第16話
「座って」
彼女はベッドに座り、ぽんぽんと隣を叩く。
私は彼女の隣に座った。
「中一の頃、ここで水葉ちゃんに言ったこと、覚えてる?」
「うん。夢で精気を分けてほしいって話だったよね? 確か、精気がないと生きていけないって話もその時聞いた気がする」
「そう。それで、これからは私が精気をあげるって、水葉ちゃんは約束してくれた」
「そうだね。……あれからもう四年かぁ」
この四年間、夢の中で惠利沙にキスされたりハグされたり、色んな手段で精気を持っていかれたなぁ。初めの頃は夢でもドキドキしていたけれど、最近はすっかり慣れてしまった。
そういえばと、ふと思う。
「サキュバスって、精気が必要になり始める歳とかあるの?」
「……ないよ」
「え。じゃあ、中一の頃まで精気はどうしてたの?」
「……怒らない?」
彼女は上目遣いで私を見てくる。まるで、いたずらがバレてしまった子供みたいだと思う。私は小さく息を吐いた。
「怒んないよ。何かあるの?」
「……水葉ちゃんにもらってた」
「え」
もらってたって、約束する前から?
いや、でも。
「私それ、覚えてないんだけど」
「夢の記憶が残らないようにしてきたから」
「えぇー……逆になんで中学生になってから、精気のこと打ち明けてくれたの?」
「罪悪感があったっていうのもあるけど……一番は、水葉ちゃんに覚えといてほしかったから。私としたこと、全部。私の体のことも、知っておいてほしかった」
「……そっか」
「怒らないんだね」
「怒ってほしいの?」
「ううん。水葉ちゃんには、そのままでいてほしい」
彼女はそう言って、私の肩に頭を乗せてくる。こういうところは昔からあまり変わらないよなぁ。甘え方が可愛い感じ。
やー……。
待って?
ってことはもしかして、覚えてないだけで昔から夢の中でキスされたりしてきたってこと? いやいや昔の惠利沙はそんな知識は……ありそう。惠利沙って結構なおませさんだったし。
え、いつから?
どんなことしてたの?
疑問は無数に浮かんでくるけれど、それを口にできる空気でもない。こんな穏やかな空気をぶち壊してしまうのも、なんだかなぁって思うし。
え、えぇー……。
「もう一つ、水葉ちゃんには言ってなかったことがあるんだ」
「へー。何?」
もう何を言われても驚かないとも。
私は彼女の温もりを感じながら、ふっと息を吐いた。
「実は今もたまに……夢の記憶が、残らないようにしてるの」
「……えっ。なんで?」
したことを全部覚えておいてほしかったんじゃないの?
疑問に思っていると、彼女はくすくす笑った。
その笑顔は全くもって無邪気じゃなくて、サキュバスらしさを感じさせる。見ているだけで、ドキドキしてしまうような。
「それはね……言えないことを、してたから。……こんなふうに」
彼女は私の手を引っ張ってくる。
私が目を瞑ると、彼女はそのまま唇をくっつけてきた。別に、キスなんてこれまでもたくさんしてきたのだから言えないことではないと思うけど。そう思っていると、私の唇を割って、何かが侵入してきた。
熱くて柔らかくて、縦横無尽に動き回るもの。
それは、惠利沙の舌だった。びくりと体が跳ねるけれど、やめてほしいとは思わなかった。ただ彼女の舌があまりにも心地よくて、体が震えて、変になってしまいそうで恥ずかしい。だけど、もっとしてほしい。……そう思ってしまうのは、ちょっとまずいかもしれないけれど。
どこでこんなの身につけたんだってくらい、彼女はキスが上手い。
……いや。
どこでも何も、これまでこうして夢の中で、私と練習してきたのだろう。過去の私とのキスが、今の私を溺れさせている。そう思うと、不思議な感じだった。初めてこういうキスをされた時、私は何を思ったんだろう。
少なくとも今の私は、何がなんだかわからなくなりそうなくらい、ぞくぞくしていた。ずっとこうしていられたらって、心のどこかで思ってしまう。彼女はしばらく長い舌で私の舌を絡め取ったあと、ゆっくりと唇を離した。
甘い匂いが急に鼻腔を満たす。そこで、呼吸を止めていたんだって気づいた。
「……ふふ。怒る?」
「怒ん、ない」
「どうして?」
「……知らない」
彼女はくすくすと笑う。いきなりこんなキスをするのは、ずるいって思うけど。
怒ることなんてできるはずがなかった。
だって。
……気持ち、よかったし。
私は肩が重くなるのを感じて、息を吐いた。どうやら精気を持っていかれたらしい。
「いつも思うんだけどさ。精気って、美味しいものなの?」
「うん? んー……あんまり?」
「え、そうなんだ」
「どっちかっていうと美味しいってよりは幸せの方が近いかも。なんか、ふわーってなるんだよねー」
その説明がもうふわーってなっている気がするけれど。
残念ながら私は、彼女と同じ感覚を共有することができない。それが少しもどかしくて、でも、だからいいのかなってちょっと思う。
キスの余韻がまだ、唇に残っている。
私たちはそれ以上何も言わずに、肩を寄せ合っていた。まだ、夢が終わる気配はない。彼女はまだ、この夢に何かを求めているのだろうか。だとしたら、それは一体。彼女の方を見ると、目が合った。
潤んだ瞳は、目を離せなくなるくらい綺麗で。
気づけば私は、そっと彼女にキスをしていた。
「ん……」
微かな声が、彼女の小さな唇から漏れる。
それだけでのことが嬉しい。
いつもならこのまま唇を離しているけれど。今日は彼女に、キスの可能性を見せられた。……だから。
私は意を決して、舌で彼女の唇を突いた。
彼女は少しためらうように、唇をゆっくりと開いていく。私はさっきの彼女に倣って、ちょっとずつ舌を動かしていった。歯をなぞってみたり、彼女の舌に触れてみたり、絡ませてみたり。
顔が熱くなって、背中がぴりぴりして、私そのものが溶けて流れて消えてしまいそうだった。だけどいつの間にか絡み合った指と指が、私の存在を繋ぎ止めてくれている。吐息と吐息が混ざって、指が、舌が絡んで。
私たちの深いところが、複雑に絡み合うのを感じる。
夢の中だからそう感じるのか、あるいは現実で同じことをしたら、同じ感覚が得られるのか。それはわからなかったけれど、ただ心地いいのは確かだった。
唇を離す頃には、私の呼吸は完全に止まっていた。それでもキスを続けられたのは、夢だからだ。現実でする時は、気をつけないといけない。
……。
…………。
いや、さすがに現実でこんなキスしないけどね?
ていうか私、何をしてるんだろう。いくらそういう雰囲気だったからで、自分からこんなキスをするなんて。
私らしくない。らしくないけど、悪くない。悪くないけど、なんか変じゃない? とも思うわけで……。
ああもう、頭がぐるぐるしてきた。
「惠利沙!」
「なあに、水葉ちゃん」
「こ、これで勝ったと思わないでよ!」
「えっ」
「私は、別に——」
その時、アラームの音が聞こえた。
はっとして目を開けると、視界に保健室の天井が飛び込んでくる。どうやら、もう時間らしい。私は目覚ましを止めて、惠利沙の肩をゆすった。
「起きて、惠利沙。そろそろ昼休み、終わっちゃうよ」
「ん……あと五分……」
典型的な寝言である。いや、こういうの寝言って言うのか? わかんないけど。
布団を剥ぎ取ろうとすると、その前に彼女に腕を絡め取られて、身動きが取れなくなる。彼女は日向ぼっこする猫みたいな、幸せそうな顔をしていた。
私はちょっと呆れながらも、笑った。
「……しょうがないなぁ。五分だけだからね」
そう呟いて、目を閉じる。
たまにはこういうことをするのも、悪くないかもしれない。惠利沙と一緒なら。
うとうとしていると、予鈴が鳴る。その音を聞きながら、私はまた眠りに落ちた。もう、夢は見なかった。でも、惠利沙が隣にいてくれるだけで、幸せな心地で眠ることができた。
……保健室で昼寝して授業をサボるという、とんでもないことになってしまったけど。ま、まあ一回くらいならセーフ……だよね? たぶん……。
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