エピローグ
エピローグ
「一番悪魔でよかったって思うのは、お酒を飲んだ次の日でも気持ちよく目覚められた時なんだよねー」
クロエさんは昼間っからワインを飲みながら言う。
夜はバーだけど、昼間はカフェ。そんな店に今日、クロエさんに連れてこられていた。ここはクロエさんとよく来る店だ。昼間もお酒の提供はされているみたいで、クロエさんはここに来る度に毎回グラスワインを頼んでいる。
惠利沙も将来こうなるのかなぁ。
そういえば恵伶奈さんがお酒を飲んでいるところって見たことないけれど、どうなんだろう。お酒、飲むのかな。
「サキュバスって、二日酔いしないんですか?」
「ってより、私の一族は毒の全般が得意なんだ。酔おうと思えば酔えるけど、酔いを覚まそうと思えばすぐ覚ませるの」
「ほえー……すごいですね」
「便利でしょ。惠利沙と一緒に飲むことがあっても、酔っちゃったって言葉に惑わされないようにね?」
「そ、そうですね……」
わかっていても騙されちゃいそうだけど。ここのところ惠利沙は、以前にも増してこう、魅力的になったっていうか。
……。
まあ、その。
端的に言えば、前よりえっちになった、といいますか。
いや待ってほしい。別に私がやらしい目で見てるとかそういうのではなくてね? ほんとに雰囲気が変わったっていうか。ほんとに。
「惠利沙の修行、順調ですか?」
「うん? 惠利沙から聞いてないんだ」
「そういう話はしない方がいいかなって。なんか、いつもすごい疲れてますし」
「そっか。結構うまくいってるよ。やっぱり愛する人がいると強いのかなー」
「あ、あはは……」
愛する人って言われると、ちょっと恥ずかしいけど。私は誤魔化すようにパスタを口に運んだ。ここのお店のパスタは、いつ食べても美味しい。茹で加減もいい感じだし。こういうの、アルデンテって言うんだっけ。
「ね、ね。惠利沙のどこが好きなの? 私知りたいなー」
クロエさんは目を輝かせて言う。
一回り以上年上のはずなのに、同い年感がすごい……!
これがサキュバスの力……?
よくよく考えたらクロエさんって、惠利沙のお姉さんと言われても違和感ないくらいなんだよなぁ。貴守さんは年相応って感じだけど。
……待てよ?
それってつまり、十年後とか二十年後には私だけ年相応になって、惠利沙だけ若々しいままってこと? そう考えるとちょっと、うーんって感じだ。私もアンチエイジングの研究とかしようかな……。
「やっぱり体? 体なの?」
「生々しい話やめてください。……わかんないですけど、一緒にいると落ち着くんです。だから、好きってだけで」
「へー……私と似たようなものか」
クロエさんはぽつりと言う。
私は目を瞬かせた。
「そういえば、クロエさんと貴守さんって、どんな感じで付き合うことになったんですか?」
「まあ、そうねぇ……。貴守さん、昔はストーカーだったんだよねー」
「はい!?」
あの柔らかい雰囲気で理想の旦那さんって感じの貴守さんが?
「そう、あれは小学生の頃……」
「回想始まっちゃった」
「あの頃貴守さん、私に一目惚れしちゃったみたいで。どこで覚えたのか、君はどんな花より綺麗だ! とか言い出して」
「ほへー……」
なんか、全然想像できないな。
「それから毎週、色んな花をプレゼントしてきて。この花よりもクロエさんは綺麗だー、とかずーっと、卒業まで言ってきたんだよねー。小学生なのに、よく毎週お花買う財力があったよねー」
「確かに……」
「後で聞いたら、手伝いとか勉強を頑張って毎週買ってもらってたみたいなんだけどね」
「……すごいですね」
「そ。だから私も、まあいっかって気持ちになって。中学の頃に付き合うことにして、そんなこんなで流れるままに今日に至ると」
一目惚れから始まって、毎週花をプレゼント。なんだか漫画みたいな話だなぁって思う。今は穏やかな感じだけど、昔はかなり情熱的な人だったらしい。私はくすりと笑った。
「貴守さんとクロエさんって、幼馴染だったんですね」
「そ。だから水葉ちゃんのこともほっとけなくて」
「えっ」
「惠利沙に一目惚れしてる感じだったのにあんまりアプローチしていないみたいだから、大丈夫かな? っていつもちょっと心配してたんだ」
「もしかして、いつも食事に誘ってくれるのって……」
「近況確認的な感じ?」
「な、なるほど……」
妙に誘われると思ったら、惠利沙との仲を心配されていたのか。
なるほどなるほど。
……待って?
「私、惠利沙に一目惚れしてるように見えてました!?」
「うん。水葉ちゃんって自分の気持ちにちょっと鈍感だよねー」
「え、えぇー……」
いや、確かにそうかもしれない。私はずっと昔から惠利沙のことが好きで、それに気づいていなかっただけなのだから。改めてそれを指摘されると、少し恥ずかしいけれど。
「でも無事付き合えたみたいで良かった良かった。……惠利沙のこと、捨てちゃダメだよ? 悪魔は執念深いから」
「捨てるなんて、ありえませんよ」
私が断言すると、クロエさんはにっこり笑った。
その笑顔はやっぱり、惠利沙にも恵伶奈さんにも似ている。今更だけど、やっぱりクロエさんは二人のお母さんなんだなぁって実感した。
「ならよし。ここだけの話、惠利沙ってサキュバスの中でもだいぶ嫉妬深いタイプだから、気をつけてね」
「そ、そうですね……」
「じゃ、今日は二人が付き合い始めたお祝いにー、私が全部奢っちゃう! あ、ワインちょっと飲む?」
親戚の集まりみたいになってきてない?
未成年に堂々とお酒を勧めないでください。とは思うものの。
惠利沙との仲を応援してくれているのは、嬉しい。付き合い始めたこととか全部筒抜けになってるんだって思うと、ちょっと怖いんだけど。クロエさんに隠し事なんてできるわけないよなぁ。クロエさんって、なんでもお見通しって感じだし。
チャームの魔術くらいしか知らないけれど、もしかしたら。
「サキュバスって、チャーム以外にも魔術を使えたりするんですか?」
「うん? ……秘密。惠利沙とずっと一緒にいれば、わかるかもね」
彼女はそう言って、グラスに口をつけた。
クロエさんとの食事が終わると、私は一人で街を歩き始めた。彼女は一人で二次会するとか言って、またふらふらとお酒の飲める店に入っていたけれど。大丈夫かな、クロエさん。いや、危ないことにはならないだろうけど。
しかし、暑い。
夏休みに入ってから暑さが前よりも増して、溶けてしまいそうだった。
こういう時は、あんまり汗をかかない惠利沙のことが羨ましくなる。体質的な問題なのか種族的な問題なのかはわからないけど、惠利沙は夏でもほとんど汗をかかないのだ。私の方はすでに、汗でぐっしょりである。
そうして歩いていると、ふとお花屋さんが目に入った。
普段だったら素通りしているけれど、貴守さんの話を聞いた後だったからか、私はつい店に入ってしまった。
惠利沙と会うかどうかも、わからないのに。
気づけば私は、彼女をイメージした花束を買っていた。
うーん、やっぱりプロってすごい。ふわっとしたイメージしか伝えられなかったのに、ここまで惠利沙っぽい花束を作れるとは。
オレンジとかピンクとか、明るい色の花束は惠利沙にぴったりだ。
……問題は、これをどう彼女に渡せばいいのかって話だけど。
こんな大きい花束持って電車に乗って帰るのはちょっと恥ずかしい。でもタクシーを使うってわけにもいかないし。
「みーずはちゃん!」
その時、後ろから声をかけられる。
びっくりして振り返ると、そこには惠利沙の姿があった。清楚って感じの白いワンピースが、風で微かに揺れている。
「惠利沙」
「こんなとこで会うなんて奇遇だねー。運命感じる!」
「……つけてきたでしょ」
「な、なんのことー?」
誤魔化すの下手すぎません?
私は思わず苦笑した。付き合い始めてからというもの、惠利沙は何かと私にべったりなのだ。別にそれが嫌ってわけではないんだけど、こう。
たまーにちょっと。ほんのちょーっと、重いなー、とも思うわけで……。
でも、それが惠利沙だ。
「……だってだって、お母さん何するかわかんないし心配だったの。水葉ちゃんは、私の彼女でしょ?」
「……ふふ。そうだね」
彼女という響きに、なんだか笑ってしまう。付き合い始めてからしばらく経ったのに、まだくすぐったいというか、慣れないというか。
いつか私たちも、クロエさんと貴守さんみたいな関係になったりするんだろうか。
穏やかで、落ち着いていて、でも互いのことを想い合っている、そんな関係に。
「ところで水葉ちゃん。その花束は?」
「ああ、これ?」
私はにこりと笑って、彼女に花束を差し出した。
「この花よりも、惠利沙は綺麗だよ」
私が言うと、惠利沙は目を丸くする。そして、やがてふっと笑った。
「お父さんの話、聞いたんだ」
「うん。なんだか素敵だなーって思って。私もやってみたくなっちゃった」
「せっかくお花プレゼントするのに、花を下げるようなことを言っちゃうのがお父さんって感じだよねー」
「それだけクロエさんが魅力的だったってことじゃない?」
「確かに。水葉ちゃんは、ほんとにこの花より私の方がいいって思う?」
彼女は花束を受け取りながら言う。人に花束を渡すのなんて、昔の卒業式以来だ。だからなんか、不思議な感じだけど。
「うん。惠利沙はどんな花よりも、綺麗だしいいと思うよ」
私の言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑みはどんな花よりも綺麗で、可愛くて、見ている私まで笑顔になってしまう。
「ありがと。私も今度、水葉ちゃんにお花、プレゼントするね」
「花より私の方が綺麗だって言いながら?」
「……ふふ」
彼女は花束をそっと胸に抱き寄せる。
「せっかくだし、どこか遊びに行かない?」
「いいけど……花束持ったままで?」
「お母さんに預ければ大丈夫だよ。どうせその辺のお店で飲んだくれてるんでしょ?」
「あ、あはは……」
お母さんにランドセル預けて遊びに行く小学生みたいだ。
なんて思うのは、失礼かもだけど。こういうところはやっぱり、ちょっと子供っぽいんだよね。
「ね、水葉ちゃん」
「どうしたの、惠利——」
花束が揺れて、かさ、と音がした。
気づけば惠利沙は私に唇をくっつけてきていた。驚いて目を見開くと、彼女はゆっくり離れていく。その顔には、さっきとはまた違った、妖しい笑みが浮かんでいた。鼓動が、跳ねる。
「大好きだよ」
「……わ、たしも」
「あはは、照れてる。水葉ちゃん、可愛い」
子供っぽいところも多いのに。ふとした瞬間に大人っぽさを見せてくるから、私はいつもドキドキさせられてしまう。
最近は特に、前よりもっと魅力的になっているから。
このままだと私は、惠利沙のことしか考えられなくなってしまうかもしれない。それもまた、悪くないかもだけど。
「あーあ。早く力の制御ができるようになればなぁ。水葉ちゃんにあんなこととかこんなこととか、色々できるのにー」
「色々……!?」
「楽しみにしててね。水葉ちゃんのこと、ぐちゃぐちゃにしちゃうから」
「ひ、昼間っからそんな話しないでよ!」
「えー。じゃあ、夜にする?」
「夜にしちゃったらそれこそもうなんていうか、そういうことだし……」
惠利沙は何かと心臓に悪い。彼女はくすくす笑いながら、私の前を歩いた。
「水葉ちゃん。これからも私、水葉ちゃんとずーっと一緒にいたい」
「私もだよ。惠利沙とずっと一緒にいる」
「……うん」
私は彼女と肩を並べて歩く。
私よりもずっと背が高くて、大人びていて。時々見せる子供っぽさが可愛くて。私は惠利沙のどんな表情も、大好きだ。惠利沙にとっても私がそうであればいいなって思う。
まだ、彼女のことをドキドキさせられる私ではないかもしれないけれど。
いつか私が惠利沙に感じているのと同じくらいのドキドキを、惠利沙にもお返しできたらって思う。そうしたらきっと、これまでとはまた違った景色が見えてくるはずだから。それを惠利沙と一緒に、見ることができたら。
私はこれからも、彼女と笑って生きていけると思う。
小悪魔になりたい私と、サキュバスの幼馴染 犬甘あんず(ぽめぞーん) @mofuzo
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