第35話

 惠利沙はもっと、大人びていると思っていた。だけど本当は、私と同じで子供っぽいところも多くて、まだまだ大人にはなれないのだろう。そんなの当たり前のはずなのに、全然わかっていなかった。


 私にも、惠利沙はサキュバスだから自分より大人だろう、みたいな偏見があったのかも。惠利沙も私と同じなんだって、知っていたはずなのに。

 私もほんと、子供だ。


「水葉ちゃんが取られちゃうかもって思ったら胸がぎゅーってなって、抑えられなくて……ほんと、ごめんね」

「もういいよ。私が惠利沙を不安にさせたのも原因だし」

「それはほんとにそう」

「ちょっと?」


 惠利沙はくすくす笑う。

 やっと調子が出てきたらしい。私は少し呆れながらも、笑った。


「……いいけどさ。これからは色々抑えずにちゃんと言うこと! いい?」

「……うん」


 私は深呼吸をした。今ならちゃんと、告白をやり直せるかもしれない。昼間よりは惠利沙も落ち着いてきているようだし。


 こういうのは、ちゃんとしておきたいのだ。

 これからの私たちのためにも。


「惠利沙」


 今度こそ私の気持ちがちゃんと伝わるように、私は自分の胸に手を置いた。今までの惠利沙との思い出とか、気持ちとか、全部を胸に集めるみたいに。そしてふと、この前のおまじないのことを思い出す。あれならば、もっと私の気持ちを正確に伝えられるかもしれない。

 私はそっと、彼女の胸に手を伸ばした。


「私は、惠利沙のことが好き。大好き。だから、私と恋人になってください」


 惠利沙の胸に手を置く。彼女はぴくりと反応してから、私の手に自分の手を重ねた。そして、その手を今度は私の胸に触れさせてくる。


 前に感じた時よりも、ずっと熱い。

 惠利沙の存在そのものが、私の胸の内に入ってきているかのようだった。その感覚はやはり不思議だったけれど、心地よかった。鼓動と一緒に、惠利沙が流れ込んでくる感じ。それが幸せで、私は目を細めた。


「うん。これからもたくさん迷惑かけるかもしれない、めんどくさい私だけど……水葉ちゃんの恋人になりたい」


 鼓動が、かつてないほど速くなる。

 ずっと不安だった。この気持ちを受け止めてもらえるのか、惠利沙と恋人になれるのか。もしダメだったら友達という関係すら壊れてしまうから、怖くて仕方なかったのだ。だけどこうして気持ちを打ち明けて、受け止めてもらえて。


 痛いくらいの安堵が胸に広がっている。

 同時に、ドキドキも。


「……実はね。あのおまじないのことで、一つ言ってないことがあったんだ」

「言ってないこと?」

「そう。完全なおまじないはね、本当は……伴侶になる人としか、やらないものなの」

「……はい?」

「お互いの存在そのものを、結びつける儀式みたいなものだから。普通は友達とはやらないものなんだー」


 なんだー、じゃないですがー?

 え、私そんな大事な儀式をサラッとやっちゃったってこと? それってつまり、お遊びで誓いのキスまでやっちゃったくらいのアレなのでは? いやそれはどうなんだ。初めは一度しかないのに。


「な、なんでそんな大事なことをあんな簡単にやっちゃうかな! せっかくならもっと然るべき時にやりたいじゃんそういうの!」

「……だって。水葉ちゃん、あの頃は私のこと好きって思ってくれてなかったでしょ」

「や、まあ好きは好きだったけど……恋人になりたいとまでは思ってなかった、かな?」

「だから、どうせ恋人にはなれないなら、こっそりやっちゃおうかと思って」

「えぇー……」


 思い切りがいいというかなんというか。

 ていうかちょっと待って。


「なんで恋人になれないって決めつけてたの?」

「十年近くずーっと誘惑してきたのに、全然乗ってきてくれないし。ドキドキしてるのはわかったけど、惠利沙を自分のものにしたい! っていうのが感じられなくて、もうダメなのかなーって」


 それは私がまだ子供だっただけっていうかなんていうか。

 そう考えると私は惠利沙のことを、随分と待たせてしまったのだろう。もう少し早く自分の気持ちに気づいていれば、ここまで拗れずに済んだのかもしれないけれど。


「ね、水葉ちゃん。私のこと、えっちだって思う?」


 ここでそんなこと聞きます?

 ていうか前にそういうのはやったじゃん。あの時もめちゃくちゃ恥ずかしかったのに、さすがにまた惠利沙はえっちだよ♡ とか言うの恥ずかしいんですけど? そもそもあの頃とは状況が違いすぎるし。


 いやいやでも、惠利沙は明らかに前と同じ言葉を期待しているし。


 そんなキラキラした目で私を見ないでほしい。好きな人にえっちだのどうだのって言うのがどれだけ恥ずかしいことなのか、惠利沙はわかっていないのだ。いや、多分わかっていながら言っているなこれは。惠利沙は天然じゃないわけだし。

 ああもう!


「水葉ちゃんは、えっちだよ。……私は、どうなの?」


 彼女は私の手を掴んで、自分の胸に押し付けてくる。

 な、なんでこんな話に……?


 今はもうちょっとこう、ちゃんと好きって確かめ合えた喜びとかエモさ的なのを噛み締める感じの時間だったじゃん。いきなりそんな雰囲気にされてもついていけません。


 ……いやまあ。

 柔らかいなーとかいい匂いするなーとかもっと触りたいなーとか、そういうことは思ったり思わなかったりするけども。けども

。でもでも違うの。私はもっと純愛を楽しみたいっていうか。いやえっちなことが不純って言いたいわけでもないけど。


「惠利沙は、えっちだよ! これで満足!?」

「……ふふ。合格ってことにしといてあげる」


 彼女はそう言って、ふわりと笑う。

 私の知っているふわふわな笑みとはまた違うけれど、その笑みも可愛いことには違いない。私はドキドキしながらも、小さく息を吐いた。


 天然だろうとそうでなかろうと、結局惠利沙は惠利沙だ。そんなに変わらない、と思う。なんだかなぁ、と思っていると、不意に彼女は私の服に手を突っ込んでくる。おいこら。


「何しようとしてんの?」

「せっかくだからもっと触っておこうかなって。だめ?」

「だめです!」

「即答だし。サキュバスを恋人にするって、そういうことだよ?」

「だとしても今じゃないじゃん! もっと色々こう……大事にしてよ!」

「私は水葉ちゃんのことが大事だよ。他のどんな人よりも」

「それは……嬉しいけど」

「だから、いいよね?」


 彼女は一歩、私に近づいてくる。さっきまでのしおらしさはどこに行ってしまったのだろう。

 ……しょうがないなぁ。


「……いいけど」

「やった! じゃあ……」

「はい、ストップ」


 その時。私と惠利沙の間に、恵伶奈さんが降ってきた。着地した彼女は、私と惠利沙を交互に見て笑う。


「まずはおめでとう。恋人同士になれて、よかったね」

「あ、ありがとう」

「で、惠利沙」

「は、はい」

「惠利沙は今回、チャームを暴走させちゃったわけです。私たちの力はそりゃもう強力だから、ちゃんと制御できないとひじょーに困るわけです。下手すると危ない人に狙われるかもしれないわけです。それはわかるよね」

「わかり、ます」

「ならよし。力を制御できるようになるまで、惠利沙はえっちなことするの禁止ね」

「ええっ!? なんで!?」

「なんでも何も。そういうことすると、また制御できてない力が漏れ出して大変なことになるかもだし。さ、惠利沙。修行しよう! お母さんも協力してくれるみたいだから!」

「え、えぇー……。み、水葉ちゃん……」


 私は目を逸らした。

 力が制御できていないことの恐ろしさを、私はよく知っている。かつて彼女が膂力を制御できるように協力したことがあるから。残念だけど私はサキュバス本来の魔術とかそっち方面の力に関しては全く協力できないのだ。


 私、魔術使えないし。

 頑張れ、惠利沙! 私は恋人として、いつも応援してるからね……!


「元気でね、惠利沙……!」

「水葉ちゃん!?」

「必要な精気は私とお母さんがわけてあげるから頑張ろうね!」

「お、お手柔らかに……」

「それはこれからの惠利沙次第かな」

「うえぇ……」


 ちょっとかわいそうだけど、仕方ないよなぁ。そんなことを思っていると、不意に恵伶奈さんが私の方を振り返ってきた。


「水葉ちゃんには我慢させちゃうけど、これからの二人のためだから。ごめんね」

「べ、別に大丈夫です! 私たちにそういうのはまだ早いって思いますし!」

「あはは、そっか。……もし我慢できなくなったら私に言ってくれてもいいよ? 惠利沙とする前に私が色々と——」

「お姉ちゃん。今まさに力が暴走しそうになってるんだけど?」

「おっと。じゃ、夢はこれくらいにしとくとして……水葉ちゃん!」


 恵伶奈さんは、にこりと笑った。


「まだまだ不出来な妹だけど、よろしくね」

「……はい!」


 不出来なのは私も同じだ。だけど、だからこそ、二人でゆっくり歩んでいけたらなって思う。私が笑うと、恵伶奈さんは満足そうに頷いた。


 そして、夢が終わる。

 気づけば朝になっていて、窓から差し込む光がどこか爽やかだった。私は軽く窓を開けて、空を仰いだ。今日は、いい天気だ。惠利沙も同じ空を見上げているのかな、なんて思うと少し胸が温かくなる。


 色々と大変そうだったけれど、ちゃんと学校に来られるかな、惠利沙。


 恵伶奈さんにいじめられていないといいけれど。

 私は少し苦笑した。

 まだまだ私たちは、前途多難だ。それもまた、私たちらしいかもだけど。

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