第7話
近づいて、近づいて、近づいて。
もう近づけないってくらい近づいた吐息が、私の吐息と混ざり合う。甘さと、温かさ。それが吐息からじゃなくて、彼女の唇から伝わってきているのだと気づいたのは、私の唇と彼女の唇がくっついて数十秒経ってからのことだった。
ゆっくりと彼女の顔が離れていった後、私は言った。
「……何してんの?」
「え? キスだけど……」
「だけど、じゃないんだけど!? 初めてだったんだけど!」
「だけどが多いなぁ。いいじゃん、しても。いつもしてるんだから」
「現実でしたことはないでしょ!」
「夢も現実も似たようなものだと思うよ?」
サキュバスの感覚すぎる。
惠利沙には色んな力があるけれど、その中の一つに、相手の夢の中に入ったり夢を操ったりできる力があるのだ。夢に関する力はサキュバスの本領とも言える力のようで、彼女は週に一度は必ず私の夢にやってくる。
そして、その夢の中で惠利沙は私の精気を色んな手段で奪ってくるのだ。
ハグしたり、キスしたり、触れ合ったり。
夢での私たちは現実の私たちよりも大胆だ。どうせ覚める夢だってわかっているからこそ、私もキスに応じたりできるわけで。
いや。
私の意識も惠利沙の意識もはっきりしているのなら、確かに夢も現実も似たようなもの……なのかなぁ。いやいやそれにしたってでしょ。
「そもそもなんで今キスしたの? お腹空いてるの?」
精気はつい数日前分けてあげたばかりだから、体調は万全のはずだけど。
「ん? だって……こうすれば、水葉ちゃんは私のことだけ見てくれるって思ったから」
そう言って、彼女はにっこり笑った。
鼓動が、少しうるさくなる。
「ね、水葉ちゃん。星より私の方がいいでしょ?」
静かな声だった。
惠利沙って、こんなに負けず嫌いだったっけ。いや、自分の可愛さに自信があるからこそ、私の目が他の何かに向くのが許せないみたいな感じかな。
ちょっと星を見るくらい、許してくれてもいいのに。
とは思うけど。
「惠利沙の方が、星よりずっと綺麗だよ」
なんて。
そんなセリフを当たり前みたいに口にしてしまう私も、大概な気がする。言った後で恥ずかしくなって、少し顔が熱くなるけれど。惠利沙の嬉しそうな笑顔を見ていると、それでもいいかと思えてくる。
うーん、でもなぁ。
結局私は今日も、惠利沙にドキドキさせられて、翻弄されてしまっている。
もっとこう、いい感じにかっこいいセリフを言えていたら、惠利沙もドキドキしてくれていただろうか。君が私の一等星さ! みたいな。
あれ、私もしかして口説くセンスない?
いやいや、そんなはず。
……待てよ。
今からでも、遅くないのでは。どうせ恥ずかしいセリフを口にしてしまったのだから、もっと恥ずかしいことを言って惠利沙をドキドキさせるというのもアリな気がしてきた。
私は深呼吸をして、彼女に一歩近づいた。
「いつも思ってるんだけどさ。惠利沙って可愛いし綺麗だし、すごいよね」
「どうしたの、急に」
彼女は笑いながら言う。
冗談だって思われているのかな。
一応、ほんとの気持ちなんだけど。
「惠利沙のこと、褒めたい気分だったから。この機会にうんと褒めとこうと思って」
「ふーん……」
あんまり響いてなさそうである。
おかしいな、私の予想ではもうちょっと照れると思ったんだけど。
「琴春ちゃんより?」
「え?」
「琴春ちゃんより可愛いって思う?」
琴春を引き合いに出しますか。あんまり人の可愛さとかそういうのは比べたくないんだけど。琴春はどっちかっていうと、すごい可愛い! ってよりも美人さんって感じだしなぁ。
いや、でも。
「琴春より可愛いよ」
「じゃあ
「……可愛いよ」
「
「可愛い」
「じゃあじゃあ……」
多い多い。
どれだけ比べさせる気なんだ。そろそろ罪悪感が湧いてきたんだけど。私にとって惠利沙が一番なのは昔から変わらないが、それはそれとしてこういうのはちょっと。
でもでもこうして褒めまくってたら、そのうち惠利沙も私にドキドキしてくれるかもしれないし。こうなったら惠利沙と私、どっちが先に音を上げるかの勝負だ。
その後も彼女は私の友達の名前とか、クラスの子の名前とかを色々挙げてきた。
いい加減可愛いという言葉の意味すらよくわからなくなってきた頃、彼女はふわりと笑った。
「最後に、一個質問してもいい?」
「いいよ。なあに?」
「水葉ちゃんから見て、私は……」
少しだけ、鼓動が速くなる。
自分は魅力的か、とかそういうのを聞かれるのかな。
そういうの、どう答えるのが正解なんだろう。惠利沙は世界一綺麗だよー、みたいな? いやいやさすがにそれは。
「私は、えっちに見える?」
……。
……はい?
「えーっと。私、ちょっと耳が変になってたみたい。もう一回言ってくれる?」
「水葉ちゃん的に、私はえっち?」
聞き間違いじゃなかったんだ。
なんだその質問。
普通友達に自分はえっちですか? なんて質問しないと思うんですが。え、サキュバス的にはこういうのも私って可愛いかな? みたいな普通の質問と同じ感じなんですか?
いやいやこれまで一緒に生きてきて、そういう種族間のギャップ的なものを感じたことってあんまりないし。多分これはサキュバストーク的なのじゃなくて、単に惠利沙が変なだけっていうか。
いやサキュバストークって何?
ダメだ、頭がこんがらがってきた。
「水葉ちゃん。……教えて?」
彼女は私の耳元に唇を寄せて、甘く囁いてくる。
私はびくりと体を跳ねさせた。耳が弱いってわけじゃないんだけど、耳元で囁かれるとドキドキしてしまうのが私って人間だ。
ほんと、ずるいと思う。
私だって惠利沙をドキドキさせたいのに、結局こうなってしまうのだ。惠利沙はいつも、私には予想がつかないようなことを平気でしてくる。その度にドキドキしていたら心臓がもたないって思うんだけど。
ちらと惠利沙の方を見ると、真剣な顔をしていた。
サキュバス的に、えっちかえっちじゃないかは重要な問題なのかもしれない。
でも、さすがに答えづらい質問すぎる。
うーん、でもでも惠利沙は答えを待っていて。こんな質問に答えられるのなんて、幼馴染である私くらいで。
……しょうがないなぁ。
「……っち、だよ」
「うん? もっとおっきな声で言って?」
「だから! 惠利沙は、えっちだよ!」
夜の街に、私の声が響く。
駅までの道は人が少ないから、幸い誰にも聞かれてなさそうだけど。私の言葉に満足したのか、惠利沙はくすくす笑った。
「どの辺が?」
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