第6話 軍人と情報

マイヤー辺境伯領の東部主要都市メルザース。

そこから南西へいくつかの町村を経由して、馬を2日程走らせた場所にあるのがベリオロットの街だ。


ベリオロットもメルザース同様の都市であるが趣は少し異なる。

ここは辺境伯領の他の都市と比べても工業地区が多い。

工業地区は武器などを作る鍛冶場や、工芸品を作る工房、そういったものが多い。


そんなベリオロットの街中をバルトは歩いていた。

足が向く先は中心地にあるベリオロット駐屯地ではなく、そういった工業地区の中にある一軒の鍛冶場だった。

鍛冶師は武器だけでなく包丁などの刃物も造っている。

そのため武器だけでなくそういった鉄製の加工品を売るための販売所が併設されている。


バルトは販売所の扉を開く。

中には包丁や鍋、剣や槍まで置いてある。

カウンターには若い男が1人。


「邪魔するぜ」

「いらっしゃい、何をお探しで?」

「悪いな、買い物に来たんじゃねぇんだ。リズドアはいるかい?」

「リズドアなら奥にいますよ。呼んできましょうか?」

「おう、頼むわ」

「お名前は?」

「バルトだ」

「少々お待ちください」


男が奥に入り少しすると大柄で人相の悪い男を伴って戻ってきた。

筋骨隆々で背も180は越えているであろう大男だった。

腕や顔に傷があり、とてもカタギの人間には見えないような風貌をしている。


実際この男、リズドアは2年前まで裏社会の人間だった。

しかしとあるきっかけで足を洗って今はこの鍛冶場で真面目に働いている。



「久しぶりだなリズドア」


バルトからの声に相貌を崩し答える男。


「お久しぶりですバルトさん。でも急にどうしたんですか?」

「それなんだが、ちょっと聞きたいことがあってな。少し出られるか?」

「少しだけなら大丈夫ですが…」

「悪いな。ちょっと行った所に知り合いの店がある。そこで話そう」

「わかりました」


二人は店を出て大通りから外れた場所を歩く。


「バルトさんが手紙じゃなく直接俺に会いに来るってことはあっち絡みの話ですか?」

「そうだ。ちょっと気になることがあってな…。着いたぞ。中で話そう」


2人が入ったのは少し寂れた雰囲気の酒場。

バルトが店主に挨拶をして奥の部屋に通される。


「悪いな、わざわざこんなとこまで来させて」

「いえ、バルトさんの頼みなら構いませんよ。俺が足洗う時にあれだけしてくれた恩人の頼みですから」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


バルトは懐から煙草を取り出し火を付ける。

それを見てからリズドアが尋ねた。


「それで、何があったんです?」

「妙な事件があってな。メルザースで農夫が殺されたんだが、どうもなにかを盗まれたみたいなんだわ」

「農夫が強盗に殺された?それはたしかにあまり聞かない話ですね」


「あぁ。それだけならまだ無くはないで終わるんだけどな。殺され方がどうもな。なにかで首と手を綺麗に斬られてんだわ。それも抵抗なくな」


「抵抗なく綺麗に…」


「その殺されたやつの名前、ヴルストってんだが、聞いたことあるか?」

「ヴルスト…聞いたことないですね、それを俺に聞くってことはそいつ裏の人間ですか?」


「俺達もそう思って捜査してたんだがな。3年程前にメルザースに移住してきたってのは分かったが、特になんもトラブルなく変な行動もしてねぇ、近所の人間との仲も良好ときたもんだ」

「…それだけだと裏の人間かどうか分かりませんね。そいつの見た目はどんなんでしたか?」

「赤毛の男で歳は30から40の間くらい、背は170ちょいだな。顔に特徴はねぇが死体調べたら右足に古傷があったらしい」


「…うーん…赤毛で年齢と背丈がそれくらいって奴は3人知ってます。ただ右足に傷跡があったかはわかりません。俺が足洗ってから怪我したってなるとわかりませんが」


「…そうか。一応そいつらの情報教えてもらってもいいか」


「はい。今の地位はわかりませんが、一人はマデューラファミリーの中堅ベック。次にストラム、ミドカファミリーで運び屋やってました。三人目は名前はわかりませんけどメストスファミリーの下っ端に1人いました」


「助かる。名前と所属が分かってるだけで大分調べやすい。一応なんだが、今回のこの殺し方が出来そうなやつ知らねぇか?」


「…少し考えたんですが多分、殺し屋の仕業だと思います」


思わぬ答えに身を乗り出す。


「知ってるのか!?」


「なにかで抵抗なく綺麗に斬られてたんですよね?」

「ああ。争ったあともなく一方的にな。そんなこと出来るとしたらとんでもなく腕の立つ剣士か、なにかしらの魔法だろうと思ったんだが」

「どちらでもないと思います」

「何?じゃあその殺し屋は何で殺したってんだ?」

「おそらくですが、糸です」


またしても思わぬ答えに一瞬呆ける。


「糸…そうか、そういうことか。だからあんな綺麗な切断面になってたのか」


「裏でそれなりに有名な殺し屋に魔力で強化した糸を使うって奴がいるんです」


「そいつの名前は?」


「ゼーレと名乗ってます。通り名は、《糸切り》。ただ、こいつの顔も性別も本名も何も分からないんです」


「性別もだと?」


「はい。こいつは依頼を受ける時も仕事中も仮面とローブを着けてるそうで、そのどちらにも隠蔽の魔法が付与されていると言われています」


「それは…かなり厄介だな。その仮面とローブってのはどんなのだ?」


「どちらも黒です。直接見たことがある奴はまるで死神だと言ってました」


「死神ね…。他の情報はなんかあるか?」


「いえ、これだけしかありません。申し訳ないです」


リズドアが頭を下げた。

それを手で制しながらバルトは返す。


「いや、これでだいぶ進展した。殺した奴が裏の殺し屋って言うならただの強盗じゃねぇってのが確定したんだ。これだけで上に報告するには十分だ。助かったよリズドア」


「俺がバルトさんに返せる恩なんてこれくらいしかありませんから。また何かあったら会いに来てください」


「次はお前が作った剣でも買いに来るとするよ」


2人は笑いあって握手を交わした。

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