第33話
「水葉ちゃんは悪くないよ。惠利沙のこと、色々考えてくれてたんでしょ? どっちかっていうとこれは惠利沙の性格の問題。水葉ちゃんに嫌われたくないとか、サキュバスらしさを抑えないとーって思いすぎたんだね」
彼女の手は、どこまでも優しい。私は深く息を吐いた。
「で、その反動が来ちゃったの。やっぱりサキュバスにも本能があるからねー。人に愛されたいとか、愛する人を自分のものにしたいとか。常日頃からそういうのに向き合っていれば、まだ抑えられたかもだけど……あの子、ちょっと潔癖だから」
「私に、できることはありますか?」
私が言うと、彼女はふわりと笑った。
「それでこそ水葉ちゃん。あるよ、できること。水葉ちゃんにしかできないこと、たくさんある」
「それは、一体?」
「そうだねぇ……まずはその包容力で、どーんと惠利沙のこと受け止めちゃって!」
「え、えーっと?」
「まあまあ、行ってみればわかるから! あ、一応なんだけど、惠利沙がどんなこと思ってても引かないであげてね?」
「……大丈夫です。私は、どんな惠利沙も大好きですから」
「それなら安心だ。じゃ、行ってらっしゃい! 頑張ってねー!」
恵伶奈さんはぽんと私の背中を押してくる。
……よし。よくわかんないけど、とにかく夢の中で惠利沙と会って話をすればいいのだろう。それならお任せあれって感じだ!
一歩前に踏み出そうとして、気づく。
……地面がなくない?
「ちょ、ちょっと恵伶奈さん!?」
「地獄の底にごあんなーい♡」
うおい!
いや夢の中だから大丈夫だってわかってるけどこの浮遊感は怖すぎるっていうか。ていうか落下時間が長いし。何も見えない真っ暗な穴の中を、ぐんぐん落ちていっているの感じる。え、これほんとに死んじゃわないよね?
穴の上の方を見てみるけれど、すでに恵伶奈さんの姿はなくなっている。
あの人ほんと、めちゃくちゃすぎません?
昔はもーちょっと慎み的なものがあったような気がしなくもないのですが。
「……ぶぇっ」
べしょ、と音がした。
口の中がじゃりじゃりする。
ゆっくり起き上がると、砂場に落っこちたことに気づく。はっとして辺りを見回そうとして、青い瞳と視線がぶつかった。
惠利沙だ。
惠利沙、なんだけど。
……ちっちゃい。
「わ、私の……」
「え?」
「私のお山、壊したぁ〜!!」
「え、えぇ!?」
お山!?
あ、砂の!?
確かに私の足元には見事に粉砕された山の残骸らしきものがある。空を仰いでみるけれど、青空が広がっているだけで穴はもう見えなくなっていた。恵伶奈さん、どうしてこんなところに私を……!
い、いやそれは今は置いといて。
「ご、ごめん! 壊したのよりおっきい山、一緒に作るから! ゆ、許して……?」
「ほんとにおっきいの、作れる?」
大きな瞳が私を映している。私は頷いた。
「任せといて! 私これでも、幼稚園の頃はお山の大将って呼ばれてたから!」
……。
あれ、全然褒め言葉じゃなくない?
い、いやいや。でも大将だし。きっと悪い意味じゃないよ、うん。
「すごいね! 大将なんだー!」
「ふふふ。そうでしょうそうでしょう」
私は得意になって、彼女と山を作った。うーん、久しぶりの感触だ。砂を固める作業って、なんかちょっと満たされる感じがするんだよね。自然に触れてるって感じで。最後にお砂遊びなんてしたの、いつだっけ。この爪に砂が入る感じも、懐かしい。
「お姉ちゃん、お名前は?」
ぺたぺた砂を固めていると、惠利沙が言った。私は少し考えてから、答えた。
「水葉。日和水葉だよ」
「私の友達と同じ名前!」
そう言って、彼女は目を輝かせる。その友達が私なんだよ……なんて。言ってもきっとわからないだろうなぁ。
ていうか、ここにいる惠利沙は私が知っている惠利沙なのだろうか。それとも夢が作り出した産物?
「そっか。……その子と、仲良いの?」
「うん。いちばんの仲良し。……でもね。水葉ちゃんはにんげんで、私はサキュバスだから。友達でいいのかなって、時々不安になるんだ」
「大丈夫だよ。種族が違っても、友達は友達だし。その子は惠利沙ちゃんのこと、大事に思ってるよ」
「私の名前、知ってるの?」
「え?」
「まだ、教えてないのに……」
やばい、引かれたか?
違うんです、私は決して不審者とかではなくて。
な、なんて弁明すれば。
「お、お姉さんは魔法使いだから! だからわかるんだよ!」
「そうなんだ……」
よし、乗り切った。
実際魔法使いなのは、惠利沙の方だろうけど。魔術とか使えるし。昔の私が魔術の存在を知っていたら、きっと憧れていただろうなぁ。
「魔法使いのお姉ちゃん。私のお話、聞いてくれる?」
「うん。聞かせて?」
「……私ね。水葉ちゃんのことが好き。優しくて、あったかくて、ふわふわするから。でも怖いの」
「怖い?」
「いつか水葉ちゃんに、変なことしちゃうんじゃないかって」
砂の山が次第に大きくなっていく。惠利沙がトンネルを手で掘っているのを見て、私も反対側から掘り始めた。
幼稚園の頃は、毎日こんな遊びをしていたっけ。
飽きずに似たようなことをしていても飽きなかったのは、感受性が豊かだったからなのかな。あの頃は本当に、些細なことが新しくて面白かった。今だって、知らない感情に出会うことは多々あるのだけど。
そうしていると、やがて柔らかくてしゃりしゃりしたものに指先が触れた。
それは、砂だらけになった惠利沙の手だった。
私は、笑った。
「大丈夫だよ。絶対大丈夫。多少変なことしたって、その子は惠利沙ちゃんのこと、嫌いにならないから」
私が言うと、惠利沙はふわりと笑った。
「……ありがとう、水葉ちゃん」
砂の感触が、消える。気づけば私は、グラウンドに立っていた。
広いグラウンド。端っこに遊具が設置されているのを見るに、小学校のグラウンドだろう。遠くからブランコを漕ぐ音が聞こえてくる。
私はブランコの方まで歩いた。
いつの間にか手足は小さくなっていて、グラウンドの端っこまで歩くのも一苦労だった。せっかく夢の中なんだから、私にも翼があればいいのに。
「惠利沙」
「あ、水葉ちゃん」
ブランコを漕いでいたのは、惠利沙だった。さっきよりも少し大きくなっている。この前もこんな夢を見たけれど、あの時は惠利沙の中身が違った。
私の知る、高校生の惠利沙はどこにいるんだろう。
「隣、いい?」
「うん」
私は隣のブランコに腰をかけた。この微妙に安定感がないのも、久しぶりの感触だ。昔は結構ブランコ好きだったなぁ、私。
「なんか、悩み事?」
「え?」
「寂しそうな顔してるから」
惠利沙は目を伏せた。
「……ね、水葉ちゃんは私のこと、無邪気だって思う?」
私は少し考えてから、頷いた。何かと私のこと誘惑してきたりしていたけれど、その行動に他意がないのはわかっている。
私と違って、惠利沙は不純な気持ちで相手を誘惑したりはしないのだ。
「全部、演技だったんだ」
「……演技?」
「無邪気に見せてるのも、なんでもないふりをして自分の体を見せたりするのも、全部……演技なの」
私は目を丸くした。
これまでのが全部、演技?
いや、でも。
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