寝不足でお見合いしたら結婚が決まりました

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

寝不足のまま、お見合いに行きました1


「どうしてもお願いしますって言われたから、お見合いセッティングしたのに。

 その子、急に彼氏ができちゃってさー。


 あんた、代わりに行ってよ、お見合い。

 私の顔を立ててさー。


 適当に頷いて、美味しいもの食べてくればいいんだから。

 服買ってあげるし」


 押しの強い叔母、花実はなみにそう言われ、綾都あやとは、寝不足の頭で、はあ、と言った。


 ぼんやりしたまま言われた日に、言われた場所に、花実が買ってくれた服を来ていく。


 ちょうどこの頃、仕事とプライベートがウルトラハードだったからだ。


 



「任せといてくださいって言っちゃったんだよ。

 今更、誰も用意できませんでしたなんて言えないからっ。


 お世話になってる人なんだよ。


 お前、どうせ、仕事ばっかしてて、彼女もいないんだろ。

 ちょっと見合い行ってくれよ。


 適当に話合わせて、美味いもの食うだけでいいんだから」


 従兄弟のかいにそう言われ、慶紀よしきは見合いに行った。


 ちょうどこの頃、忙しかったので、それ以上、しつこく言われても面倒臭いな、と思ったからだ。


 まあ、とりあえず、行けばいいだけみたいだから。


 そう、行けばいいだけ。


 ぼんやりした頭で慶紀は思う。




 このあと、二人は、寝不足、恐ろしい、と思うことになるのだが――。


 


 ホテルの一階。

 老舗料亭の大きな窓のある個室が見合いの場所だった。


 上品な味付けの料理が一品ずつ運ばれてくる中、綾都は皿の上のなにかで巻かれたエビをみながら、頭の中で、どうやったら、このあとの仕事が効率的に進むのか、何度もシミュレーションしていた。


「綾都、よかったわね。

 かいさんの従弟さんって聞いて、期待してたけど。


 ほんとうに素敵な方」


「ええ、美味しいですね」


慶紀よしき、すごい美人じゃないか。

 お前の好みのタイプだろう」


「ほんと、美味しいですね」


 噛み合わなさが噛み合っていた。


 綾都の叔母、花実と慶紀の従兄、櫂は、自分たちの言葉も頭に入らないくらい、見合い相手に集中しているのだと思い、微笑み合った。


「じゃあ、あとは若いお二人で」

 ねえ? と櫂が花実に言う。


「そうねえ。

 って、櫂さんも若いじゃないの」


 最近、どう? と仕事の話をしながら、二人は行ってしまった。

 急に静かになり、綾都は、ふと頭がクリアになったのを感じた。


 外を見る。

 赤い太鼓橋のかかる美しい庭園が見えた。


 心洗われる。


 この、一瞬、頭がクリアになったとき、ちゃんと見るべきは、相手の顔で、太鼓橋ではなかったのだが。


 まあ、眠いときには、判断能力が欠如するものだ。


 綾都の微かに残っていた理性と知能は、美味しい料理とイケメンの見合い相手を前にしても、仕事に全振りされていた。




「綾都も気に入ったようでよかったわ~。

 あそこはおうちがいいから。


 姉さん、留袖は新調した方がいいわよ」


 すでに結婚式の算段をしている花実の言葉を聞きながら、綾都は、

「仮眠とってから、会社戻る」

とリビングにいる母と花実に言い、二階に戻った。


「最近の子はドライねえ。

 自分の結婚が決まったのに、ひとごとみたい」

と言う花実の声が聞こえてきた。


 誰の結婚が決まったんだろうな、と思いながら、綾都はふかふかのベッドにダイブする。

 



「お疲れサマンサー」

「……なに、私、今、タイムスリップした?」


 いつの時代のギャグ? と同期の安井美鳥みどりが怯える。


「最近、また流行ってるらしいよ」

と言いながら、綾都は美鳥の髪をつついた。


「私は、あんたのそのクラシカルな頭を見る方がタイムスリップした気分になるけど」


 美鳥は最近、大正ロマンや昭和レトロにハマっていて。

 髪を昔流行っていたラジオ巻きにしている。


 耳の辺りで、三つ編みなどにした髪をぐるぐるっと巻いているのだ。


「なによ、似合わない?」

と小柄な美鳥が下から威嚇してくる。


「ううん。

 意外にスーツにも合ってて可愛い。


 どうなってんの? これ」

と美鳥の髪を間近に眺めていると、


「お疲れサマンサー」

と言いながら、同じく同期の侑矢ゆうやがやってきた。


「また、タイムスリップした……」

と美鳥が呟く。


 侑矢は体育会系だが、わりと話が合う。


 学生時代は、いくらイケメンでも、運動部の奴とは話が合わないと思っていたものだし。


 向こうも思っていたようだが。


 大人になって、お互い心が広くなったのか、この典型的な体育会系のイケメンの友人とも、結構話せる。


 仕事や酒という共通の話題があるからだろうか。


 そんな話を前、美鳥たちにしたら、

「いや、なんで、『体育会系のイケメン』でひとくくりなの?

 彼らに人権はないの?」

と言っていたが。


「綾都。

 仕事、一段落したんだろ?


 今日、みんなで呑みに行かないか?」


「あー、そうだね。

 行こうか」


 もうちょっと睡眠時間を確保したい感じだったが、みんなと呑むのはいい気分転換になる。


 みんなで呑み会の打ち合わせをしているとき、視界の端になにかが映った。


 隣の部署の部長と話している黒っぽいスーツの、ちょっとアクの強そうなイケメン。


 目鼻立ちが整いすぎていて、威圧感がある。


 そんな彼の後ろに、何故か、赤い太鼓橋が見えた。

 




 取引先の会社に慶紀は来ていた。

 廊下の向こうで群れている男女が視界に入る。


 長身でモデル体型の美女が目に入った。


 整った顔に、ふわっとした長い黒髪。

 知性を感じさせる目元だが、何処か可愛らしい印象だ。


 その前に、何故か、なにかで巻かれたエビが浮かんだ。


 二人、見つめ合う。


「あのっ、もしや、あなたはっ?」

「もしや、お前がっ?」


 綾都の横で、侑矢が、

「なにこの人たち。

 生き別れの兄妹?」

と呟いていた。

 





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