第7話 狩人と魔獣

馬のいななきが響く。

それは主を失った哀しみの声。

それに紛れるように人の声が小さく響く。


「ごめんね」


その声は仮面に遮られくぐもって聞こえる。

男のものか女のものか、それも分からない。

だが何処か哀愁を感じさせる声であった。


深い森の中、暗がりに差す一条の月明かり。

照らす先には馬の主、だったもの。

それは頭と胴が切り離されている。

頭を失った首からはどくどくと赤黒い血が流れ出す。


いつぞやの農夫と同じように。

血に濡れた糸はスルスルと糸巻に巻かれるようにローブの中にしまわれていく。


糸は全てローブの中に消えた。

それと同時に仮面の者──ゼーレもまた、闇に溶けて消えた。


残ったのは血と肉になったものとそれを慰めるように寄り添う馬。


それだけだった。














ドゥエルファミリーに依頼してから5日。

タンゴとラウルはのんびりと、リッツザックで朝食をとっていた。

朝の食事は焼き立てのパンと鶏肉と野菜のスープ。

朝食も二人分で銀貨1枚である。


パンを手でちぎると小麦の香りがふわりと広がる。

それを口に入れればその香りが鼻から抜けていく。

近くにいれば、思わず顔がほころぶのも頷けるといったものだろう。


「う〜ん!今日のパンもおいしい〜。リッツさん、パン屋も出来るんじゃない?」

「そんなわけないでしょ。ここでやってるだけで手一杯だよ。そう言ってくれるのは嬉しいけどね」


タンゴに褒められ、照れながらも肩をすくめるリッツ。

これまで朝食は保存食を摂ることが多かったが、2日前にここの朝食を食べてからは2人して必要経費と割り切っていた。

リッツは照れ隠しにタンゴをせっつく。


「いいからサッと食べて出かけな。あんた達今日も狩りに行くんだろう?」

「うん!昨日川の周辺を散策したからねー。今日はもうちょっと奥の方見に行こうと思ってるんだ」

「あんたらがいつも行ってんのは南の森だろう?あそこの奥の方はそこそこでかいのがいるって話だけど、大丈夫なのかい?」

「へーきへーき!危なそうだったらラウルがなんとかしてくれるし!ね?」

「ああ。大抵のものならなんとかなる」

「そうかい。…でも、本当に気を付けるんだよ。まだこないだの事件、犯人捕まってないんだからね」

「うん、ありがと。よし、ごちそうさま!行ってくるねー!」

「はいよ。行ってらっしゃい」


元気よく挨拶を告げて宿を出る2人は足取り軽く南門を目指す。

天気は快晴、ちょうど朝8時を報せる鐘が鳴った。


メルザースの朝は人通りが多い。

大通りには朝市が並び客引きの声が響く。

仕事に向かう者や買い物をする者、商人や馬を引く旅人なども行き交い賑やかさを見せる。


そんな通りを抜けて南門を出ると二人は真っ直ぐ森へ向かう。

今日は奥まで進むためいつもより少し早足であるが、街道にそって進んでいく。


1時間と半時程で森の入口に到着した。

ここまで道中軽い雑談を交わしていた二人だったが、森に入る手前からは何も喋っていない。

風が草木に擦れる音だけが響く。


タンゴが前に立って歩く。

タンゴは耳が良く、常に無い音がすればすぐに気付く。

ラウルは鼻が良く、臭いの強さからおおよその大きさまで判別できる。

故にこの配置に落ち着いた。



勝手知ったるといったふうに森を進んでいくが、警戒は怠らない。

森の中には人が近付けば逃げるような獣が多いが、その逆にこちらに向かってくるものもいるからだ。


しばらく進むと川のせせらぎが聞こえてきた。

ここで更に周囲を警戒する。

目と耳と鼻で、二人でそれぞれ周囲を探る。

辺りに大型の獣がいないことを確認してから川に近付く。

この川辺で一度少し休憩をとる。

そこでようやくタンゴが違和感を口にする。


「…うーん?なんか、いつもより少なくない?」

「お前も思ったか」


2人がこのメルザースに滞在し始めてから約3週間。

その間このメルザースから南の森を探索して狩りを行ってきたが、2人の探知に引っかかる数が減っているのだ。

小動物は大して変わらない数だったが、中型以上の獣が昨日よりも減っていた。

そしてなによりもの違和感は、進むにつれて鳥の鳴き声が減っていることにあった。


「…魔獣?」

「かもしれんな。…奥からかすかにだが、血の臭いがする」

「マジか…。どうする?」

「無論、狩る」

「了解。援護する」

「ああ、頼んだ」


それだけ言うとラウルが前に立ち、間をあけてタンゴが続く。

これもまた魔獣発生の可能性があると判断した場合にはこうすると決めたルールだった。


だんだんと血の臭いが近付いてくる。

それに伴って獣の数も減っていく。

風が抜ける音。

それと同時に何かが走る音をタンゴの耳が拾う。


「ラウル!」


タンゴの声でラウルが反応する。

剣を抜き横に跳んだ。

ラウルが先程までいた場所には数本の針のようなものが刺さっている。

次を警戒しながら言葉を交わす。


「すまん、血の臭いで気付くのに遅れた」

「かなり脚が速いね、俺は上に行くよ」


そう言ってタンゴは太い木の枝上に飛び乗る。

ラウルは冷静に思考を回す。

敵は素早いうえに棘を飛ばす。

飛び道具を使う獣はいるにはいるが、わざわざ人間相手に先制攻撃をしてくるものなどいない。

間違いなく魔獣。

剣を構え五感で探る。

ガサガサと走る音。

トゲが飛んでくる。

タンゴの声が飛ぶ。


「右前方!」


飛んできた針を躱してラウルは獰猛に笑った。


「そこか。『疾風ゲイル』」


ごく短い魔法の詠唱。

魔力の起こりが走り────風が吹く。

棘が来た方向に向かって踏み込み走る。

爆発的なスピードで魔獣に迫った。

敵の姿がラウルの目に映る。

それは体高1メートルをこえる鼠だった。

その体毛はまるで針のようだ。

それが体全体をびっしりと覆っている。

さしずめ針の鎧というところか。


魔獣がラウルを認識し叫び声をあげ、再度幾本もの針を放つ。


「シャアアアァァァ!!!!」


絶叫と言える声。

それと同時に飛んできた針を剣で打ち払う。

踏込、振り下ろす。


キィン、と硬質な音が響き剣が弾き返された。

針が爆ぜる。

舌打ちしながら無理矢理腕を引き戻し急所を剣で防御する。


何本か腕に刺さったがまだ動かせる。

少し後ろに下がって体制を立て直した。


針一本一本に大した攻撃力はないが数が多い。

この魔獣の強さは素早さと飛び道具ではなく、その硬い体毛による防御力。

数の力で攻撃力を上げているのか。

だが針を飛ばす時には停止する。

確かに体毛は硬いが隙はある。

目鼻口にはそれが無い、そして一度針を飛ばしたら次までに少し隙が生まれる。

これで群れるタイプや魔法を使うタイプなら面倒だったが、そうでないなら狩れる。


そこまで一瞬のうちに考えたラウルは再度飛んでくる針を前進しながら避け剣を引き構え、腕の痺れに気付いた。

麻痺毒か!!

なるほど。殺傷力が低い分、数と毒で敵を仕留めるか。理にかなっている。面白い。


「だが、それがどうした。『疾風ゲイル』」


詠唱、風が吹く。

最初の攻勢と同じように爆発的なスピードで接近する。

脳天は体毛に阻まれる。

まず目を潰す。


針が飛んでくるが見えない何かに弾かれる。


引き絞られた腕をさながら矢のように突き出した。


剣が魔獣の右目に突き刺さる。


引き抜いて右後ろに跳び下がる。


「ギシャアアアアァァァァァァ!!!!!!」


激憤。

片目を貫かれた魔獣の叫びと同時にまたしても針が爆ぜた。

1度見た攻撃をわざわざ食らってやるほど甘くはない。


「『鎧風リペル』」


ラウルは身体に風を纏う。

大量の針が飛んでくるが風の鎧に全て弾かれ地に落ちた。

それと同時に魔獣の左目に矢が突き刺さった。

タンゴの援護射撃だ。


魔獣は再度痛みに暴れ出すが針の爆発の直後だ。

三度目はない。

そして、その隙を見逃すラウルではない。


「『迴風サイクロン』」


前進しながら詠唱する。

ラウルの持つ剣が渦巻く風を纏う。

その風の剣を魔獣の口からすくい上げるようにして頭に向かって突き刺した。

剣から風が吹き荒れ、空へと突き抜けた。

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