第11話

 やっぱりやめていいですか? なんて、言える感じでもない。

 ……。


 いや、本来別に構わないはずなんだけどね? 昔はよく一緒に着替えたりしていたわけだし。だから今更恥ずかしくない……なんてことはない。


 恥ずかしい。めちゃくちゃ。めっっちゃくちゃ恥ずかしいですけど?


 そもそもこの歳になったらあんまりお互い裸になって向かい合うとかもないし。こうして個室に二人で入っているってだけでも色んな意味でドキドキなのに、その上服なんて脱いだ日には私の心臓は破裂してしまうといいますか。


 え、どうしようほんと。

 ていうかなんで惠利沙はそんな思い切りがいいの? 恥じらいという概念が存在しない星の人だったりする?


 単に私のことを一切意識してないってだけ? だとしたらやなんだけど。


 ……いやいや、違うよ?

 別に惠利沙に意識してほしいわけじゃないよ? 私のことなんとも思ってないんだ……みたいな感じで胸がちょっとズキっと痛むみたいな、そんなこともないし。ないったらない。

 ……ないのに。


「……水葉ちゃん。嫌なら、やめるよ?」


 彼女は気遣わしげに言う。


「水葉ちゃんのこと、もっと知りたいけど。ほんとにやなら、やらない」

「惠利沙……」


 惠利沙の瞳は、不安げに揺れていた。

 こんな顔させてどうする私。私はやると決めたらやる女である。それならば……!


 私は意を決して、服を脱いだ。台の上に服を適当に置いて、深く息を吐く。めっちゃすーすーする。すーすーするのに、顔はひどく熱い。惠利沙の顔を見ていられなくて俯くと、彼女の冷たい手が頬に触れてきた。


「水葉ちゃん。……綺麗だよ。私も、見て?」

「……っ」


 顔を上げさせられる。

 目に飛び込んできたのは、あまりにも綺麗な惠利沙の姿だった。この前見せてもらった時も思ったけれど、肌白いしスタイルすごいし、私と同じ生き物とは思えなかった。いや、人とサキュバスだから実際違うんだけど、そうじゃなくて。


「惠利沙も、綺麗」

「ならよかった。……じゃあ、始めようか」


 彼女は自分の胸に手を当てて言う。私も慌てて、少し下着をずらして自分の胸に触れた。なんてことのない、いつも通りの感触。そのはずなのに、感情がいつもとは全く違うからか、自分の胸とは思えないような不思議な感じがした。


 そして、手順通りに想いを胸に集める。

 そっと胸から手を離して、そろそろと彼女の胸に近づける。先に私の胸に彼女の手が触れてきて、びくりと体が跳ねた。私も負けじと彼女の胸に触れると、その柔らかさと温かさに掌が包み込まれるのを感じた。


 単に皮膚同士が触れているというよりは、私という人間が惠利沙に丸ごと包み込まれているような、そんな感じ。


 そうしていると、胸が少しずつ熱くなっていく。

 何か熱した石でも押し付けられているんじゃないかってくらい熱いのに、痛くもないし嫌でもない。不思議な感覚だった。熱さはやがて胸から全身に広がって、やがて安堵のような気持ちに変わっていく。


 惠利沙を感じた。

 少しの不安と、穏やかさと、私に対する温かな気持ち。それが編み物みたいに複雑に重なって、今の惠利沙ができている。それを心で理解した時、私の胸はこれまでとは違う速さで鼓動を刻み始めていた。


 とっ、とっ、とっ。

 急かすような、何かを知らせるような、そんな音。何もわからないって思えたらよかったんだけど、そうもいかなくて。


「……ふふ。これが水葉ちゃんかぁ」

「わ、私ってどんな感じだったの?」

「んー……内緒。教えちゃったらつまんないよ」


 気になる。とても気になる。

 恥ずかしい感情が彼女に伝わっていなければいいんだけど。


「私はどうだった?」

「惠利沙が内緒なら私も内緒」

「えー。教えてよー。私の好きって気持ち、ちゃんと伝わった?」


 好き。

 その何気ない言葉に反応してしまうのは、やっぱり。


 ……私がどうしようもなく、惠利沙を意識してしまっているからで。なんだか彼女の声がいつもより心地よくて、その笑顔がいつもよりずっと輝いて見えてしまう。


 友達のはずなのに。

 どうして、こんな気持ちに。


「ていうか、いつまで胸触ってんの? 離してよ」

「水葉ちゃんだって触ってるじゃん」

「……じゃあせーので離そう。せーのっ!」


 惠利沙は私の胸から手を離さない。

 だから私も離せない。こっちから先に離すのは、なんだか負けた気がするし。


「ふふ。見た目より柔らかいね」

「見た目より……?」

「やっぱり水葉ちゃんは子供じゃなくて、ちゃんと大人だよ」

「胸触りながら言われてもね」

「私のは? 柔らかい?」

「それは、まあ……」


 人のに触れる機会なんてこれまでなかったけれど、こうして触れてみると柔らかいものなんだな、と思う。


 少し強く掌を沈ませてみると、鼓動を感じた。

 どくんどくんって、私と同じくらい速い鼓動を。


 ドキドキは強くなっていくばかりなのに、同時にひどく安心するのはどうしてなんだろう。惠利沙は生きているんだって、当たり前のことに対する安堵が胸いっぱいに広がる。この、叫び出したような、思い切り抱きしめたいような、不思議な気持ちはなんなのだろう。


 わからないから、彼女の鼓動をもっと感じたくなる。

 その感触を、私のものにしたくなる。

 このままだと、まずい。


 あんまりこうしていると、私が私じゃなくなってしまう気がする。親友同士という私たちの関係そのものが、揺らいでしまうような。私はそっと彼女から手を離した。

 ……今日のところはこれくらいで勘弁しておいてやる。


「思ったんだけど」


 惠利沙はまだ私に触れたままだ。

 私がやめたんだから、惠利沙もやめてほしいんだけど。


「水葉ちゃんって……思ったよりえっちだよね」

「……はい?」

「ブラ、めっちゃ可愛いし。おへそとかもいい形だし。えっちだなって」


 何を言っているのだこの子は。

 この状況でそんなこと言われたら、ほんと。

 ……変な感じになっちゃうじゃん。


「いきなりそんなこと言わないでよ」

「あはは、ごめんごめん。でも、ほんと。……可愛いよ」


 早く手を離してほしい。

 この鼓動が伝わる前に。


 えっちなんて言われても嬉しくはないけれど、可愛いって心から褒められると嬉しくて胸が弾んでしまう。彼女の手の感触がひどく鮮明で、それにまたドキドキする。どこまで私をドキドキさせれば気が済むのだ。


 そして、こんなにも人の胸に触っているのに、全くドキドキしていない様子なのはどうなんだって思う。


 私はこんなに、自分で自分がわからなくなるくらいドキドキしているのに。


 ずるい。

 ずるいから、私も。


 私は彼女の手を掴んで、思い切り自分の胸に押し付けた。この痛いくらいの胸の鼓動は、もう伝わってしまっているだろう。それでもいい。この鼓動が、彼女をドキドキさせる材料に少しでもなるのなら。


「水葉、ちゃん?」


 彼女は掠れた声で言う。

 やっと、惠利沙の照れているところが見れた。


 惠利沙の顔は、確かに赤くなっている。その手は微かに震えているし、間違いなく私の行動でドキドキしているに違いない。その胸に触れれば、さっきよりも速い鼓動が伝わってくるだろう。


 でも、そんなことはしない。野暮だし。

 私はにやりと笑った。


「あはは、顔赤くなってるし。そんなに私の胸、触り心地いいの?」


 ここぞとばかりにからかってみるけれど。

 正直声が震えてしまって、うまくからかえているかはわからない。こういうの、ほんと慣れてないし。


 惠利沙は小さく頷く。

 今度は私が照れる番だった。真っ赤になって言い返してくれることを期待していたのに、素直に頷かれたらもうどうしようもない。思わず俯くと、入り口の方から話し声が聞こえてきた。

 私たちは顔を見合わせて、笑った。


「そろそろ出ないと、まずいかも」

「うん。……服、着よっか」


 私はさっさと服を着直して、ぼんやりと惠利沙の方を眺めた。ゆるゆると服を着ている姿を見ていると、なんかこう。……ちょっとえっちかもしれない、なんて。そんなことを、思ってしまった。


 ……。

 違う違う。私まで惠利沙に毒されてどうするんだ。私は人を見てえっちだとかそんな不埒なことは思わない……ことも、ないけど。でもほんとに違うのだ。こういうのはほんと、私のキャラじゃなくて。


 うぅ。うううぅ……。

 なんか、最近おかしくなっている気がする。惠利沙に対しての感情が暴走しているというか、なんというか。


 私は惠利沙をどう思っているんだろう。好きなのは間違いないんだけど、でもそれだけじゃなくて。ああ、もう!


 どうすればいいのか、わかんないし。

 ……はぁ。


 私たちは他の人にバレないように、そっとトイレを後にした。さっきと違って手を繋ぐこともなく、ただ肩を並べてショッピングモールを歩く。その間も彼女の感触とか言葉がずっと体に残っていて、私はついそわそわしてしまった。


「ごめんね、水葉ちゃん」


 不意に、彼女がぽつりと言う。私は首を傾げた。


「何が?」

「私、興奮するとつい変なこと言っちゃう癖があって……嫌じゃなかった?」

「嫌、ではないよ。ただ、その。ちょっとびっくりはしたけど」

「だよね……」

「でも、別にそれでもいいよ。私たちの仲なんだし、変な心配しないでいいって」


 私は軽く彼女の背中を叩いた。

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