第15話
「ちょ、ちょっと惠利沙!」
「あはは! すっごい驚いてる! 夢なんだから、これくらいめちゃくちゃなことしないとつまんないでしょ?」
「そ、そうかもだけど!」
五感が割と現実と同じ感じで働いているから、悪い意味でドキドキする。死んじゃったりしないよね? 大丈夫だよね?
不安になっている私の手を、彼女は強く握る。
その力強さに、少しだけ安心した。お腹がふわふわして、落下しているんだって気づく。やっぱこれ大丈夫じゃなくない? すんごい地球の重力を感じるんですけど?
地球の重力の偉大さを感じていると、彼女は私を見つめてきた。
無邪気な瞳。いや、ほんと楽しそうだなこの子。まー惠利沙が楽しいならそれでいい……なんて今は思えません。高いところが苦手なわけじゃないけど、さすがに自由落下は怖い。私多分バンジージャンプとか向いてないタイプだ。
「ついた」
彼女の声が聞こえた瞬間、浮遊感がなくなる。
いつの間にか、私たちは廊下に戻ってきていた。どういう物理法則なんだって思うけど、夢に物理法則なんて概念はないんだろうな。その割には重力はリアルだったな。
私はぜえぜえと息を吐いた。
ほんとに死んじゃうかと思った。
「水葉ちゃん、すごい顔してる。怖かった?」
「そりゃもうかなりね。惠利沙は……めっちゃ楽しそうだね」
「うん。水葉ちゃんと一緒だから」
そう言ってくれるのは嬉しいけど。嬉しいんだけど。
もっと心臓に優しい遊びをしてほしいって思う。
いくら夢でも、こうも意識が鮮明だと怖さもすごいっていうか。
……あれ。
ていうか、ここは。
「……中学校だ」
小学校の廊下に戻ったのかと思ったが、そうじゃない。
私たちは中学校の廊下に立っていた。一応二年前まで通っていた学校だから、小学校よりも親しみを感じる気がする。通っていた年数だけで言ったら、小学校が一番なんだけど。
惠利沙も成長して、中学生の姿になっている。
髪はさっきよりも長くなって、顔からは幼さが消えつつある。
私はどうなんだろう。
「中学の頃はよかったよねー。ずっと一緒のクラスだったし」
「確かに。修学旅行も同じ班だったしね」
「うん。京都、楽しかったね。小学生の頃の修学旅行も悪くなかったけど、自由度が違ったし」
「あはは、確かに」
彼女はゆっくりと階段を下りていく。私も彼女に倣って、階段を下りた。階段の一番下には、集められた埃が放置されていた。きっと誰かが、チリトリで回収するのを忘れてしまったんだろう。
そういう細かいところを見ていると、昔はここで日常生活を送っていたんだなぁって実感する。
「結構長い間夢の中にいる気がするけど、大丈夫かな。アラーム無視して寝ちゃってたり……」
「大丈夫だよ。夢と現実は、時間の流れが違うから」
「そういうものなんだ。普段夜しか夢で会わないから、その辺よくわかんなくて。……今日はちゃんと早く寝ないとダメだよ?」
「うん」
一度、会話が止まる。一階まで下りると、どこからか懐かしい風が流れ込んでくるのを感じた。一階に下りた時のこの感じ、高校にはないよなぁ。
私は惠利沙の一歩後ろを歩きながら、廊下に貼られた紙を眺めた。
色んなお知らせが貼ってあるけど、これらは現実にあったものなのだろうか。なんて思っていると、ふと一枚の紙が目に入った。
『本当は、水葉ちゃんのこと考えてたら眠れなくなっちゃったんだよ』
小さな紙に、丸みを帯びた字が書かれている。それは、間違いなく惠利沙の字だった。私が目を丸くしていると、彼女の手が私の肩に置かれる。
「……見ちゃったんだ」
ホラーですか?
ちらと惠利沙を見ると、彼女はひどく楽しそうな顔をしていた。
無駄すぎる演出。芸が細かいと言うべきか、なんと言うべきか。私は思わずため息をついた。
「変な演出しないでよ」
「……ふふ。言葉にするのは恥ずかしいから」
「寝不足になるくらい考えられるほど、私って奥深い人じゃないでしょ」
偉人じゃあるまいし。
確かに私は結構可愛いし、友達も多いし、勉強もそれなりにできる。一緒にいると楽しいって言われることもしばしばあって、先生から褒められることだって多い。……あれ、意外と私って奥深い人間かもしれない。
いやー、困ったね。ははは。
……。
違うよ?
胸が高鳴っているのは、変な演出だったからで。顔がひどく熱いのは、飛び降りた時の怖さが残っているからで。寝不足になるくらい彼女が私のことを考えていてくれて嬉しいとか、きゅんとしているとか、ドキドキしているとか、そんなことはない。
ない。
……なくは、ない。
だって。だってだって!
そこまで想われているって知ったら悪い気はしないもん! 私だって惠利沙のことは好きだし、夜寝る前に彼女のことを考えてしまう日だってそれなりにある。いや好きってそういう意味じゃないけどね?
「奥深いよ。私にとっては、すっごく」
「どの辺が?」
「全部。髪も顔も体も性格も思い出も、約束も。全部全部、ぜーんぶ!」
彼女は大きく腕を広げて、笑う。子供っぽいのに、それを見ているだけでドキドキしてしまう。私は本当に、どうにかなってしまうかもしれない。
好きって言葉が無数に胸の中に浮かんで、胸がきゅってなる。
これは、一体。
待て、待つんだ私。
こうやって惠利沙の言葉にいちいち反応して、ドキドキしてしまうからダメなのだ。今日の私はいつもとは違う。友達にたくさん、相手をドキドキさせるテクニックを教えてもらったのだから。
今の私はただの日和水葉じゃない。
日和・小悪魔・水葉なのだ——!
いやダサいな?
「私もだよ」
「え」
「私も惠利沙のこと、たくさん考えてる。夜寝る前に惠利沙のこと思い出しちゃう日も多いよ」
「あ、そう、なんだ……」
あれ。
思った反応と違う。いつもの惠利沙なら、ここでもうちょっと攻めてくると思うんだけど。ちょっと不安になって顔を覗き込むと、彼女は顔を赤くしていた。
……そんな反応、しないでよ。
こっちまで、もっとドキドキしちゃうじゃん。
いやいや違う違う。惠利沙をドキドキさせられたなら私の勝ちじゃん。照れてる場合じゃない。
「もしかして、照れちゃってる? 可愛いところあるね、惠利沙も」
「……うん」
うん。
うん?
え、ほんとにちょっとおかしくない? こんなの惠利沙らしくないっていうか、しおらしすぎるっていうか。こういう態度でいられてしまうと、ドキドキさせようとしている私が滑稽っていうか恥ずかしいっていうか。
……ちょっと、楽しいかもっていうか。
私はにこりと笑った。
「なんか今日、いつもより可愛いね。素直さんだ」
「そうかもね」
「……惠利沙?」
彼女はぴたりと止まる。目の前には出入り口の扉があった。すりガラスになっていて、向こう側は見えないけれど。惠利沙は扉に手をかけて、ゆっくりと開いた。扉の向こうには外の景色が広がって——いなかった。
そこにあったのは、彼女の部屋だった。ぬいぐるみが置かれていて、全体的に淡い色で整えられた可愛らしい部屋。だけどいつも見ている部屋とは、少し違う気がした。何が違うんだろうって考えて、気づく。
壁のハンガーにかけられているのが、中学の制服なのだ。いつもであれば、高校の制服がかけられているはずなのに。どうやらここは、まだ中学生の頃の世界らしい。私は一歩、彼女の部屋に足を踏み入れた。
カーペットの感触が足裏から伝わってくる。
上履きもソックスも、足から消えていた。
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