繋がり
晴れた山の匂いが鼻につく。休日なのに俺はまたヒーローたちに巻き込まれて、町外れの祈願の泉に立っていた。喫茶店でのんびりするつもりがいつの間にか引率ポジション。生活の帳尻が毎回謎に乱れる。
泉は広かった。水面が陽を受けて黒く光り、中央の岩だけがぽつんとたたずんでいる。言い伝えどおり、その岩に石を当てれば願いが叶うらしい。地元の連中はみんな顔がほころんでる。俺以外はな。
「おー、これが祈願の泉か! やっぱ実物でかいな!」
赤がはしゃぐ。
「……はしゃぎすぎです、陽翔先輩」
青が軽く呆れる。
「俺もまたやりたかったんだよな〜、石投げチャレンジ!」
緑は足取り軽く石を拾っている。
「私もやろうかな、自分の象徴が見つかりますようにって」
黄は端で写真を撮りながら笑っていた。
「ほっほ、わしは話でしか聞いたことがないのだがな」
黒は少し後ろで腰に手を当てて休憩している。あと一歩で到着だから頑張れ。
俺は腕組みして泉を眺める。童話の舞台みたいな場所だが、ここが亀岩城の伝説につながる場所だという。「伝説」と「リアル」は微妙にずれてる。
周りを見ると、確かにどこにも亀っぽさはない。岩はただの岩で、岸の草木に亀を連想させるものは無い。だから俺が口にした。
「で……どこにも亀の要素はないんだな」
「ホントだな、権三さんの話だと城があったんだっけ?」
緑が顔をしかめる。
「私たちは祈願の泉の話しか知らなかったよね」
黄が首を傾げる。
「昔の話は脚色されとることもある」
と黒が穏やかに言った。なんか余裕あるな、このじいさん。
「とりあえず周りを見てみるか」
赤から散策の合図が出てそれぞればらける流れになった。
俺は軽く手を振ってみせた。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
だけど、案の定すぐに澪が俺の腕をつかんだ。
澪の顔を見るとやる気に満ちた表情をしている。
「もちろん大地さんもです!」
「いや、俺は見てる係で──」
「ダメです!」
澪の目が真剣で、逆らう気力がスッと消える。
後ろで陽翔と悠斗が笑い転げ、黄はスマホでその瞬間をパシャリ。
「記念撮影っと♪」
なんなんだよこの状況、しかも青の力が異常に強い。この子こんなキャラだった?最近の青は戦闘時よりも普段の方が距離が近く感じることがあって、それが微妙に心地よくもあり居心地悪くもある。はたから見たら通報案件とかにならないよなこれ。
最終的に「権三さんに話を聞きたい」という理由で俺はその場に残ることになった。青は不満げに唇を尖らせて、それでも「じゃあ私はあっち見てきます」と言って去っていった。
泉の縁で黒が腰を下ろした。俺も横に座る。風が水面を撫でて、小さな波紋が次々と広がる。俺は水面を見ながら、素朴な疑問を口にした。
「あの城って、『浮かんでた』って話だったけどほんとうなんですか?」
「ふむ。伝承では“水の上に建っているように見えた”と伝わっておる。正確には“浮かんでおるように見えた”というのが近いじゃろうな」
黒の声は低く、昔話の読み聞かせみたいな畳み掛け方をする。
俺は首を傾げる。
「なら、見せ方の工夫ってことか?」
黒は頷く。
「光や反射、地形の歪み、あるいは人工の仕掛けでな。だが理由は様々あろう。目を惹き、祈りを集めるためかもしれん」
「なるほど。祈り...信仰心ね。亀の神様でも祀っていたのかな?だから亀岩城と呼ばれていたとか?」
「人の心を動かすのは、ミステリーの力じゃ」
黒がポツリ。妙に含蓄のある言い方で、俺は笑ってしまった。
「例えば、元は普通に建てられていたけど、地盤の隆起や地質変動で城が持ち上がり、遠目には浮いて見えるようになった、という可能性はあります」
気づいたら横に戻ってきていた青が理系っぽい推測をしてくれる。
青の話を聞きながら、俺はつい想像してしまう。城を背負った亀がのそりのそりと動いて、城が持ち上がるイメージ。バカな想像だとすぐに切り替えたが、不意に笑いが込み上げてきた。
だめだ気分を変えよう、空想の域を出ない。泉のそばまで行ってみるか。足元を見渡すと、黒光りする石が目に留まる。きれいな石だなぁ。
『バシャシャシャ!』
「うわ!もうちょいだったのに!!」
横を見ると、少し離れた泉の淵で赤と緑が石を拾って水切り競争をしている。どうやら岩まで水切りで届くかという勝負らしい。あいつらさては飽きたな、調査はどこに置いてきたんだ。
身体を動かせば少しは頭が冴えるかな?俺も黒い石を拾い構えた。サイドスロー。水面ギリギリを滑らせて――石が幾度か跳ね、最後に大きく跳ね返って中央の岩のてっぺんに「カーンッ」と澄んだ音を立てて当たった。音が水の面を割るように広がる。
「おおっ!」
陽翔がガッツポーズ。悠斗も飛び上がる。美咲はしっかり離れた位置でスマホを構え、今の一部始終を撮っていた。
俺はその岩を見据えた。そこで、ふと気づく。岩のてっぺんに何か動く影がある。よく見れば小さな亀が一匹、首を伸ばしてこちらを見ている。目が合った気がした。心臓がぎくりと跳ねる。石が当たらなくて本当に良かった。
「どうかしました?」
青が横から覗き込む。俺は慌てて亀のことを説明するが、青はメガネ越しに目を細めて注視しても、首を傾げるだけだ。
「見えないですね」
まぁ、目が悪いから眼鏡をしているわけだしな。あんなに小さければ見えないのも当然か。
『お主は何者じゃ? 不思議な感じがするのぅ』
急に空気が張り詰め緊張感が走る。一気に冷汗が溢れてくるのがわかる。
誰だ?と考えるが言葉が出てこない。しゃべることができないのだ。勝手に声を発してはいけないような、そんな気がする。
どう説明すりゃいい。――俺はただの一般人で、付き添いのようなものなんだと。
岩の上の亀は、ゆっくりと目を細めた。その目は想像以上に澄んでいて、こちらの心まで覗かれている気がした。
『狙ってあの岩に当てることが出来る者が、ただの一般人とはな』
位の低い蔑みのような含みだ。俺は必死に心のなかで訴える。
(違う!危害を加えに来たわけじゃない。ヒーローたちの象徴を見つけるよう神に命じられたんだ!)
と。ただそれだけだと。
『む……おお、すまなんだ。久方ぶりにわしの姿が見えるものが来たゆえ、忘れておったわ』
亀の厳つい顔が、ふっと柔らかくなる。周囲の空気がふっと抜けたように軽くなる。俺は息ができるようになり、腕の力も戻る。
「大地さん! 大地さん!!」
と呼ぶ声が必死に聞こえる。驚いて振り返ると黒と、いつの間にか近くに戻ってきていた黄がこちらを見て心配そうにしている。向こうでは陽翔と悠斗が全力でこちらへ駆けてきている。
『さぞ辛かったじゃろう。周囲の声も聞こえぬほどにな』
亀は低く笑うように言った。
「あぁ、...いえ、大丈夫です」
自然と言葉が出る。俺は本当に変な汗で背中がじっとりしている。
「本当にどうしたんですか? 三十分もその岩を見つめたまま動かなくて、汗もすごくて。呼んでも反応なかったんですよ!」
三十分!? 俺の感覚では五分にも満たない。それを聞いて血の気が引く。時間の感覚まで弄られていたのか。涙目の青が心配そうに俺の服をつかんでいた。
『わしの“空気”の中におったのじゃ。亀の歩みというものじゃ、ホッホッホッ』
亀は笑った。俺はその声ですら震える。
「あなたが、巨大な象徴なのか?」
亀に向き直り視線を合わせて問う。
周囲が一斉に静まる。陽翔と悠斗は息を切らしながらもこちらを凝視している。美咲は顔を引き締める。権三は目を細める。
『目覚めさせてくれて礼を言うぞ、使者殿』
その言葉は思ったより柔らかく、でも重く響いた。
すると空気がざわつき、黒い風のようなものが泉の表面を走り吹き荒れる。風が収まると同時に、俺の胸の疲れが一気に引いていくのを感じる。陽翔と悠斗も、いままでの息切れが嘘のように回復している。全員の表情が少し軽くなった。
驚きながらも湖を見ると岩の上にいた亀はもういなくなっていた。
視線を下すと水面の向こうに、ゆっくりと巨大な影が浮かび上がった。
「きゃっ!!」
それに気づき青が一瞬悲鳴を上げた。全員が息をのむ。
甲羅は苔むして丸く、そこに古くからの刻印が幾重にも刻まれている。首は太く、目は老獪(ろうかい)にして深い。光を受けて甲羅が鈍く輝くその姿は――まさしく亀だった。巨大で、悠然としていて、俺たちを下から見上げていた。
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