第10話

「小さい子が困ってる時とかさ。同じ子供に見られた方が、心を開いてもらいやすいでしょ? こういう見た目の方が警戒されないし」

「……確かに?」

「私、困ってる子がいたらできるだけ助けてあげたいんだ。子供、好きだから」

「そういう趣味が……」

「違うよ!?」


 茶々入れるのはやめてくれません!?

 私は赤ちゃんになりたいわけでもないし子供を良からぬ目で見ているわけでもないからね!?


 この純真無垢な眼差しを見てほしい。これが邪なことを考えている人間の目ですか?

 惠利沙は私の手をぎゅっと握りながら、くすくす笑った。


「ふふ。前々からなんか子供に優しいなーって思ってたけど、子供好きだったんだね」

「まあね」

「それも理由があったり?」

「んー……惠利沙のせいかも」

「私?」

「そ。ちっちゃい頃さー。惠利沙ってすごい頼りない感じだったじゃん?」


 幼い頃の惠利沙はなんというか、いっつも憂鬱そうな顔をしていた。塔に閉じ込められたお姫様的な感じで。


 私、それがずーっと気になってたんだよなぁ。私と一緒にいる時は笑ってくれることもあったけど、ふとした瞬間に寂しそうな顔をするのが気になって仕方なかった。だからどうにかこうにか彼女の気を引いて、笑わせて、色んなところに連れ出して。


 そんな日々が大変だけど楽しかったから、今も子供を助けたいって思うのかも。


 子供じゃなくても困っている人がいたら声をかけるようにはしているけれど、子供は特別好きだったりする。それはやっぱり、惠利沙が原因だ。


「いっつも困った顔してる惠利沙を笑わせたくて頑張ってるうちに……子供好きになってたんだよ」

「ふーん……」


 惠利沙はつまらなそうに言う。

 こんな顔、昔だったら絶対しなかったよなぁ。今はすっかり自信満々になっちゃって。私も鼻が高いってものである。


 あの頃、惠利沙は自分がサキュバスであることに悩んでいた。

 皆と同じ人間ではないから、自分は人の輪に入っていけないんじゃないかって。そんなことないよって教えるために、これまで色んなことをしてきたっけ。


 惠利沙をドキドキさせるっていうのも、その一環だったりする。

 サキュバスじゃなくても人を誘惑できるし、ドキドキさせられる。それを証明できれば、人もサキュバスもそう変わらないんだよって教えられる気がして。といってもすでに惠利沙は普通に人の輪の中で生きているから、そんな証明は不要なんだけど。


 最近はもう、とにかく惠利沙のことをなんでもいいからドキドキさせたいって気持ちの方が強い。


 私の心臓ばかりが大変なことになるなんて、そんなのは許容できない。

 地獄に堕ちる時は一緒だよ、惠利沙!


「水葉ちゃんがその髪型してるのは、昔の私が原因なんだ」

「んー……まあ、一因ではあるかな?」

「そっか。じゃあ……」


 彼女の手が私に伸びてくる。あっと思った時には、ヘアゴムを外されていた。纏まっていた髪が、ふわりと解放される。私は目を丸くした。


「惠利沙?」

「今日は、私とのデートだから。子供のためとか、昔の私のためとかじゃなくて……今の私のために、髪型変えて?」


 彼女はそう言って、指先でくるくるとヘアゴムを回す。


「今日はそのままでいてね。……そっちの方が大人っぽくて、可愛いよ」


 鼓動が、跳ねる。

 待て待て私。別に私は惠利沙にきゅんとするとか惠利沙のことをそういう目で見てるとか、そんなことはないはずなのだ。だって惠利沙は親友で幼馴染でこれまでずっと一緒に生きてきたわけで。ソウルメイト的なサムシングなわけで。


 ……胸が甘い。甘い痺れが胸から全身に広がっていくみたいな感じがする。切ないような、苦しいような、心地いいような。これまでとはまた違った鼓動の速さに、私は少し戸惑っていた。どうしてこんなことに。


 この前現実でキスをされてから、私はちょっとだけ彼女を見る目が変わった。


 どう変わったのかは自分でもよくわからないけれど。

 なんて言えばいいんだろう。胸に変な感情が混ざるようになったというか、そのせいで彼女を見る目にまで影響が出ているというか。

 ……うぐぐ。こんなの私らしくないのに……!


「そ、そういえば! さっき惠利沙に昔教えてもらったおまじないのこと、迷子になっていた子に教えてあげたんだ!」

「おまじない?」

「ほら、あの胸に手を当てるやつ!」

「ああ、あれ……」


 惠利沙は微妙な表情を浮かべる。私は首を傾げた。


「もしかして、教えちゃダメだった?」

「ううん。そういうわけじゃないんだけど……昔教えたおまじないは、不完全なんだよね」

「え?」

「あれはあれで人との縁を強める効果はあるよ? でも本当の目的は、そうじゃなくて」


 惠利沙は目を細めた。


「本当は、二人でやるのが正解なんだよ」

「二人で?」

「そ。掌に生命力を集めて……お互いの胸に当てて、生命力を交換し合うの。そうすることで、真にお互いの存在を理解できるようになる」


 静かな言葉だった。いつものふわふわした言葉とは違う、確かな重みのある言葉。もしかしてあのおまじないは、サキュバスにとって何か重要な意味があるものなのだろうか。


「お互いの存在を理解するってことは、普通よりも深い縁で繋がれるってこと。……だからずっと一緒にいられるんだって、お母さんが言ってた」

「クロエさんが……」

「……やってみる?」


 彼女は、にこりと笑う。人間離れしているって思わず感じてしまうくらい、妖しくも綺麗な笑みだった。


 私は少し逡巡した。お互いの存在を理解し合うっていうのが、どんなことなのかはわからない。ただ、惠利沙のことをもっと知りたいと願っているのは確かだ。


 でも、しかし、うーん。

 あんまり色々伝わっちゃうと困るんだよなぁ。ほら、私が惠利沙にいつもドキドキしていることとか、ちょーっとばかりきゅんとしちゃってることとか。それを知られるのってめっちゃ恥ずかしくない?

 なんかこう、変な感じになっちゃいそうだし。

 でもでも……。


「……やろう」


 私は、はっきりと言った。

 惠利沙はくすくす笑う。


「ほんとに? なら——ついてきて」


 彼女は強い力で、私の手を引いてくる。その少し乱暴な力の使い方に、私は目を丸くした。そんなに嬉しいことなのかな、おまじないをするのって。


 人と人が関わり合う時、互いを理解するには言葉が必要になる。そして、それは決して万能ではないのだ。どれだけ言葉を尽くしても、互いの存在を真に理解し合うなんてことは不可能だ。だからこそ、面白いんだとも思うけど。


 惠利沙はそのまま、狭い通路を歩いていく。

 この先にはトイレしかないわけだけど。……もしかして?


 彼女はそのまま個室に入って、鍵を閉めた。

 ……マジですか。


 いや、友達と一緒にトイレに行くことは普通にあるけど、さすがに同じ個室に入ることはない。私はなんとも言えない気分になりながら、彼女を見上げた。


「ちょっ……! な、なんで脱ごうとしてるの!?」


 惠利沙は平然と服を脱ごうとしていた。

 待て待て、何がなんだかわからないんですけど?


 あれ、おまじないをするって話だったよね? え、私何か聞き逃してた? いやいや、そんなはず。でも、じゃあなんで?


「さっき言ったよね? お互いの胸に、手を当てるって」

「そうだけど……え、直接ってことなの?」

「うん。不純物は取り除かないと、ちゃんと生命力を伝えられないから」

「不純物って……」

「だから、水葉ちゃんも」


 彼女は真剣な顔で言う。

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