寝不足のまま、お見合いに行きました2



 夜。

 綾都が家に帰ると、駐車場に叔母の車が着いていた。


 ダダダダッと駆け込む。


「花実ちゃん、私、結婚するってほんとう!?」


 母と花実がいるダイニングの大きな食卓テーブルには結婚式場のパンフレットがいくつも広げてあった。


 母が振り向きざま、おかえりとも言わずに言う。


「綾都。

 お母さん、ここがいいわ。


 海が見える白亜の神殿!」

とニコニコ顔でパンフレットを見せてきた。


「いやいやいやっ。

 結婚するのお母さんじゃな……

 

 ていうか、私もしないよっ!」

と叫んだが。


 だまらっしゃい! と花実に一喝される。


「あんたにあのとき、いいのね、って言ったら、うんうんって頷いてたじゃないの」


「『うんうん』な時点で、なにがしかの適当な返事じゃない!?」


 花実のことだ。

 なにかの話についでに結婚話を出して、寝不足で、ぼーっとしている自分から、適当な『うんうん』を引き出したに違いない。


「ともかく、話はもう進んでいるのよ」

「いや、何故っ?」


「二人とも嫌だと言わなかったからよ」


「そんな莫迦なっ。

 ていうか、今日、会社で白神しらがみさんと出会って大変だったんだからっ」


「あらそうなの」

「運命ねえ」

と適当なことを言う二人を前に、綾都は今日のことを思い出していた――。

 



「えーと、おはようございます」

 朝、職場の廊下で慶紀に出会った綾都は彼に頭を下げた。


 慶紀はなにか考えながら、こちらを見ている風だったが、やがて、

「おはよう」

と言う。


 しかし、整った顔した人だな。

 なんか緊張感のある顔だ。


 怖いよ、と綾都が思っていると、部長が慶紀に訊く。


「おや。

 慶紀くんは、藤宮くんと知り合いなのかね?」


 はい、と言った慶紀は、こちらを手で示し、言った。


「私の結婚相手です」


「ええっ?」

と部長と同期たちと綾都が驚いた。


 部長がこちらを見、

「……なんで君が驚くのかね」

と言う。


 いや、そもそも、この人さっき、

『もしや、お前がっ?』って言ってましたよ。


 結婚相手に言うセリフじゃないと思うんですけどっ、と綾都は思っていたが、部長は特になにも思わなかったようで、


「そうかね、おめでとう」

と慶紀と綾都に向かって言う。


「馴れ初めとか訊いていいかね」

と祝福ムードの部長に言われ、慶紀は、しれっと、


「見合いです」

と言った。


 まあ、そこだけは嘘ではない。


「吉田部長ー」

と部長が呼ばれ、慶紀も一緒について行くようだったので、そこで別れることになった。


 慶紀は去り際、軽く手を上げ、

「じゃあ、また、いつか」

と言う。


 それ、結婚相手に言うセリフじゃないと思うんですけど……、と思いながら、そのときは、そのまま見送った。

 




 自分の部署に戻ると、上司の種崎たねざき部長に言われた。


「君、聞いたよ。

 慶紀くんと結婚するらしいじゃないかっ。


 よくあんないいおうちと。

 いや、君の家もいい家だが。


 見合いかね?」


「はあ」


 まあ、そこは嘘ではない。


 だが、何処かでこの話を否定しなければ。

 社内でも私の結婚が会社の確定になってしまうっ。


 やさしい隣の席のおばさまがにこにこと訊いてくる。


「まあ、素敵。

 綾都さん、ご結婚されるの?


 なんてお名前になるの?」


「……なんて名前なんですか?」

と綾都は種崎部長に訊いた。


「慶紀は下の名前でしたよね?」


「え?

 ああ、白神しらがみだが」


「白神だそうです」

とおばさまに言う。


「白神綾都。

 いいじゃない」


「いや、待ちたまえ。

 君、何故、慶紀くんの名字を知らないんだね」


「……身上書もらってないんで」


 まあ、最近の見合いはそんなものなのかな、と種崎部長は小首をかしげている。


「慶紀くんとうちの息子、大学が一緒だったんだが。

 そういえば、うちの息子の見合いのときの写真もスナップ写真とかだったなあ。


 でも、名前くらいは普通、聞くだろう?

 なんて紹介されたんだ?」


「えーと、確か。

 なんとかさんの従兄弟のなんとかさんだと」


「むしろ、『従兄弟』のとこ、よく覚えてたな」

とさっきから後ろで渋い顔をしている侑矢がそう呟いていた。

 




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