第18話
もうちょっとこう、いい雰囲気になって自然と惠利沙をドキドキさせられる、みたいな感じになる予定だったのに。まさかここまで人が多いとは。ていうかデートなのに一人で突き進むのはどうなんですか?
惠利沙って子は昔から楽しいことがあると周りが見えなくなる節があるからなぁ。
その割に後で冷静になった時に寂しがったりするから困ったものなのである。小学生の頃にクロエさんと私のお母さんを含めて四人で水族館に行った時も、似たようなことがあったっけ。
一人で突き進んだと思ったら、なんでついてこないのって泣きながら戻ってきて。
ほんと、惠利沙って。
……しょうがないなぁ。
水槽を眺めながら待っても良かったけれど、惠利沙がどこかで泣いていたら困るから、私は意を決して歩き出した。
「ちょ、ちょっと通してくださーい……!」
全然声通んないな。
こ、こうなったら最後の手段だ。
「お母さーん! どこー!?」
迷子になった小学生を演じる作戦!
どうやら効果はてきめんらしく、周りにいる人々はぎょっとした様子で私を見てくる。その隙に、私は人混みを縫うように移動した。
ふっふっふ。これこそ私の声と体躯を活かした最強の作戦だ。それでいいのかって? うるさい、プライドだけじゃ惠利沙は追えんのだ。私は少し顔が熱くなるのを感じながらも、先を急いだ。
見渡す限り水槽が並んでいる。
水族館とは違って、様々な形の水槽が設置されていた。筒みたいなのとか、平べったいのとか、波打ったのとか。その中では金魚が泳いでいたり、何もいなかったりする。水の近くにいるとなんだか心が落ち着くのは、私たち生命の本能なのかもしれない。
だけど。
惠利沙が隣にいないと、楽しむことはできない。辺りを見回してみるけれど、彼女の姿はどこにもなかった。
いや、ほんとにどこまで行ってしまったんだろう。ふらふらアクアリウムの外に行っちゃったとか……。
その時、水槽の陰から視線を感じた。
振り返るとそこには、なぜか隠れている惠利沙の姿があった。
子供か?
「惠利沙」
「ありゃ、見つかっちゃった」
「見つかっちゃったじゃないけど? せっかくのデートなのに、変なことしないでよ」
「あはは、ごめんごめん。水葉ちゃんに見つけてほしくて、つい」
彼女はくすりと笑って、私の手を握ってきた。
今日のデートは惠利沙を楽しませるためのものだから、楽しいならいいけど。
でもこうじゃなくない? って思う。私たちももう高二なんだから、もうちょっと大人っぽいデートをしてもいいのにって感じだ。
ほんと、もー。
……。
いや、大人っぽいデートって言っても変なことするわけではないよ? キスするとか、それ以上のことをするとか、そんなことは別に考えてないし。
ほんとはちょっとだけ考えてた、と言えないこともないけども。
もしかしたら私の小悪魔っぷりが惠利沙に刺さりすぎて、そういう気分になっちゃったりするんじゃないかなー、なんて思ったりもしていたけれど。なんというか、今日はもうそんな雰囲気にはなりそうにない。
この一瞬でひどく疲れた私は、もはやドキドキさせるとかそれどころの話ではなくなっていた。ちょっと休んでいいですか?
「私のことちゃんと探してくれて、嬉しかったよ。ありがとう」
「そりゃどういたしまし——」
ぐい、と手を引っ張られる。
私はそのまま、彼女の胸に飛び込むことになった。
彼女の匂いと温もりに、鼓動が速くなるのを感じる。惠利沙は本当に、何かと唐突すぎる。
しかもその行動のほとんどが、今の私をドキドキさせるには十分すぎるのだ。
私だって、惠利沙をドキドキさせたいのに。私は何も言えなくなって、ただ彼女の胸に顔を埋めた。
「水葉ちゃんは、いつも私のために頑張ってくれてるよね。……そういうところ、好き」
好き。
それが私の好きとは違うことはわかっているけれど、やっぱり嬉しくなってしまう。
……いやいや。
私の好きも惠利沙と同じ友情の好きですが? なんの含みもございませんけど? なんて、思ってみるけれど。やっぱりちょーっと違うよなぁとも思うわけで。
全部、キスのせいだ。彼女が現実でキスなんてしてこなければ、私はずっと昔の私のままでいられたのに。そんな私とは正反対で、惠利沙は前と全然変わらない。それがずるいし、ちょっと悔しい。
どうしたら惠利沙は、私にドキドキしてくれるんだろう。
私も惠利沙と同じくらい大きくて、スタイルが良ければ違ったのかな。
もっと大きくなりたい。そんなことを思ったことなんて、一度もないのに。少しだけそういうことを考えてしまいそうだった。
ううん、でも。
「私も惠利沙のこと、好きだよ」
「へ?」
「そういう子供っぽいところも、綺麗なところも、可愛いところも……全部ね」
私はするりと彼女から離れた。
ちっちゃくても、幼く見えても、それが今の私だ。
笑ってみると、ちょっと視界が広がるような感じがする。
胸はずっとうるさいままだ。なんだか惠利沙がいつもよりキラキラして見えて、おかしいなって思う。
「私は惠利沙のこと、全部ちゃんと見てるから。惠利沙も私のこと、見ててよ」
「……うん」
「よし。じゃ、ほら。デートの続き、しよ?」
私は手を差し出した。彼女は私の手を、壊れ物に触れるようにそっと握ってくる。
今はこれでよしとしよう。
私は確かにあんまスタイル良くないし、そういう魅力はないのかもだけど。今の私にしかない魅力もあるだろうし、何より今は惠利沙とのデート中なのだ。大きくなりたいとかどうすればドキドキしてくれるんだろうとか、そんな悩みは後回しである。
二人でデートを楽しむことを最優先にしよう。
そうすれば、自然と惠利沙もドキドキしてくれるかもしれないし。
私たちは手を繋いだまま、施設の中をぐるりと回った。
「雰囲気いいねー。あ、あそこのカップルなんかえっちな雰囲気!」
「楽しみ方が違くない……?」
「ごめん、つい。そういう雰囲気に敏感なんだよねー、私。む、こっそりキスしそうな雰囲気が……」
「やめなさい」
サキュバスという種族的に、仕方がないことなのかもしれないけれど。
私は小さく息を吐いた。
「……はぁ。惠利沙って、そういう雰囲気が目に見えたりするの?」
「見えるっていうか感じるっていうか。第六感的な!」
「ふーん……」
「……あ。あそこの子、悪魔だ」
「えっ」
彼女の視線の先には、二人の女性がいる。私は声を潜めた。
「……どっちが?」
「金髪の方」
「サキュバスなの?」
「ううん。私たちとは違うと思う。向こうはこっちに気づいてないみたいだし、離れとこうか」
「あんまり近づいたらダメなの?」
「ダメってことはないけど……一応ね」
そう言って、彼女は私の手を引いて歩き始める。
その横顔は、いつものふわふわした顔とは違う。真剣で、かっこいいけれど。なんだか隔たりを感じてしまう。私は人間で、彼女はサキュバスなんだってことを今更ながらに痛感する。
私はそういう雰囲気を感じることも、悪魔を見抜くこともできない。
別にそれでもいいはずなのに、胸が少しぎゅってなる。
どうしてだろう。どうしてこんなに、惠利沙と一緒がいいって思ってしまうんだろう。同じものを見て、同じものを感じて、共有したい。この気持ちは、一体。
……ええい!
ぐだぐだ考えても埒が明かない。私は人、惠利沙は悪魔。上等じゃないか。種族の違いなんてどうでもいいのだ。そんなことより私は、惠利沙をドキドキさせたいのである。どんな手を使ってでも。
よし、こうなったら。
「綺麗だね、惠利沙」
私は水槽を眺めながら、彼女に少しもたれかかった。
さすがにこれなら雰囲気も出るし、ドキドキするのでは。
そう思ったのだけど。
「うん、ほんと! こういうとこってあんまりこないけど、楽しいねー」
「……」
「水葉ちゃん?」
「た、確かに楽しいね! うん!」
全然動じていないご様子。さりげなく恋人繋ぎをしてみるけれど、それでも惠利沙はいつも通りだ。
……。
いいだろう。私の策が尽きるのが先か、惠利沙がドキドキするのが先か、勝負といこうではないか。この日のために用意しておいた小悪魔テクニックが火を吹くぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます