第9話 悲しみと怒り
固まった2人を見て、自らもプレートを確認したイグルもまた、動揺し一瞬硬直した。
エリオとミシェルは普段からシモンを入れた3人で行動することが多かった。
それ故に目の前の事実を受け止められないでいた。
エリオが声を上げる。
「…なぁ、イグル。俺の目がおかしくなったのか?…プレートによぉ、シモンの名前が入ってんだ…。あいつはそろそろメルザースに戻ってくるはずだろ?こんな森の中で死んでるわけねぇよな?そうだよな?」
イグルはそんな仲間の問いに対する答えを持ち合わせていなかった。
眉間に皺を寄せ、目を閉じる。
その顔を見てようやく目の前の現実を受け止め、悲しみから涙が溢れる。
そして、感情が怒りに振れた。
「……ふざけやがって…!誰がシモンを…!ぜってぇ許さねぇ!」
「…エリオ、落ち着け」
エリオを諌めたのは、同じく彼らと長く行動を共にしてきたミシェルだった。
「ミシェル!テメェ悔しくねぇのかよ!俺達の仲間が殺されたんだぞ!!」
「俺も許せないに決まってるだろ!殺した奴は俺達の手で必ず捕まえる…!だけど、その前にやる事があるだろ。…こいつを、連れて帰ってやらなきゃ、ダメだろ…」
ミシェルに言われハッとする。
そうだ。
こいつを家族のもとに連れて帰ってやらなきゃならない。
犯人探しはその後でいい。
「…そうだな。…こんな森の中じゃあこいつも気持ちよく、寝れねぇよな…」
「ああ、家族のもとに、連れて帰ってやろう。ちゃんと、埋めてやらないと」
涙を堪えたエリオに背負われるシモンの遺体を見て、イグルは覚悟を決める。
犯人は必ず捕らえると。
たとえ裏の人間の仕業だろうと絶対に許しはしない。
無意識に握り締めていた拳から血が滴り落ちる。
日が落ち始めた頃、ようやく5人は街へと戻った。
森を抜け、遺体を馬に乗せて運んだ。
その間、誰も口を開くことはなかった。
門を抜け、イグルはタンゴとラウルに向き直って頭を下げた。
「今回の件を報告してくれたこと、辺境伯軍メルザース駐屯兵を代表して、感謝する。君達がいなければ、シモンは森の中で人知れず朽ちていくだけだっただろう」
タンゴが返す。
「いえ、俺達はたまたま見付けただけです。もっとはやく発見できていれば、遺体の損傷もそれほど進まなかったでしょう」
「いや、遺体の状態を見るにまだ死んでから数日も経っていないだろう。君達があそこで魔獣を討ち取ってくれたからこそ、我々は今日、シモンを家に帰してやれたんだ。それは、感謝すべきことだ」
「…そう、ですか」
「ああ、この街で何か困った事があったらなんでも言ってくれ。俺達が出来る限り力になろう。…そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺はイグル、あっちの2人の茶髪の方がエリオ、金髪がミシェルだ」
「ありがとうございます。…イグルさん、エリオさん、ミシェルさん……犯人、捕まるといいですね」
「必ず俺達の手で捕まえる。死んだシモンに誓って」
そう言い残しイグルは去っていった。
残された2人はどちらともなく宿に向かって歩き出す。
その足取りは朝街を出る時とは対照的に、重かった。
周りに人が少なくなったところでラウルがタンゴに小声で尋ねた。
「…なぜわざわざあんなことを言った?俺達には関係の無いことだろう」
「いや、あながち関係ない事も無いと思うよ。軍も今回の事件は明らかにおかしいと分かってたはずだ。そして、その捜査に当たってたはずの軍人が殺された。もうメルザースだけの話じゃなくなった。辺境伯軍総出で動くだろうね。そうすれば、いずれゼーレの名前が出てくるはずだよ」
「…なるほど。この街だけでなく領地全体や国境まで警備が厳しくなるということか」
「うん。よっぽどの理由でも無ければこの領地から出ることもできなくなると思う。ゼーレの正体が分からない以上、囲い込んで探すしかなくなるからね」
「だが、領地全てをカバーするのは不可能じゃないか?人知れず出るルートくらいは裏の人間なら誰もが持ってるものだろう」
「ここがただの貴族領ならそうだったかもね。でも、ここの領主は地方守護を任された辺境伯だよ」
「そうか、辺境伯は通常の貴族よりも抱えている兵数が多い。それに辺境伯程の地位なら周囲の領地も自分の子飼いか」
「そういうこと。その規模の厳戒態勢を敷かれたら、俺達も動きづらくなっちゃう。だから早く捕まるといいなってのは本心だよ。それに────仲間を殺される気持ちは、ラウルもよく分かるはずでしょ」
「……そうだな」
リズドアからの情報を手にメルザース駐屯地へ帰還したバルトを待っていたのは、無情な現実だった。
「…こいつは一体なんの冗談だ?おい」
頭部の無い遺体が入れられた棺。
その中に入れられた所属を示すプレートには、シモンの名が刻まれている。
沈痛な面持ちでイグルが説明した。
「…今日の午後、狩人2人組によって南の森奥地で発見されました。遺体に頭部は無く、現在リーズ隊とボルニカ隊が付近の捜索に出ています」
「…シモン…ッ!…クソったれがッ!!」
行き場のない怒りを地面に叩き付ける。
大地の表面は砕け、手には血が滲む。
怒ってもシモンは帰らない。
これをやった犯人を捕まえる。
バルトは頭を冷やし、煙草に火を付ける。
「解析班によると、頭部切断の痕跡からヴルスト殺害犯と同一人物と見られています」
「…《糸切り》か」
「隊長も掴んでいましたか」
「あぁ、姿の分からんプロの殺し屋だってな。他はどうなってる?」
「既に通信魔道具が設置してある支部には通っています。他は早馬が出され、おそらく2日以内には全域に」
通信魔道具とは、決められた一対を使用し、遠距離間で声を送り合うことのできる魔道具である。
使用に必要な魔石は魔獣が落とすもののみであり、供給が難しいため軍関係の大きな基地や重要施設にしか設置されていない。
「それで、発見した狩人2人組ってのは?」
「狩りをしながら旅をしているとの事で、一度アリバイは確認しましたが、本人達の言葉通りヴルストが殺害されたと見られる2日間は全ての門記録にもなく、逗留している宿にいたとの証言が宿の主人夫婦から取れています」
「シロか。……シモンの家族には」
「今伝令が行っています」
イグルの言葉が終わると同時に、駐屯地に2人の男女が走ってやってきた。
シモンの両親だった。
「はぁ…はぁ…シモン…!」
「シモン!」
2人に気付いた兵達が道を開ける。
頭のない遺体へと。
「…そんな…この、遺体が、シモン…なんですか…?」
「何かの間違いではないんですか!?」
イグルが答える。
「……腕に着けられた識別プレートは、我々と同じ所属であるシモンの名が刻まれたものでした。……酷なことを言って申し訳ないのですが、シモンの体になにか他に特徴はありませんか?」
まだ受け入れ難いのか、シモンの母は動けずにいる。
シモンの父はそんな妻を見て、覚悟を決めたように遺体の服を捲った。
「……っ!……昔、遊んでいる時に怪我をした痕が、同じ場所に残っています……」
「そんな…!嘘よ!シモンなわけがっ…!」
「エリザ!!……これは、この遺体は、シモンだ」
エリザは夫からの言葉に体の力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「どうして…そんな…」
「…エリザ。…シモンを、家に連れて帰ろう。後のことは、軍に任せよう。俺達が今できるのは、この子を弔ってあげることだけだ」
その会話を聞いて、その場に居るものたち皆は顔を俯かせる。
バルトが煙草の火を消して2人に向き直って口を開く。
「…シモンを殺した奴は、どんな手を使ってでも捕まえます。これは、俺達メルザース駐屯兵だけではなく、辺境伯軍の総意です」
言われてシモンの父が頭を下げる。
「……私達には、なんの力もない。この子がこんなになっても、それをやった人間に何も出来ない…!どうか、宜しくお願いします。シモンの仇を、とってください…!!」
「必ず」
シモンを入れた棺をバルト隊が持ち上げる。
バルトは悲しみを堪えていた。
だが、涙は流していない。
悲しみを超える怒り。
必ず、《糸切り》を捕まえる。
自分達の手で。
それが自分達がシモンにしてやれる弔いだ。
泣くのは、それからでいい。
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