第31話

「お姉ちゃんに、変なことされなかった?」

「されてないよ」

「……チャームの気配、感じたけど」

「私がかけられたわけじゃないから、安心して。……チャームってそんな、禁忌の魔術的なやつなの?」

「禁忌ってわけではないけど、普通はあんまり使わないよ。チャームを使わなくても私たちは、人を魅了できる種族だから」


 その横顔が、少し遠く感じられる。

 人と悪魔の間に横たわる距離が、どれくらいなのかはわからない。だけど今私たちはこうして、手を繋いで歩けている。

 触れ合えるなら、心の距離だって埋めることができるはずだ。


「どうしても、この人が欲しいって時にしかチャームは使わないの。お母さんもお姉ちゃんも、割とぽんぽん使うけど」

「そういうものなんだ。惠利沙は、使わないの?」

「使わないよ。そんなことしたら、ダメってわかってるし」

「……そっか」


 手を繋ぎながら歩いていると、鼓動が速くなってくる。今結構いい雰囲気なのでは? なんて考えてしまう自分がいて。


 ふとした瞬間にそんなことを考えてしまう自分が恥ずかしい。

 でも好きだから、つい考えてしまう。それは本当に、仕方がないことなのである。


 今日は一日、バタバタしてしまったなぁ。誘惑しようとしてみたり、恵伶奈さんに嫉妬してしまったり、色々聞かれたり。


 スカートは元の長さに戻っていて、髪型もいつも通り。

 恵伶奈さんとは比べるのが失礼なくらい子供っぽいいつもの私だ。それでも。


「惠利沙」

「なあに?」

「キスしたくなっちゃった」


 何かあったら私に言ってね。

 昼休み、惠利沙はそう言ってくれていた。だから今、私は彼女に願望を口にした。


 確かめたかった。何をって聞かれたら、自分でもよくわからないけれど。とにかく私には、確かめたいことが何かあるのだ。それは、彼女にキスしてもらわないとわからないことで。


「え。……今?」

「うん、今。だめかな?」

「だめじゃない、けど。……ちょっと待って」


 彼女は手鏡で自分の顔を念入りに確認してから、私の肩に手を置いてきた。相変わらず私よりもずっと、背が高い。背伸びしないとキスもしづらい身長差というのは、どうなんだろう。なんだかちょっと間が抜けている気もする。


 だけどそれも、悪くはないのかな。私たちらしくて。

 少し背伸びをすると、彼女が屈んだ。いつか背伸びしなくてもキスできるようになればいいのに。そう思うけど、きっと無理なんだろうな。


 唇同士が触れ合って、惠利沙を感じた。

 甘い匂いとか、温かさとか、微かな強張りとか。嗅覚とか触覚とか色んな感覚に、直接気持ちを、惠利沙そのものを流し込まれているような感覚だった。私の全てが、惠利沙でいっぱいになる。


 心はドキドキしているはずなのに、鼓動は驚くくらい静かだった。


 やっぱり私は、惠利沙のことが好きだ。恋人になりたいって思う。

 そして、きっと惠利沙も。

 私はそっと彼女から離れた。


「ふふ。惠利沙とのキス、好きだな。幸せな気持ちになる」

「う、ん。私も……」

「もうちょっと、歩こっか。恵伶奈さんと過ごした時間よりも、長く」


 私は笑った。

 まだ、完全に全てを理解したってわけではないけれど。少なくとも目指すべきところははっきりした。私の気持ちも。


 どうすれば恋人になってもらえるのかはわからない。だけどもう、この気持ちを抑えておくのも難しい。あとはもう、当たって砕けてみるしかない。このまま友達の顔をしていても、私の望むものは手に入らないのだから。





 なんて、思ったのはいいんだけど。

 告白するのってめっちゃ難しくない?


 どんなタイミングですればいいのか全くわからないし、そもそも最近は二人きりになれる機会も少ない。

 その理由は——。


「水葉ちゃん! 面白そうなお店を見つけたんだけど、一緒に行かない? 行こう!」

「ちょっ……」


 ある日は恵伶奈さんに強制的に遊びに連れて行かれ。


「惠利沙——」

「あ、水葉じゃん! お久! 最近一緒にお昼食べてなかったし、食べよ! てか今日どっか遊び行かない?」

「え、ちょ」


 ある日は一年の頃からの友達に誘われ。


「惠利——」

「水葉! 大変大変! めっちゃやばいことになった! 高野と水村が国立さんを巡って決闘してる! 観戦しよう!」

「えぇ……?」


 ある日は琴春に連れて行かれ。

 ……ちなみに決闘方法はなぜか将棋で、勝者は水村くんだった。結局二人まとめて振られていたけど。


「惠——」

「水葉ちゃん! 最近水葉ちゃん成分が足りてなかったから、補充させて!」

「水葉ちゃん成分……?」


 ある日はまた別の友達にぬいぐるみ扱いされ。

 いや、ほんとなんだこれ。呪われてるのか私。あるいは惠利沙に告白するのはまだ早いよっていう神のお告げですか?

 私はため息をついた。


「いやぁ、水葉ちゃんは柔らかくていいねー。全身おもちだ」

「それ、喜んでいいやつ……?」


 太ってるって意味じゃないよね? 違うよね?

 ていうかそろそろ離してほしい。ハグっていうかもう完全にホールドされてるよこれ。お昼ごはん、食べたいんですが。


「お、水葉。なんか楽しそうなことやってんね」


 琴春がやってきて、私に声をかけてくる。これのどこが楽しそうなことなんだろうってちょっと思うけど。膝の上に乗せられてぎゅうぎゅう抱きしめられて、楽しいはずもあるまい。暑いし。


「ごはん食べたいんだけど……」

「私が食べさせてあげよう。感謝しなよー」


 彼女は私の机の上に置いてあったおにぎりを手に取って、フィルムを剥がす。


 あ、ちょっと。ノリがだいぶフィルムに持ってかれちゃってますけど! コンビニのおにぎりはノリが本体みたいなところあるから、もっと丁寧に扱ってくれないと困る。


 私は残念な心地になりながら、運ばれるおにぎりを咀嚼した。

 うぅ、悲しみの味……。

 いや、それはいいんだけど。


 ここのところ惠利沙とまともに話せていない。予定が合いそうな日は他の人に声をかけられてしまうし、そもそも惠利沙が忙しそうな日もあるし。当たって砕けろの精神なのに当たることすらできない悲しみ。


 いっそ電話で、とか。

 いやいや絶対ダメでしょ。こういうのはちゃんと顔を合わせないと伝わるものも伝わらないし。


 こうなったら今日の夜にでも、彼女の家に突撃……したら恵伶奈さんとばったり遭遇しそうだ。まさに八方塞がり。


「私の愛のこもったおにぎりは美味しい?」


 琴春が言う。


「愛て。普通に美味しいけど」

「そりゃよかった。たくさん食べて大きくなれよー」


 おにぎり二個しか買ってないし、たくさんは食べられないと思うけど。


 なんてことを考えていると、教室の扉から誰かが顔を覗かせる。それは惠利沙だった。彼女は教室を見回して、やがて私の姿を見つけたらしい。彼女の目が、大きく見開かれる。


 ……もしかして、誤解された?

 違うんです、琴春たちとはそういう関係ではなくてですね。慌てて弁明しようとするけれど、その前に惠利沙は去ってしまう。私は立ち上がって、彼女の背中を追おうとした。でも、私が廊下に出た頃には惠利沙の姿は見えなくなっていた。


「どしたの、水葉」

「……ううん。なんでも、ない」


 私は肩を落とした。

 いい感じに惠利沙に告白するつもりだったのに、このままだと告白する前に訳のわからないことになってしまいそうだった。


 待てよ、と思う。

 メッセージでやり取りして待ち合わせ場所をこっそり決めて密会すれば、他の人に邪魔されるのを避けられるのでは? 天才の発想かもしれない。


 そう思ってスマホをポケットから取り出すと同時に、スマホが震え出す。


『放課後、一緒に帰らない?』


 惠利沙からのメッセージだった。

 これは……チャンスだ。


 私は速攻でいいよと返事をした。これであとは、放課後を待つのみ。


 惠利沙のことが好き、私は惠利沙のことが好き、付き合ってください……。


 イメージトレーニングもバッチリだ。これで今日、私は惠利沙との関係を変える。

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