第二話 やっぱり巻き込まれる

 今日は俺にとって最高の日。つまり休日だ。休みの日の昼飯は、スーパーのタイムセールで買った焼きそばパンとコロッケパン。食材を買いに行くがてら店内のパンや総菜を見るのが実は俺の小さな楽しみだったりする。

 俺の食生活はだいたい粉ものと揚げものに偏ってるけど、安いし、楽だし、腹にたまる。健康は二の次だ。三の次かもしれない。




 パンの袋を片手に商店街を歩いていたら――空気がビリビリと震えた。

 皮膚の上を静電気みたいなざらつきが走る。ああ、この感覚。もう馴染んだわ。


 視界の正面、空間がベキベキと音を立てて割れていく。

 ひび割れたガラスみたいに現実が崩れて、そこから黒い靄が溢れ出す。




 ……またかよ。




 週一ペースで怪人出現とか、この町絶対おかしいだろ。

 災害レベルで言えば「もう引っ越せ」の領域だ。

 なのに家賃だけは妙に安い。そりゃ誰も住みたがらないわけだ。




 亀裂の中から、今度は六本腕の怪人が姿を現した。

 しかも腕ごとに武器を持っている。剣、斧、ハンマー、鎖鎌、トゲ付き盾、そして――なぜかマイク。




「我は“絶叫のガルドゥス”! お前らの断末魔をBGMに、世界を支配するのだァァ!」




 やかましいな。



 いや、キャッチコピーとしては派手だけど、昼飯時に叫ぶなよ。楽しい食事の気分が台無しだ。



 逃げ惑う人々。商店街のシャッターが次々に閉まり、悲鳴が反響する。

 それでも俺はその場を離れず、ため息をついた。




 ――そろそろ来るはず。




 案の定、遠くから赤い光の尾が走ってきた。

 赤いスーツに身を包んだ少年――赤レンジャー、神崎陽翔。まだ高校二年生だ。



「そこまでだ、怪人! この町で好き勝手はさせない!」



 やっぱり来たか。


 ほんと、頑張るなあ。命懸けで戦う高校生ってどうなの。

 勉強も恋愛も、青春イベント全部すっ飛ばして正義の味方してる。尊敬はするけど、同時にちょっと心配だ。



 ……っていうか、毎回この町に現れるのって、もしかして赤の通学路が原因なんじゃないのか?



 赤が剣を抜いて突っ込むが、六本の腕の同時攻撃に押し負ける。

 剣を弾かれ、腹にハンマーをもらい、膝をついた。



 あーあ、まただよ。うん、これも含めていつもの光景。




「必殺――六連地獄粉砕撃ッ!」




 六本の武器が同時に赤めがけて振り下ろされた。が、怪人の攻撃は一つ一つがでかくて、間違いなくこれ攻撃範囲に俺も入っているよね?いや、待て、俺関係ないよな!?

 赤だけでいいだろ!? なんで俺まで!?


 ――ガンガンガンッ!



「……ん?」



 頭や肩、背中に直撃したけど、痛みはまるでない。

 むしろスポンジで叩かれたみたいにふわっとした衝撃だけ。

 見た目も音も派手なのに、ダメージゼロ。



「な、なんだと!? 我が一撃を……無傷だと!?」



「いや、俺も意味わかんないけど……とりあえずごめん」



 ガルドゥスがさらに怒り狂い、マイクを構える。



「必殺――絶叫咆哮波ァッ!!」



 衝撃波が爆ぜ、看板が吹き飛び、ガラスが粉々に砕け散る。

 でも俺は耳をかいただけだった。



「ちょっと耳かゆいな。こないだの蜘蛛女のほうがまだうるさかったな」



 怪人も赤も動きを止めた。

 静寂。風の音だけがやけに響く。



「お、おまえ……何者だ!?」



「いや、ほんとにただの一般人だって」



 俺が肩をすくめた瞬間、怪人は再び叫びながら突進してきた。



「黙れぇぇ! 六連ラッシュバーストォッ!」



 六本の武器が嵐のように振り回され、アーケードが粉砕される。

 鉄骨が落ちてきて、さすがにヤバい。

 ぺちゃんこにはなりたくないなぁ。



「うわっ、危なっ……怪人の攻撃より瓦礫に不安覚えるわ」



「大地っ! 下がってくれ! ここは俺が――!」



 いやいや、見た目ボロボロなのはそっちでしょ。

 赤、もう立ってるだけでギリギリじゃん。


 ガルドゥスが勝ち誇るように笑い出す。



「はっはっは! 貴様ら人間など無力だ! この世界は我――」



「あーもう! うるさいっ!」



「なっ――」



「陽翔と話してる最中なんだよ!」


 言い終える前に、俺は勢いのままに怪人の腕を掴み、ぐるんと回して路地裏に放り投げた。

 ドサァッと鈍い音がして、怪人は壁に激突。そのままピクリとも動かなくなり、すぅーっと消えていった。





「……マジか」





 商店街が、しんと静まり返った。

 逃げていた人々が顔を出し、子どもが「すげー!」と叫ぶ。

 スマホを向ける人まで出てきたので、俺は思わず後ずさった。


「え?違う違う。今のは……勢いで……」


 赤が剣を杖に立ち上がり、息を切らしながら言った。




「大地……おまえ、やっぱり普通じゃない!」


「いや、いやいや、待て。俺はただの――」


「だって、あんな攻撃食らって無傷なんだぞ!? 前の怪人のときも、炎の中で平然としてたし!」


「そ、そんなこともあったっけ?」


「“そんなこともあったっけ”じゃない!」


 赤の声が本気で震えてた。怒りでも驚きでもなく、純粋な困惑。俺だって分からないんだ。なぜこうなるのか。怪人に襲われるたびに、なぜか俺だけ無事。医者に行っても異常なし。検査結果は健康そのもの。




「……本当に、なんでもないんだよ。ほら、神様にも選ばれていないわけだし」


 

 赤の視線がまっすぐ刺さる。

 でも俺はその目を見返せず、袋の中のコロッケパンを握りしめた。




「おれはほら、巻き込まれ体質の一般人だよ」


「大地……」




 名前を呼ばれて、少しだけ胸が痛んだ。

 何度も彼らの戦いを見てきた。助けられたこともある。

 そのたびに思う――俺も、あっち側に立てたらって。


 でも、そうじゃない。俺は選ばれない。

 選ばれないのに、なぜか死なない。



「……ったく。ヒーローより活躍するとか、おかしな一般人だよな」



 そう呟いて、俺は踵を返した。

 赤が何か言っていたけど、聞き取れなかった。

 背後で風が吹き抜け、砕けたガラスがチリチリと鳴った。


 ふと、袋の中を見たら、焼きそばパンがぺしゃんこになっていた。

 少し笑って、俺は空を見上げる。




「……せめて、もう少し静かな昼飯にしてくれよな」




 その言葉は誰にも届かず、青空に溶けていった。

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