第四話 2人目…青いヒーロー参上
とある平日の午後、仕事をひと段落させた俺は椅子に座って外を眺めながら一息ついていた。
「天気いいなぁ」
なんとなくだが、胸の奥が落ち着かない。仕事に対する不完全燃焼か?
空は雲一つなく晴れていたが、妙に風が冷たくて、季節がひとつ先に進んだような気配があった。散歩でもして気分を切り替えるか。
駅前のカフェに立ち寄ったのは趣味を兼ねた、ただの気まぐれ。
あちこちの店のコーヒーを飲むと、味の違いが分かって面白い。
昼下がりの店内はほどよく静かで店内にはジャズが静かに流れている、窓際の席では制服姿の女子学生が読書している。客はあの子だけか。
あぁ、こういう光景いいな。the喫茶店って気がする。
俺は一人でカウンターに座り、注文したブレンドが届くまでのあいだ、ぼんやりと外の通りを眺めていた。
平和。
この時間帯のこの街には、その言葉がよく似合う。
――だからこそ、異変に気づくのが一瞬遅れた。
パリッ、
空気が裂けるような音。窓の外の景色が一瞬ゆがみ、空間の真ん中に亀裂が走った。
まさかと思うより早く、冷たい風が店の中へ吹き込み、ガラスの淵がパキパキと音を立てて凍りだす。客たちの悲鳴が重なった。
「我は氷翼帝グレイザー! この街を氷の墓に変えてやろう!」
はい、出ました。
聞き覚えのあるテンプレな名乗りと、毎回似たような決め台詞。
もう何度目だろう。心のどこかで「またかよ……」と呟く。
せっかくののんびりした時間が....
この街はもう、週に二回くらいのペースで異世界ゲートが開く。通り魔みたいなもんだ。
とにかく俺は少女だけでも逃がそうと思いドアに駆け寄る。だが、一足遅くドアが一瞬で凍りついた。
氷の結晶が蔦のように這い、まるでガラス細工みたいに扉を閉じ込めていく。
俺は、深くため息をついてからコーヒーをひと口すすった。
まだ熱い。うん、悪くない。豆は中南米系かな。
その時だった。
窓の向こうから赤い光が走る。
「グレイザー! 俺が相手だ!」
学ラン姿の少年が飛び込んでくる。
神崎陽翔――赤レンジャー。見慣れた顔だ。
正義感が服を着て歩いてるようなやつで、勢いだけはすごい。
だが、その勢いは五秒で吹き飛んだ。
「ふん。」
怪人が翼を羽ばたかせると、勢いよく竜巻が生じた。
「ぐあっ!!」
氷の竜巻に巻き込まれ、派手に壁へ叩きつけられる。
あいつ、ほんと毎回同じ入り方するな……。なぜしょっぱなから突っ込むかね?
俺はカップを持ったまま、窓際の席に移動して外を眺めていた。
「まあそのうち立ち直るだろ」と、心の中で軽くツッコミを入れる。
何度も見た光景だ。だからまだ慌てない。
――が、次の瞬間、ガラスがバリバリと音を立てて凍りついた。
店全体が冷凍庫みたいになり、息が白くなる。
あ、いよいよ閉じ込められた。
隣の席の少女が俺のほうを見て、小さく息をのんだ。
「……一緒に巻き込まれちゃったみたいですね」
「……ええ、まあ。そうみたいです」
声が少し震えている。俺は軽く笑って見せたが、彼女の表情は真剣そのものだった。
肩にかかるボブヘアが光を反射して、微かに揺れる。その下の眼鏡の奥の瞳は驚くほど大きく、透明だった。怯えながらも、そこに確かに“強さの種”みたいなものがある。
「あの....」
おっと、思わず見入ってしまった。
「どうしましょう……あ、私、姫野澪といいます」
「あ、わざわざどうも、俺は藤原大地です。まあ、そのうち陽翔がなんとかしてくれると思うけど」
「……陽翔さん?」
「ああ、さっきの騒がしいの。神崎陽翔。赤レンジャーの人だよ」
そう答えると、彼女は「ヒーロー……」と呟いて、少しだけ顔を上げた。
その瞬間、彼女の大きな瞳に、凍った光が映りこみドキッとする。
幻想的で綺麗だ。やばいやばい、我ながらさすがにキモイ反応だわ。
しかし現実は待ってくれない。
「必殺――氷槍絶滅陣!!」
無数の氷の槍が窓ガラスを突き破って店内に降り注ぐ。
ガラスが砕け、カップが散る。逃げる暇もない。
「危ない!!」
少女に向かって一本の氷の槍が飛んでくるのが見えてとっさに体が動く。
「!?」
ドン、と鈍い音がして、俺の胸を一本が貫....かなかった。
俺に当たるのと同時に、氷が粉々に砕け散った。何も感じなかった。痛みも、衝撃も。
呆然とする俺を、少女が見上げる。
彼女の目がさらに大きく見開かれていた。
「だ、大丈夫ですか!? いま、思いっきり当たりましたよね!?」
「あー……まあ、ちょっと冷えただけです」
軽く肩をすくめて見せると、彼女はぽかんと口を開けた。
「なぜだ....?なぜお前は無傷なのだ....?」
しかし怪人のほうは、逆に驚愕して硬直している。
あの氷の槍が効かない人間を見たのは初めてなんだろう。
その静寂の中、空気がふっと震えた。
次の瞬間、まぶしい光が店の中に差し込んだ。
『 あなたに力を授けましょう。さあ、行きなさい―― 』
来た。神様の声だ。この展開、俺は何度も見てきた。
けど、今回は違うかもしれない――そんな予感が胸をかすめた。
もしや、俺に? ようやくこの流れに選ばれるのか?
何度も巻き込まれ、何度も助けた側の俺に、ついに?
……と思ったら、光がスッと俺の隣へずれた。
いや、絶対いま避けたよね?
その光の中心にいたのは、あの少女だった。
澄んだ瞳を見開き、全身を青い光に包まれている。
「姫野澪、青レンジャーとして――承りました!」
凛とした声が響いた。たった今まで怯えていた少女のものとは思えない、芯の通った声。その瞳には、もう迷いがなかった。
制服の上からスーツが重なり、肩や胸に金属のような装甲が形成されていく。
まるで氷の中から生まれる精霊みたいだった。
「おじさん、もう大丈夫ですよ! 私、行きます!」
――おじさん。
ほんの少し刺さったけど、まあ仕方ない。
年齢的には否定しづらい。
澪は、空中に青い槍を生み出した。
光の粒がきらめきながら形を作り、指先で握った瞬間、氷のように透き通った刃と、近未来的な持ち手が完成する。
そして、割れた窓の外へと飛び出していった。
青い残光が尾を引き、凍てつく風の中をまっすぐに進んでいく。
外では赤が、再び立ち上がっていた。
俺を見て、いつものように呆れ顔だ。
「痛てて....なんだよ、また大地かよ....」
「いや、俺も巻き込まれたんだって……」
苦笑いして答えながら、冷めかけたコーヒーを口に運ぶ。
それでも、悪くなかった。
視線の先で、青の光が氷の怪人とぶつかり合う。
初めて戦うとは思えないほど、彼女の動きには迷いがない。
青い槍が弧を描き、氷の翼を砕くたび、
彼女の槍の先が一瞬きらりと光を返す。
――綺麗だな。
気づけば、そう思っていた。
選ばれた者の輝きは、きっとこういうものなんだろう。
俺には届かない場所の光。けど、不思議と嫌な気分じゃなかった。
やがて戦いが終わり、氷が溶けていく。
さっきまでの冷気が嘘のように、カフェの中に温かい空気が戻り、凍り付いていたガラスから雫が垂れる。
扉が開き、風が吹き抜ける。
そこに、青いスーツの彼女が立っていた。と思うと、ふっとさっきまでの学生服に戻る
。
「戦闘は完了したので、もう大丈夫ですよ」
顔が陽に照らされ、髪が少し濡れて頬に張りついている。
眼鏡の奥のその瞳はやっぱり大きくて、真っ直ぐで、どこまでも澄んでいた。
「ああ……無事でよかったな」
「はい!」
その微笑みは眩しくてまるで、青空をそのまま形にしたみたいだった。
俺はコーヒーを飲み干し、静かに立ち上がる。
戦いの跡が残る街で、日常がまた動き出す。
ヒーローになれない俺でも、こうして隣で見守ることはできる。それで十分だと思った。
――いや、嘘だな。
本当は、ちょっとだけ羨ましかった。
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