第25話

 ていうかさっき、もうほとんど告白しちゃってなかった? 恋愛的な意味で好きだって気づかれてないよね? いやいや気づかれていいんだ。むしろ気づかれないと進展しないわけで。でもいきなり好きって気持ちをぶつけちゃうのはそれはそれで違うっていうか……!

 ああもう! なんで夢でまでこんなことを!


「でも、よかった」

「……何が」


 ちょっと不満そうに、彼女は言う。私は、にこりと笑った。


「惠利沙が元気になって」

「……よくないよ」

「えっ」

「水葉ちゃんが倒れたのに、私だけ元気になっても何もよくない!」


 叫ぶように言ってから、彼女は目を伏せた。


「今度からは、ちゃんと夢で少しずつ水葉ちゃんの精気をもらうから」

「うん。私も今度現実で精気をあげる時は、気をつけるね」


 会話が止まる。

 今、現実で私はどうなっているんだろう。まだコンクリートで倒れたままなのか、それとも。


 わからないけれど、そろそろ目覚めた方がいいだろう。

 ……目覚める、といえば。


「ねえ、惠利沙。……キスしてよ」

「……ほぇ?」

「目覚めのキス。夢から覚めるなら、それが一番でしょ?」


 私は彼女に一歩近づいた。いつもは彼女の方からキスしてくるのに、今日は妙にたじたじである。やっぱり私が、精気のあげ方を間違えてしまったせいかな。


 ここは一つ、私から。

 そう思っていると、彼女の顔が近づいてきた。あっと思った時には彼女の柔らかな唇が触れて、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐった。さっきはつい深いキスをしてしまったけれど。こういう優しいキスもやっぱり心地いいって思う。


 しばらくすると、彼女は唇を離して、少し恥ずかしそうに笑った。


「……これでいい?」

「……うん」


 沈黙。

 ……。


 あれ、全然目覚めないな? いや、そりゃまあ別にキスが目覚めのトリガーってわけではないから当然なのかもしれないけど。めっちゃ気まずい。目覚めろーって念じてみるけれど、やっぱり何も起こる気配がなかった。


 どうしよう、この空気。

 甘さと気まずさが入り混じって、なんとも言えない感じになった空気が肌に突き刺さる。えっとえっとこういう時どうすれば。


「私、惠利沙とのキス好きだよ」


 違くない?

 私何言ってんの?


「なんか、心がふわーってする感じ」

「私も水葉ちゃんとのキス、好き」

「そっか。じゃあ、両思いだ」


 違くない!?

 なんだ両思いって。もう明らかに好意が漏れ出すぎているっていうか露骨すぎるっていうか。これもう思わせぶりどころじゃないよ。


 まずい、どうしよう。もうちょっとこうスマートにアプローチができればベストなんだけど、いかんせんイージーではないわけで。ああだめだ、横文字の連続で頭が痛くなってきた……! じゃなくて。


「いや両思いって言っても別にそういうことじゃ——」


 言葉が一瞬、途切れる。


「なくて!」


 自分の声が、妙に頭に響く。

 私は目を丸くした。ここは……。


「惠利沙の部屋?」

「あ、おはよー水葉ちゃん。いい夢見れた?」


 澄んだ声が鼓膜を震わせる。私はびくりと体を跳ねさせた。部屋の扉の方に、クロエさんが立っている。


「く、クロエさん? お仕事は……」

「今日は基本会議だけだから、家にいるんだー。体調は? 平気?」

「あ、はい。ちょっと頭痛いですけど……」

「惠利沙にはちゃんと注意しとくから。精気はもらいすぎちゃダメっていつも言ってるのに……」

「い、いえ。今回は私が悪くて……」

「ううん、全面的に惠利沙が悪い」

「えぇー……」


 クロエさん、結構頑固なんだよなぁ。

 彼女は髪を指でくるくるといじりながら、深く息を吐いた。惠利沙にドキドキすることは何かと多いけれど、こうしてクロエさんを見ていると惠利沙はまだ子供だなって思う。いや何目線よって話だけど。


 大人のサキュバスってこう、なんというか。

 魅力が半端じゃなさすぎるのだ、本当に。クロエさんとは頻繁に食事に行っているのだが、その度に色んな人の視線を感じるし。


「惠利沙は引っ込み思案なところがあるからなぁ。好きな人がいるなら全部奪うくらいの気概で行けって教育してきたはずなのに、どうしてこう……」

「あのー、クロエさん……?」

「おっと! とりあえず、惠利沙のことよろしくね」

「は、はい」


 妙に芝居がかった動きで、彼女は部屋から去っていく。

 そういえば、惠利沙は?


 彼女の姿を探そうとして、ふと気づく。隣に、惠利沙が眠っていることに。私は微笑みながら、彼女の頭を撫でた。ここまで私を運んできて、疲れて眠っちゃったのかな。そのあどけない寝顔が可愛くて、愛おしくて、胸が高鳴る。


 こういう些細なことに幸せを感じるのは、やっぱり彼女のことが好きだからなのかな。惠利沙は体を丸めて、すやすやと寝息を立てていた。


 学校にはもう、間に合わないだろうし。私ももう一眠りしようかな。


 そう思った瞬間。床に何かが置かれていることに気づく。それは制服だった。畳まれた制服の上には、下着まで置かれている。ふむふむとても見覚えのある下着だ。今朝も見た記憶があるけれど、もしかして惠利沙って私と同じ下着を持ってたりするのかな。ははは、そんなわけないよね。だってサイズが違いすぎるもん。


 やー……。

 ……。

 ん?


 私はシーツを剥いだ。

 裸じゃん。

 見事にすっぽんぽんじゃん。


 え、いやいやどうしてこうなった? 寝ている間に暑すぎて脱いだってわけでもなさそうだし。はっ。てことはまさか。


 ちらと惠利沙の方を見ると、彼女も見事に裸だった。

 な、なな、な……!

 なんじゃこりゃ!!


「ちょ、ちょっと惠利沙起きて!」

「んん……あと五分……」

「また典型的な寝言言ってるし! ああもう、いいから起きて……!」


 ごろん、と惠利沙が寝返りを打つ。

 ……色々見えちゃいけないものが見えちゃってるし。


 いや別にこれまでの私だったらしょうがないなぁで済ませられたんだけど。


 好きな子の裸なんて直視できるわけない。そんなことをしたら私の心臓は爆発して粉々になってしまう。私は速攻で彼女の体をシーツで包んで、そそくさと服を着た。ど、どうしてこんなことに。


 シーツに包まれてると、赤ちゃんみたいで可愛いなぁ。

 じゃないが?


「……はぁ」


 私はため息をついて、部屋を後にした。


「あれ、水葉ちゃん。服着たんだ」

「そりゃ着ますよ……。あ、貴守さん。お邪魔してます」

「うん、いらっしゃい。いつも惠利沙がお世話になってます」

「あ、いえいえ」


 リビングには貴守さんとクロエさんの姿がある。相変わらず貴守さんは穏やかな雰囲気の人だった。クロエさんには度々ごはんに誘われるけれど、貴守さんとはあまりご一緒しないんだよね。クロエさんほど押しが強い人じゃないからだろうけど。


「あの、なんで私の服……」


 私はクロエさんに耳打ちした。彼女はくすりと笑う。


「精気の回復には、裸で触れ合うのが一番効果的なの」

「ほえー……」


 初耳である。その辺の常識的なものは、よく知らないからなぁ。


「……ふふ。しちゃったと思った?」

「思ってませんけど!?」

「あはは、すごい反応。やっぱ水葉ちゃんって面白いなー」

「私のことおもちゃかなんかだと思ってます……!?」


 クロエさんはけらけら笑っている。この人、見かけによらず結構子供っぽいんだよね。無邪気というか、なんというか。私はため息をついた。


「でもよかった。ちょっと心配してたけど、惠利沙と仲良くやってくれてるみたいで」

「そりゃまあ……幼馴染ですし」

「それだけじゃないでしょ?」


 赤い瞳が、私を映している。惠利沙の瞳と違って、クロエさんの瞳は悪魔の瞳って感じだ。何か心の奥深くを見透かされているような、そんな心地にさせられる。

 だけど目を逸らすことができないのは、どうしてなのか。


「……そうですけど」

「素直だねー、水葉ちゃん」

「どうせ嘘ついてもわかるじゃないですか」

「そうだけどね。座ったら? まだ会議まで時間あるし、色々お話聞きたいなー」


 彼女はぽんぽんと自分の隣を叩く。促されるままに、私は彼女の隣に座った。


 柔らかな雰囲気なのに、どこか重圧を感じる。クロエさんのことは別に苦手ではないんだけど、時々怖くなるのも確かだ。私みたいな普通の人間とは、存在感がそもそも違うっていうか。


 私は最近の惠利沙とのことを、少し彼女に話した。彼女は興味深そうに話を聞きながら、ぽつりと言った。


「これからちょっと大変なことがあるかもしれないけど、頑張ってね」


 その言葉に、私は首を傾げた。

 クロエさんは思ったよりも真剣な顔をしていて、一体何が起こるんだって不安になる。その時、廊下の方から足音が聞こえてきた。


「水葉ちゃん」


 それは、惠利沙の声だった。振り向くとそこには、シーツを体に巻いたまま歩いてきている惠利沙の姿があった。何かの絵画みたいだなぁ、と一瞬思ったけれど、その顔に怒りが滲んでいるのを見て私は背筋を伸ばした。


「お母さんとお話しするの、楽しい?」

「えっと……」

「楽しいよねー。惠利沙よりクロエさんの方が好きですって言われちゃって……困っちゃうよね、私は貴守さん一筋なのに……」

「ちょぉっ……」

「水葉ちゃん」

「はい」

「こっち、来て?」


 これが大変なこと……?

 私は戦々恐々としながら、惠利沙の元に歩いた。彼女は私の手を引いて、また部屋に戻っていく。


 その後はもう、彼女の気が済むまでずーっとぬいぐるみのように抱きしめられることになった。……シーツ越しとはいえ、色々となんというか、すごかった。私はもう、ダメかもしれません。

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