第3話 運命の終局へ
コウダイが後ろから腕を回し、ユリネの胸を揉んだ。
朝、ホロンにしたように。
「悪いハク。こいつ、とっくに俺のセフレになってんだわ」
悪寒が俺の脳細胞を凍結させた。
思考も、記憶も、感覚も、すべてが失せたような虚無に至る。
ユリネが、セフレ? コウダイの?
「もー、コウダイってば最低。ごめんねハク、最初は別の人とちょっとした好奇心で浮気エッチしたら、ハマっちゃって。……今はコウダイのセフレになったの。でもね、愛してるのはハクだよ?」
「よく言うぜ。俺以外ともヤってるくせに」
「でもハメ撮りを許してるのはコウダイだけだよ♡♡」
ユリネとコウダイがキスをする。
全身の力が抜けるような感覚がした。
ユリネが、コウダイと浮気していた。
いやコウダイだけじゃない、他の連中とも。
俺にバイトを代わってもらっていたのは、そのためだったのか?
「安心してハク。私、心まではコウダイに捧げないから。だってコウダイ、私の方が満足させられるのに、まだ石狩さんと付き合ってるんだもん」
「はは、嫉妬してんのか? 可愛いやつだな」
「えへへ♡♡ 可愛いだなんて、嬉しい。うん、そうなの、コウダイの一番は私がいい」
「くくく、そうだハク。もうひとついい事を教えてやる。お前を怪我させたスライディング、ありゃ事故じゃねえ。……ワザとだ。お前は俺を相棒だと思っていたみたいだが? ずっと目障りだったんだよ、俺からしたらな」
ユリネが笑う。
可哀想だと同情しながら。
「ワザとお前の足を折ったんだ!! お前は女だけじゃなく、夢やサッカーまで俺に奪われたんだよ!!」
「なっ……」
「お前、ほんとめでたいやつだよな。なーんにも知らないでよ。カッカッカ!!」
こいつっ!!
我慢ならない。ていうかする気もない。
喧嘩とか暴力で解決とか、俺が一番嫌がることだが、腹の虫がおさまらない。
「コウダイてめぇ!!」
「コウダイ様、だろうがよ負け犬!!」
俺のパンチをかわし、足を蹴られる。
こいつのせいで痛めた足だ。
「ぐあぁぁぁ!!!!」
「よわっ!! ザコ!!」
くそっ、くそっ。
俺が悶絶していると、ユリネが申し訳なさそうに口を開いた。
「今度の土曜のデート、コウダイも一緒でいいよね? お願い」
「…………」
「うん、いいよね? じゃあ、またね、ハク。あ、それと……顔だけならハクの方がかっこいいけど、男してはハクの方がザコだと思うよ? だってハク、空っぽなんだもん。ぶっちゃけ、つまんない。……だから、あんまりコウダイを怒らせないでね?」
ふたりが俺の前から消えていく。
ひとり、取り残される。
痛い。
気持ち悪い。
寒い。
俺は、俺はずっとあいつらに、コウダイに騙されていたのか。
ホロンが、コウダイと付き合い始めたのは、サッカー部の繋がりだと理解できる。
でも、ユリネはなぜ。
どこでふたりは関係を持ったのだ。
あんなやつに、あんなやつらに俺は……。
「可哀想なハクきゅん」
途端、後ろから石狩ホロンが現れた。
「なっ、お前……」
「二回も彼女を寝取られるなんて、泣けちゃうね。でもね、しょうがないの」
「しょうがないだと? ふざけんなよ」
「ふざけてないよ。本当にしょうがないことなの。だってこの世界は……ハクきゅんが不幸になるために存在しているんだもん」
なにを……言っているんだ、こいつ。
それに、口調が変だ。俺のことを『ハクきゅん』なんて呼んで、言葉遣いも、普段と違う。荒くない。
「ハクきゅんを不幸にして、快楽に堕ちる無様な女を見て、悦に浸りたい連中のために作られた世界なの」
ホロンが顔を近づけてくる。
なんだ、こいつ。
本当に俺の知っている石狩ホロンなのか。
「作られた、世界?」
「んふふ〜、動揺しちゃって可愛いね♡♡ でもね、事実なの。ハクきゅんは絶対に幸せになれない。ハクきゅんに関わった女は、みんな下劣な欲に飲まれて堕ちてしまう」
「ふざけんな、最初に俺を裏切った女のくせに!!」
「すぐに信じるようになるよ。そして、こんな世界に抗う手段を、私は用意できる。ていうか、してあげた。……もし困ったことがあれば、こっそりハクきゅんのバッグに入れたスマホの画面を相手に見せればいい」
「スマホ?」
確認してみる。確かにバッグに知らないスマホが入っている。
「すぐに使うことになるよ。だってこのままいくとハクきゅん、今日中に死んじゃうもん」
タップして起動してみる。変なアルファベットの文字と、紫色の背景。
なんだ、これ。なにも起きないじゃないか。
「私は敵じゃないよ、ハクきゅん。私はただ、推しピを救いたいだけ」
スマホから顔を上げる。
ホロンの姿が消えていた。
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フラフラな足取りで家に帰る。
「くそっ……」
なんだったんだ、ホロンのやつ。
俺が死ぬ? 浮気されて、友人に裏切られて、仕舞いには死ぬって?
「ユリネ……」
だからと言って、俺はこれからどうすればいい。
あいつらが憎い。しかし復讐なんてできるか? コウダイはモテるし、ヤンチャな仲間が大勢いる。
ユリネだって友達が多い。俺が暴露したって、信じてもらえない。
それに、復讐にリソースを割いていたら、バイトが疎かになってしまう。
「気持ち悪い。どいつもこいつも」
玄関扉を開けると、知らない男たちが家にいた。
いや、知っているやつが混ざっている。隣人のおっさん、相川がいる。
「え」
他は知らない男が二人、ウチにあるバッグやら段ボールを抱えている。
それに母さんに腕を掴まれている、妹のミコ。
「お兄ちゃん!! お兄ちゃん助けて!!」
な、なんだ。
どういうんだ。
「ハクくん、帰ってきちゃったの。もう、ミコがぐずぐずしてるから」
「え?」
「お母さんとミコね、これから相川さんの知り合いの富豪の家で暮らすことにしたの。ただの水商売より、よっぽど稼げるらしいの」
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