第十九話 喫茶店での作戦会議

 公園での一件の後、特に忙しくもなく閑古鳥が鳴いていた俺の店は無事休業になっていた。こんなに暇なのに営業していたら無駄に金がかかる。


 喫茶店に来る理由なんて、コーヒー飲みたいとか、甘いもん食いたいとか、その程度のもんだと思っていた。実際うちで出しているの簡単な軽食と少ない種類のパスタ、あとはコーヒーとジュースと簡単なケーキくらいだ。ケーキはもちろん手作りです。


 休業中。のはずなんだが──目の前にはなぜか店を完全に溜まり場扱いしてるこの面子。ヒーローたちが揃って店のテーブルでワイワイしてる。

 なぜ君たちはここにいる?俺の仕事は前回の龍で終わったのでは?



 赤が声を張り上げる。

「いやー、桜火の力!すげぇ迫力だったな!」


 青がすぐにうなずく。

「陽翔が龍の頭に立ってる姿、まるで古代の英雄みたいでした!」


「赤い光の花びらが舞う中で消えていくなんて、演出まで完璧じゃない!」

 黄は両手を広げて笑う。


 緑が机に身を乗り出しながら、興奮した様子で続ける。

「まじで鳥肌もんだったな!」


 黒までゆっくりとうなずきながら口を開く。

「桜火は……我らが思うよりもずっと特別な存在なのかもしれんな」



 今回は俺はカウンター内でコーヒーを淹れている。みんなはまたバラバラに座っていた。なんだろうな……まるで学級会を開いてる担任の気分。

 ああ、はいはい。すごかったね、よかったね、って合いの手入れてやるだけ。



 赤がふと自分の首元に手をやる。そこには、あの戦いのあと残された龍の形のネックレスが光っていた。シンプルで思いのほかシュッとしたデザイン。ところどころに赤い花びらが舞っているかのようにあしらわれている。


「……気づいたら手の中にあったんだ。これが桜火……らしい、なんとなくだけどわかるんだ」

 赤が不思議そうな顔で説明してくれる、声は小さいがどこか誇らしげだ。



 なるほどな、と俺は思う。アクセサリーとして身につけられる形になってるなら、あれが“象徴”ってやつなんだろう。今は”巨大な姿の”象徴を探せってとこだろう。

もう少しわかりやすく言ってくれよ神様。



 にしても、いきなり龍に乗って戦うわ、終わったらネックレス残して消えるわ……どこの特撮番組だよ。しかも赤い光の花びらなんてゲームかアニメでしか見たことないぞ。

俺なんてヒーローにも選ばれていないのに。どちらかというと今の立場はヒーローのサポーター的立ち位置になってきている。

それは俺の本意ではない。断じて!



 緑が声を上げる。

「じゃあ次は誰の象徴を探すか、って話になるよな」



「ふむ……一つ思い出したことがある」

 黒が腕を組み、落ち着いた声で答える。



 俺も思わず耳を傾ける。黒の話は妙に重みがある。



「町はずれの山のふもとにな、大きな泉があるのは知っておろう?」


「あー、あるな。子どものころ遊びに行った記憶あるわ」緑がすぐに答える。


「うむ。そこには昔、小さめの城が泉の真ん中に建っておったらしい」


「泉の真ん中に?」俺は思わず口を挟む。


「そうじゃ。どうやって建てられたのかは誰にも分からん。だが、確かに“泉の上”に城は存在しておったそうだ」


 泉の真ん中に城はなんとなくわかる。しかし、なんて……どうやって建ってたんだそんなもん。浮かんでたなんてことはないだろう。




「その城の名前が亀岩城(きがんじょう)と呼ばれておったらしい」黒が言う。



「亀岩城……」

 口に出してみると、不思議と響きがいい。



一瞬沈黙が包む。



 黄が「あっ」と声を上げて割り込む。

「ちょっと待って、それって“祈願の泉”の話じゃない? 小銭を投げて真ん中の石に当たったら願いが叶うってやつ」


 緑がすぐ反応する。

「あー、それ聞いたことある! 学生の頃、友達がやりに行ってたな。俺は外したけど」


 黄はクスクス笑って肩をすくめる。

「まあ、私もやりに行った口だけどね。でも権三さんの言う“城の伝説”は初耳だわ」


 俺は腕を組みながら「ほお」と感心する。

 そんな伝説的な場所があったなんて、長くこの町に住んでても知らなかった。泉に城か……ちょっと見てみたくなるじゃないか。



「...よし!」

 赤がテーブルを軽く叩いて、にやりと笑う。

「ま、名前も似てるし、実際に見に行ってみるか」



 ……いやいや、なんで俺を見る。そんなまぶしい笑顔でこっち見んな、石になる。

「じゃあ行ってらっしゃい」カウンターから出て瞬間



「うぇ!?」変な声が出た

青が俺の腕をつかんだ、しかも結構力が強い。



「さあ、大地さん行きますよ!」


「えええ...!?」



 強引に引っ張られ、思わず体がよろける。

 その光景を見て、みんなが一斉に笑い声を上げた。


「おいおい、なんで俺まで……」

 そうぼやきながらも嬉しそうな青の顔を見ると、心のどこかで「まあ、しゃあねぇか」と思ってしまう俺がいる。



 連れられて向かった入り口のガラスに映った俺の顔は、思いのほか楽しそうな顔をしていた。

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