第2話 這い出る影
放課後、俺はコンビニでバイトをしていた。
今日で10連勤。さすがにちょっとしんどい。
昼食抜きじゃあ疲れも貯まるか。
なのに不思議と腹は減ってないんだよな。
「はぁ……」
でも最近、妙にイライラする。
バイトのせいじゃない。
胸にポッカリと空いた穴が、埋まらないからだ。
可愛い妹がいて、彼女もいて、なのに満たされない。
退屈だ。
「
店長が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「いいっすよ」
「本当? 勉強とか大丈夫? 頼んでおいてなんだけど、無理しなくても……」
「平気です。どうせ大学進学はしませんし」
「え!? かなり成績良いって聞いてるけど」
「勉強はただの暇つぶしです。ウチ、Wi-Fiないから動画見るのもったいないし、ゲームもないから。勉強か、妹と将棋するしか娯楽ないんです。でも、妹は進学させます。だからそれまでは……」
本当なら高校をやめて就職することも考えたが……亡くなった父が、俺には高校には通い続けてほしいと遺書に残したから、こうしてバイトで金を稼いでいるわけだ。
「……少しくらい、自分を甘やかしてもいいんじゃないの? ちょっと、マジメすぎて心配になるよ」
「自分のために生きるのは、少なくとも妹が自立してからです。あの子は俺と違って、人生を楽しむ才能がありますから。それに、家事と勉強をきちんと両立できている妹の方がマジメです」
「真月くん……。明日はやっぱり休んでいいよ。目に光がないもん」
休みか。残念な気もするが、せっかくだししっかり休んで妹の勉強でも見てやろう。
肝心要の受験に失敗しましたじゃあ、元も子もないからな。
21時ごろ、
「うーっす」
須郷コウダイがやってきた。
部活あとだろうか。いや、それにしては荷物が少ないな。
服もオシャレな感じだし……一度家に帰っている?
「よぉ、ハク」
「コウダイ、お前部活は?」
「してるよ。もちろん、それより……」
コウダイが棚から商品を持ってくる。
避妊具だった。
「すぐ使うから袋はいらねえぜ、ハク」
「……お前がなにを買おうが構わないけどな、ちゃんと部活はやってくれよ。俺はお前に夢を託したんだ。俺の代わりに全国出場、強いては優勝してやるって、お前が言ったんじゃないか。俺はその言葉に救われたから未練を断ち切ってーー」
「わーってるよ。俺ぐらいになると部活もセックスも器用にこなせるんだよ」
嫌でも意識する。
こいつは、俺の元カノのホロンとするんだ。
いま、ここにある避妊具を使って。
「へへ、特別にお前にだけは教えてやるよ。俺がいかにセックスの達人かってことをな」
コウダイがスマホで動画を見せてくる。
これは……性行為の動画? 気持ち悪い。やっているのは……モザイクをかけているが、コウダイか。それとーーん? 去年卒業した先輩?
「このハメ取り、ネットで売って儲けてんだよ。これだけじゃないぜ、俺はちょっとした『グループ』に入っていてな。裏AV担当として、いろんな個撮AVに出演してんだ。男優みてぇなもんよ」
なに誇らしげに語ってんだか。
コウダイの言うグループとやらは、俺も耳にしたことがある。
元々この街を拠点にしてた不良グループが、売春、脅迫、強盗、高利貸し、風邪薬の転売など、手広く犯罪行為をして金を稼いでいるとか。
確か名前はーー
「そんなことして、他の部員に迷惑をかかるような真似はするなよ」
「はんっ、そんときはそんときだっつーの。羨ましいならお前も参加するか? そうだ、やれよ、金が欲しいんだろ? 良い儲けになるぜ? 俺の紹介だって言えば、すぐに竿役としてデビューさせてくれるぜ」
「気持ちの悪い。風俗業を差別するつもりはないが、少なくとも学生が勉強や部活をサボって違法な性商売するなんてバカげてる。早い内から人生を棒に振って、社会的リスクを負って、恥ずかしくないのか」
「でもお前より稼いでる自信あるけどね。お前大学進学しないんだろ? 高校時代はこんなシケたバイト、大人になってもどうせロクに稼げない。一方俺は学生時代からヤりまくり稼ぎまくり。成人しても自慢のセックスパワーで女も地位も手に入れるってわけ」
「バカバカしい。なにがセックスパワーだ。恋人でも夫婦でもない奴の前で裸になってバカみたいに腰振って、仕舞にはそれを自慢するか。気持ち悪い。せめて職業俳優みたいにモザイク外して堂々と道化を演じろよ情けない」
「はっ? つまんねーやつ。なにカマトトぶってんだよ。そんなんだからサッカーも長続きしねーんだよ」
意味がわからん。
論理が破綻している。
「あんまり、調子に乗るなよコウダイ。俺は、お前に転ばされた怪我でサッカーを引退したんだ。その責任、ちゃんと感じてくれよ」
「おいおい、経済的理由も、だろ?」
そう、俺は中学時代、練習中の事故でこいつのスライディングをくらい、足を骨折した。
後遺症が残り、今でも無理に走ると足が痛む。
確かにバイトをしたいから夢を諦めたのは事実。
けど決定的に俺の情熱を折ったのは、事故のせいなんだ。
「ハッキリ言ってやるコウダイ。お前、このままだとレギュラー落ちるぞ。この前の練習試合見たけどな、1年の方がよっぽど動けてたぜ」
「あ? てめぇはもう部外者なんだ、黙ってろよ。ザコ」
「中学時代、そのザコから一度もボールを取れなかったのは誰だよ。セックスなんて大会が終わってからやってろよ。努力を怠り快楽に逃げているやつが、他人を見下すな」
「ちっ」
コウダイは乱暴に金を置くと、避妊具をポッケにしまって退店した。
22時、バイトが終わり、俺も店を出ると、
「よぉ、負け犬」
まだコウダイがいた。
なんだこいつ、まさか俺の挑発を根に持って、喧嘩する気か?
「頭にきたからよぉ、もう全部バラすことにしたぜ」
「どういう意味だ」
「確かに俺はお前から一度もボールを取れなかった。けどな………………くく、くくくく」
「な、なんだよ」
気味が悪い。
「ボールは取れなかったが、女は取れたぜ、二回もな」
「は?」
「俺がこれから『こいつ』を使うのはホロンじゃねぇ、ユリネだ」
なにを……言っているんだ、こいつ。
コウダイが振り返る。
示し合わせたように、物陰からユリネが現れた。
「ユリネ……」
「うーん、ごめんねハク。私は嫌だったんだけど、どうしてもバラせってコウダイが言うから」
「は?」
「じゃないと、セフレ辞めさせられちゃうから」
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