第三話 昼休みとラーメンと魚のイケボ
晴れた日の昼休み、朝から無性にラーメンを食べたかった俺は、たまには外で昼飯を食べようとSNSで話題になっていた近所のラーメン屋に向かっていた。
この歳になると脂っこいのがけっこう胃にダメージを負わせに来るのだが、そうと分かっていても無性に食べたいときがあるのだ。
――が。
目の前の川面がベチャッと跳ねて、次の瞬間ドゴンと水柱。水しぶきが直で俺に被さり見事に全身びしょびしょになり思わず立ち止まった。
「……またかよ」
そこから現れたのは、三メートル近い巨体。全身が青緑にぬめり、ヒレみたいな腕を広げて川面を揺らす。
「我は水獣帝ポセリア! 地上の愚民どもよ、今こそ海の底で永遠に眠るがよい!」
ドヤ顔で宣言する魚人怪人。背中にはやたらごつい貝殻の甲羅が刺さっていて、口は異様にデカい。あくびでもしたら自分の頭が入るんじゃないかってくらい。なによりなんでお前そんないい声なんだよ。
俺が内心ため息をつく間もなく、橋の上から影が飛び出した。変身した赤が勇ましく怪人に飛びかかっていった。
「そこまでだ怪人! この街は俺たちが守る!」
キマった……と思ったのも束の間。魚人怪人が両腕をブンと振ると、川からドッと水流が立ち上がり、赤を直撃。
「ぐわっ!?」
勢いそのまま、彼は橋の欄干を越えてドボン。水しぶきがもう一発俺の服に直撃した。
「あーあ……」
俺は靴を脱ぐ暇もなく川に飛び込む。服はもうびしょ濡れだし、どうせ帰って着替えだ。片手で沈みかけている赤を引き上げ、岸に放り上げた。
「大地?な、なんでここに!?」
「いや、ラーメン食べに来て巻き込まれた……」
助け起こしながら答えると、赤の顔がぐしゃぐしゃの濡れ髪越しに引きつる。そんな顔で見ないでくれ、俺だって毎回巻き込まれたくねぇよ。
そんなやり取りをしていると怪人が大技を構えた。
「必殺――海底圧殺球!」
川の水が渦を巻き、ドロドロと濃い水球が俺たちを包み込んだ。中から圧力で押し潰そうって寸法らしい。
……が。
「……あー、全身マッサージってこんな気持ちいいのかな?」
俺にとっては圧力がマッサージにしか感じられない。少し肩を回してみたけど、心地よいくらい。血行が良くなっているのを感じられる。
怪人の目がギョロッ!?と見開かれ、赤も唖然としている。
「ゴボボ!?」
あ、赤が死んじゃう。内側から水球を切り裂くとその衝撃が水と一緒に飛んで行った。
「……な、なにっ!?」
「ドン!!」
驚愕する魚人の顔面に、俺のはなった衝撃が水飛沫と一緒にバシャッとかかったかと思うと、その瞬間爆弾が爆発したかのように勢いよく破裂した。
怪人はそのまま後ろに倒れこみ、ズシャンと川に沈んでいった。
恐る恐るをのぞき込む。
「コポコポッ、コポッ...。。。。。。」
沈黙。あー、死んだなあれ
川の流れの音と、遠くでカラスが鳴く声だけが響く。
先に声を出したのは赤だった。濡れた前髪をかき上げながら、真剣な目で俺を見てくる。
「……なあ、今何をしたんだ?俺には何もわからなかったんだが」
「……え、別に何も……多分?」
笑ってごまかしてみたけど、彼の視線は鋭いまま。ヒーローに憧れてるのに選ばれなかった俺が、こうして戦闘現場で毎回ノーダメージで突っ立ってるのは、確かに偶然で片づけるには無理があるのかもしれない。
商店街の向こうで人だかりができている。さっきまで逃げていた買い物客たちが、俺と赤を遠巻きに見ているのだ。
「おい、あれってニュースになってた...」
「この前も別の怪人を投げ飛ばしてたよね?」
「あの人はヒーローじゃないのか……?」
ひそひそ声が風に乗って耳に入る。俺は肩をすくめて、濡れたシャツを絞った。
「……ラーメン、行けるかなあ」
俺はそんな独り言をつぶやいていた。
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