3 ほんとのきもち

第17話

 何やら最近妙なことになってきていないか?

 それが素直な私の感想だった。いや、だって考えてみてほしい。現実でキスしたり、夢ではその、もっと深いキスをしたり。どう考えても友達の距離感じゃなくなっているし、ここらで一つ以前と同じ距離感に戻った方がいいのでは?


 と、思ったわけでして。

 そんなこんなである日の土曜日。私は惠利沙をデートに誘っていた。今日のデートはほんとのほんとに普通のデート。えっちなことはしません。


 ただこの前友達に聞いたドキドキテクニックを試したいのもまた事実。


 彼女をドキドキさせつつも、変な雰囲気にならないように気をつける。それはかなり難しいことだけど、きっと私ならできる……はず。


「……はぁ」


 私は手鏡を見ながら、前髪を整えた。

 別に前髪にそんなこだわりはないけれど、なんとなく手持ち無沙汰だとこういうことをしてしまうのだ。


 胸をちょっと見せてみたり、スカートを短くしてみたり、そういうのは私には合わないってこれまでで学んだ。だから今日は、特別なことはしていない。いつも通りメイクして、お気に入りのワンピを着て。


 唯一普段と違う所を挙げるとすれば、それは髪型だろう。いつもは髪を軽くまとめているんだけど、今日は下ろしている。


 この前、この髪型の方が可愛いって言われたし。デートなんだから、惠利沙の好きな髪型にしたいって思うのだ。


 惠利沙、褒めてくれるといいな。

 ……。


 いや、何を乙女になってるんだ私。別に彼女に褒めてもらえてももらえなくてもどっちでもいいわけで。褒めてくれたらきっと嬉しいだろうなぁ、とはちょっと思う的な? そんな感じで。


 ……ほんとに違うのだ。

 私にとって惠利沙は親友で、ただ隣にいるだけでそれでよくて。意識してるってわけでも、そういう意味で好きってわけでもないのだ。そんな目で彼女を見たことなんて、一度もないし。最近はちょっと、変になっているだけで。


「ごめんね、水葉ちゃん! お待たせ!」


 またため息をつきそうになった時、惠利沙が駆けてくる。


「大丈夫。私も今来たところだから」


 私が言うと、彼女はふわふわ笑った。

 どう考えても今来たばっかじゃないって、わかっちゃうよね。でもこれは様式美と言いますか。


 ……なんか、恥ずかしいな。

 私は少し顔が熱くなるのを感じた。


「それならよかった。あ、水葉ちゃん今日は髪下ろしてきたんだ。……私のためだったりする?」

「そりゃまあね。今日はデート、だから」


 デート、という言葉を強調する。

 今日は惠利沙をドキドキさせるって決めたから、攻められるところでは攻めていくつもりだ。もう私の鼓動がとんでもない速さになるのは諦めよう。


 ここは肉を切らせて骨を断つ。

 今日こそ私は、小悪魔になるのだ。

 ……いや、何と戦っているんだって話だけど。


 でもでもだってだって。

 私ばっかり一人で盛り上がってるのも恥ずかしいし納得できない。惠利沙も同じくらいドキドキして、一人で盛り上がってくれないと困るのだ。いや別に困んないけど。


「……ふふ。そうだよね。私はどう? 可愛い?」


 彼女はくるりと回る。

 まさかのワンピ被り。

 別に悪いことではないんだけど。


「うん、可愛いよ。なんか今日は、いつもより清楚って感じ」

「えー。いつも私、割と清楚だと思うけど」


 どこがですか?

 ブラ見せてきたりする人は清楚じゃないと思います。


 というのは、言わないでおく。今日はデートなのだから、雰囲気も大事なのだ。


「あはは、そうかもね。とりあえず、行こ?」

「はーい」


 私は彼女の手を握る——と見せかけて。

 何気なく、腕を絡ませてみる。彼女が驚いているのが、腕の強張りから伝わってきた。私はそれに気づかないふりをして、ただ前だけを見て歩き始めた。惠利沙の顔を見るのがちょっと怖いけど、多分大丈夫。きっと。恐らく……。


 うぅ、心臓がうるさい。

 惠利沙から何かをされてもドキドキするけど、結局自分からしてもドキドキするからどうしようもないと思う。毎度毎度こんなに鼓動が速いと、寿命が縮んだりしないかってちょっと不安になる。


 私が早死にしたら、お墓は惠利沙に買ってもらおう。

 じゃなくて。


「水葉ちゃん」


 彼女の声は、今日も柔らかい。


「可愛いよ」


 今言わないでよ。

 自分が恥ずかしい顔をしているってことくらい、わかっているのに。


 そうやって言われると、嬉しくなってしまう。

 ああ、もう。ほんと、我ながら単純すぎてちょっと嫌になる。褒められるのなんて慣れているはずなのに、どうしてこんなにドキドキするんだ。


 私は思わず彼女の方を振り返ってしまった。

 ふわりと、彼女は私に微笑みかけてくる。


 デートなんだから、雰囲気は大事。そう思うのに、微笑み返すこともできないままそっぽを向いてしまった。そんな私を見て、彼女はくすくす笑う。小悪魔になるって決めたのに、実際演じようとするのは難しい。


 私は深呼吸をしようとしたけれど、彼女の腕の感触に気を取られてそれもできなかった。


 ……何もうまくいっていない。こ、こんなバカな。昨日寝る前にしたシミュレーションでは、結構うまくやれてたのに!


「惠利沙の可愛さには負けるよ」

「そう思うなら、ちゃんと私のこと見てよ」

「前見て歩かないと危ないから」

「それなら一回立ち止まればいいのに」

「止まれないよ。時間は有限なんだから」

「何それ」


 我ながら、色々めちゃくちゃだ。

 でも今日は、なんとしてでも彼女をドキドキさせて見せる。私はそう胸に誓って、彼女の腕を引っ張って歩いた。


 惠利沙はどこで何をしていても、目立つ。

 百人いたら百人が綺麗って言うくらいには容姿が優れているし、背も高いし、どこのモデルさんですか? って感じだし。昔はともかく、今は彼女も注目されることに慣れているから、知らない人に話しかけられてもにこやかに対応しているけれど。


 私は知っている。実は惠利沙が、知らない人と話すのは苦手だってことを。


 そして、騒がしいところよりも静かなところの方が好きだってことも、私はよく知っていた。だから今日のデートは、静かなところを選んだ。……選んだのだけど。


「わー、すごい人」


 惠利沙が言う。


「そ、そうね……」

「水葉ちゃん、どうしたの? 変な顔してるけど……」

「いえ、どうもしておりませんが」

「どうかしてる時の反応だよー」


 アクアリウムは人で満ちている。

 入った直後からもう人人人って感じで、前に進むのも大変だった。静かで惠利沙が好きそうな場所を選んだつもりだったけれど、甘かった。そりゃあ休日なんだから、人も多くなるに決まっている。

 大丈夫かなぁ、惠利沙。


「わ、すごい綺麗だね。こういう光の演出っていいよねー」


 彼女は水槽を眺めながら言う。

 ライトアップされた水槽は、幻想的で綺麗だけど。


 それを見ている惠利沙が一番綺麗、なんて。そんなことを思ってしまうのは、さすがに浮かれすぎかもしれない。


 惠利沙はいつの間にか私から離れて、水槽に釣られて歩いていってしまう。

 ちょっと惠利沙?


「えりっ……!」


 追いかけようとしたけれど、人が多すぎて前に進めない。こういう時は、背が低くて小柄な自分がちょっと恨めしく感じる。惠利沙くらい身長高くて存在感があったら、こういう人混みでも前に進みやすそうなのに。

 わ、私のデートプランがめちゃくちゃに……!

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