第8話 戦果と発見

ラウルによって頭を貫かれた魔獣は絶命し、霧のように消えた。

残ったのは赤く光る拳ほどの石。

ラウルはそれを拾い上げた。



魔獣は森や川などの自然界で突然発生し、絶命すれば体内にある魔石だけを残して消滅する。


魔石とは魔力を蓄え、放出させるという性質を持つ。

この性質を利用し魔石をエネルギー源として作動させるものを人間は作りだした。

これを総称して魔道具と呼ぶ。


魔石は魔獣が落とすものの他に鉱石として採掘されるものもあるが、そちらは魔獣のものよりも色が薄く、内包される魔力も少ない。


また、魔獣についての研究は世界各国のあらゆる場所で進められているが、未だ発生の原因はわかっていない。



消滅を見届けたタンゴは素早く木から降りてラウルの所まで向かう。


「お疲れ様、ラウル」

「お前こそ、完璧な援護射撃だった」

「いやー、俺の魔法じゃ魔獣相手だとあんま効果ないからそれくらいしかできないし。やっぱラウルの風魔法は戦闘向きだよねー」

「お前の魔法の方が戦闘向きだろうが」

「いや、俺のはなんていうかラウルみたいにこう、ズバーン!とか、ばしゅーん!とかないじゃん? 」

「ちっともわからん」


ラウルは会話をしつつも腰から解毒ポーションの小瓶を取り出し飲み干す。

この解毒ポーションは魔獣からの毒を打ち消すものだ。

無論、全てが消せる訳ではないが、麻痺毒には効く。


麻痺毒は単に痺れを起こさせるだけのものではない。

放っておけばやがて内臓の機能が麻痺し死に至る、遅効性の毒だ。


しれっと解毒ポーションを飲んだラウルを見てタンゴが声を上げる。


「うぇっ!?あの針、毒あったの!?」

「ああ。麻痺毒で助かった」

「なんで麻痺毒食らって平然と動いてたんだこの人…」

「戦闘中にそんな事言ってたら死ぬだろう」

「いや、そりゃそうなんだけど…」


「そんなことより、例の血の臭いだ」

「あぁ、そういえば。でも魔獣が食った獣とかのじゃないの?」

「いや、ここまで近付けば分かる。人の血だ」





血の臭いを辿って奥に進んだ2人が目にしたのは頭を切り離されて死んだであろう遺体だった。


そこに頭は無く、胴体部分には肉食の獣や先程の魔獣に齧られたのだろう跡が残っていた。


その死体に残された衣服から軍属であることが窺える。


だがここは森の奥地だ。


「この殺し方、ゼーレの仕業だろうけど…なんでこんなところに?」

「大方、何かを探していたか、逃げてきたのどちらかだろうな」

「それか隠れてたか、かな」

「なんにせよ、報告はするべきだろうな」

「そうだね。1度街に戻ろう」


そう言って二人はその場を後にする。

今はまだ日が中天にある。

ここから街まで、急いで戻れば3時間半程で着くだろう。

タンゴはラウルと、来た道を急いで引き返しながら考える。

勿論周囲の警戒はしているが。



タンゴは思う。


何故だろうか?


農夫を殺して持っていた何かを奪うのがゼーレが受けた依頼ではないのか?

正直、軍が今回の事件の犯人がゼーレであると知ったとしても、探し出すのはほぼ不可能に思える。


まず、この軍人が何かを探してここまで来たと考える。

そうするとこの辺りになにかがあることを知ってそれを探しに来た、その後ゼーレに殺される。

なにか、というのが分からないが、ゼーレがいたのなら十中八九それはこの場から持ち去られているだろう。

そうなると調べようがない。


逃げてきて殺された、とするならどうだろうか?

もし、ゼーレの仕事中に遭遇したのだとしたら一応は説明がつくか?

だがラウルの鼻によれば、周囲に他の遺体はなさそうだった。

そうなるとゼーレが仕事をしているところを見て、ここまで逃げて殺されたことになる。

少なくともゼーレはプロの殺し屋だ。

目撃者がいれば即殺するだろう。


ここで隠れていて見つかって殺された、というのが1番有り得そうに思える。



考え事をしていたら森を抜けていた。

切り替えよう。

ここからは走りだ。

1時間ほど走れば市門に着く。

急ぎすぎたところで死んでいることに変わりはない。

だが、急いで知らせなかった場合、なぜかと言われるだろう。

別に探られても痛くないが、拘束された場合が面倒だ。

門が見えてきた。すぐそこだ。


門に着くなり待機列を抜かして直接門兵に声を掛ける。


「ハァ、ハァ…あの!」

「うん?そんなに急いでどうした…って、あんたその怪我どうした?」

「狩りで負った傷だ。それよりも」

「南の森で、軍服を着た死体を、発見しました」


タンゴからの言葉に周りの空気が一瞬凍りついた。

そこから徐々にざわめきがひろがる。


「それは本当か?」


門兵からの確認に2人が答える。


「はい、この目で見ました」

「俺も確認した。首を切られた軍人の遺体だ。もっとも、胴体部分は獣に齧られた跡があったが」


「…その死んでたヤツの顔はわかるか?」

「いえ、頭部が周囲にはなくて、確認できませんでした」

「…そうか。馬を用意する。案内を頼めるか?」

「はい」


門兵の男は上司や本部に報告するため場を離れる。

ほどなくして馬を引いて戻ってきた門兵の横には、数日前二人に疑いをかけてきた軍人、イグルともう2人軍人、バルト隊のエリオとミシェルがいた。


「お前達は…。いや、話は行きながら聞こう。案内してくれ。馬には乗れるか?」

「大丈夫です」


2人もイグル同様に馬に跨る。

それを見たイグルは問題ないと判断し仲間と目を合わせ少し頷く。


「日が暮れるまでには行きたい。少し急ぐぞ」


走り出した軍人を追うように2人は馬の腹を足で叩く。

風を切るようにして走る馬。

その速度は2人が走る速さの3倍は出ている。

ものの20分程で5人は森まで着いた。


入口の木に馬を留め、タンゴが先導しながら森へ入る。

歩きながらイグルが尋ねる。


「それで、どういう経緯で見付けたんだ?」


タンゴが答える。


「いつも通り森へ狩りに出たんですが、いつもと森の様子が違って、獣が少なかったんです。気になった俺達は当初の予定通り奥に入って、そこで魔獣と交戦しました」


そこでエリオから待ったがかかる。


「魔獣!?そいつはどうなったんだ!?」


これにラウルが答える。


「俺とタンゴの2人で狩った。安心しろ」


それにイグルが反応する。


「そういえば、魔獣狩りもすると言っていたな。あれは真実だったか。その傷はそれでか?」

「ああ。針を纏ったネズミのような魔獣だった。そいつを狩った後、奥から人の血の臭いがしてな。それを確認しに行ったら死体があった」

「なるほど…。魔獣を狩ったのなら魔石を持っているな?出してみろ」


言われてラウルが魔石を取り出す。

赤く輝く拳大の石は、魔獣が残す魔石の証である。


「…確かに、魔獣からでた魔石で間違いないな。すまない、もうしまっていいぞ。それで、首が切られた遺体だったと聞いているが、なぜ分かった?」

「逆に聞くが、獣がわざわざ首を食いちぎって頭だけ持ち帰るなんてことあると思うか?持って帰るなら食いでのある胴体だろう」

「それは…確かにそうだな」

「それより、そろそろ着くぞ」


ラウルの言葉通り程なくして遺体の場所にたどり着いた。

それは確かに頭のない遺体であった。

獣に齧られたような痕は確かにあるが辺境伯軍の軍服だとひと目でわかる。


バルト隊は気を引き締める。

自分たちの仲間かもしれないのだ。

顔は分からなくても軍人は所属を示すためのプレートを右腕に着ける。

幸い右腕は食われておらず残っている。

それを確認すれば誰かは分かる。


エリオとミシェルがプレートを確認した。

2人が固まる。

どちらともなく声を発する。


「…嘘だろ?」


そこに刻まれた名前はシモン。


バルト隊の仲間だった。


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