第4話 神が生まれた日

 夢や幻の類なのかと疑った。

 母さんとミコが、他所で暮らす?

 相川の知り合いと? 俺は?


「な、なにを……言ってるんだ、母さん」


「ごめんなさい。相川さんの紹介でね、もう何度か会っているの。その人、お金があって、ミコと一緒ならずっと面倒見てくれるらしいの」


「俺は?」


「男はいらないのよ」


 相川のおっさんがニヤニヤとタバコを咥えながら、俺の肩を叩いた。


「安心しろガキ、実の素人親子モノなら、高く売れる。ミコちゃん、大学まで面倒見たいんだっけ? 今どき体で学費稼ぐやつなんて珍しくねぇんだ。本人に稼がせればいい」


「……は?」


「俺はとある組織を後ろ盾に、そっちの業界じゃ名が売れたプロなんだ。表にゃでまわらねぇ、裏の無修正ポルノだよ」


「ポルノ? え? なんで?」


「おいおい、知らなかったのか? お前の母さん、その人に借金してんだよ。旦那を失った傷心をパチンコで紛らわせて、気づいたら旦那の遺産も保険金も全部使い切ってーーいやぁ、俺も何度か抱くだけで立て替えたりしてやったが、さすがに借金が膨らみすぎてな。例の『その人』の元で親子ともども情婦をやりながら、働いて返すってわけよ」


「借金?」


 聞いてない。

 知らないぞそんなの。

 俺が稼いだ金はどうした。


 そもそも、父さんが金を残していたなんて事実すら知らなかった。


「相川さん、もうそれ以上は……」


「いいじゃねえか奥さん。どうせなら全部バラしちまおうぜ。なぁガキ、お前も女選びには気をつけろよ。旦那を騙して多額の借金を背負わせた『あの人』に、今度は自分も金を借りて、しかも情婦にまでなるような女にはな。……まぁ、自殺まで追い込んだのは『あの人』だけじゃなく、この女もなんだが」


 母さんが視線をそらす。

 父さんが借金? 母さんが追い込んだ?

 あの人って誰だ。


 わけがわからない。

 理解できない。


 ミコは承知しているのか?

 しているわけがない。


「お母さん離してください!! 私は兄さんと一緒に暮らします!!」


「勝手なこと言わないでミコ。あなたと一緒じゃなきゃダメだって言うのよ!!」


 そんなの、そんなの最初からミコ目当てじゃないか。

 ミコに何をするつもりだ。ミコを汚すな。まだ中学生だぞ。


「お前ら警察に通報してやる!!」


「ガハハハ!! お前、警察なんて信用してんのか? バカめ、そんなもんまったく怖くないから、こんな商売してんだろうが」


「ふ、ふざけんな。おい母さん正気に戻れよ!! 借金があるにしても、もっと別の方法があるだろ!!」


 コウダイやユリネに続いて母さんまで。

 なにがどうなっていやがる。

 

 ホロンの言葉が脳裏をよぎる。

 この世界は、俺を不幸にするために作られた。とーー。


「なんとか言ってくれよ母さん!!」


「うるさい!! 夫が死んで私も辛いの、新しい人生を歩みたいの。その人ね、若くてとっても立派だし、お金もあるの。私が欲しいもの全部持っているの。ステーキ食べたいし整形もしたいし、毎晩構ってほしいの!! あんただって男なんだから、もう自立すればいいじゃない!!」


「…………」


 言葉が出なかった。

 俺の代わりに、ミコが激昂する。


「ひどい……兄さんがいなかったら私たち、とっくに餓死してるのに!!」


「いいミコ? ときにはね、何かを捨てる決断もしなくちゃいけないの。えぇ、そうよ、私は夫を切り捨てた。金になってくれるようお願いしたわ。だから今度はハクという足枷を外すの」


「え……。パパを……」


「確かにハクはこれまでよく尽くしてくれたわ。でもね、結局ハクは他人なの。無責任なセックスで生まれた望まれない子なの。それをここまで育ててあげたんだから、感謝されることはあっても恨まれる筋合いはないわ。私たちは、最初からふたり家族なのよ」


「他人……?」


「そうよ、ハクは実の子供じゃないの。ミコは結婚したわけでもない、血の繋がっていない男と暮らしていたの。それって、よく考えたら凄く気持ち悪いことでしょ? 少ししか稼げないハクより、たくさんお金を持っている人に鞍替えするだけじゃない」


 ミコが目を見開いている。

 驚愕している。

 知られたくなかった。知ってほしくなかった。


 そして俺も、知りたくなかった。

 母さんが、母さんだと思っていた女の、本性を。


「ミコだって、クラスの子たちに貧乏だからって悪口言われることもないのよ? 服がいつも一緒だとか、いつも水道水飲んでるだとか、笑われなくていいの。好きに買い物できるし、高いバッグを身につけることもできるの。見返せるの!!」


「いらないです、そんなの!! 兄さんを失ってまで欲しいものなんかありません!!」


「どうしてわからないの!! アレは兄じゃないのよ!! 他人なの!! ほら、あいつを気持ち悪いって言いなさい!!」


「い、いやです」


「言いなさいよ!! 私の人生もかかってるの!!」


 母さんがミコを叩く。

 こいつ、このババア!!


「ハク、もう私たちのことは忘れなさい。ビデオを撮るにしても、ミコにはモザイク入れてもらうから」


 そういう問題じゃないだろ。

 どうにかして、どうにかしてミコだけでも逃さないと。

 母さんをぶん殴って、ミコを連れ出す。

 それしかない。それしかミコを救えない。


「くっ!!」


 だが、相川の部下であろう荷物持ちの男たちに阻まれて、蹴られて、俺は床に伏した。


「兄さん!!」


「くっそ……」


 スマホで通報してやりたいが、たぶんスマホを奪われ阻止される。

 ならば大声を出して助けを呼ぼう。

 このアパートは古くて耄碌したじいさんばっかり住んでいるが……。


 俺が声を張ろうとした瞬間、


「余計な真似すんじゃねえ」


 顔面を踏みつけられ、後頭部が床に打ち付けられた。

 脳が揺れる。気持ち悪い、意識が……。


「に、にい……」


 残酷な光景にミコが気を失う。

 いったい、何なんだ、今日は。


 現実なのか。


 友に、彼女に裏切られて、母さんまで俺を捨ててーー。


「あっ、すんません相川さん、やりすぎました」


「おいおい、血でてんじゃねえかよバカ」


 相川が鼻で笑う。


「まぁいいや、消しちゃおう。どうせ口封じしないとだったし。……おいガキ、コウダイくんから聞いたぜ? ついにバラしたんだったな、浮気のこと。せっかくならそれが理由の自殺ってことにして、親父ともども保険金になれよ、ガキ。よかったな、最後にミコちゃんに金を残せて。ーーくく、まぁ、ほとんど俺が貰うんだが」





 俺を殺すつもりなのか。

 終わるのか。ぜんぶ。


 なんだったんだ、俺の人生は。

 最後に友達に、彼女に、母親に裏切られて。

 空っぽだ。無意味だった。

 ずっと、ずっと虚無だった。


 あぁ、俺は本当に、不幸になるために生まれてきたんだ。

 俺の悲劇を笑う連中のために、生きてきたんだ。


「しゃーねえ、とりあえずトドメさしとけ。おい奥さん、止めるなら今だぜ」


「…………なるだけ苦しませないように」


「くくく、おいお前ら、やれ!!」


 石狩ホロンは言っていた。

 俺と関わった女は欲に飲まれて堕ちていくのだと。

 じゃあ、俺がいたからミコは地獄に落ちるのか?


 俺は、俺はただ、ミコのために、家族のために、一生懸命頑張ってきただけなのに……。

 退屈でくだらない俺の人生が、ミコを不幸にするのか。


「ははっ」


 バカバカしい。


「くはははははは!!!!」


 この世界は俺を嫌っている。

 いいや、嫌ってすらいない。


 どうでもいいんだ。

 だったらさ。


「ぶっ壊してやる。常識も倫理もぜんぶ」


 力を振り絞って、立ち上がる。

 相川の部下たちが、近づいてくる。


「まずはお前らの人生から終わらせてやるよ」


「あん? なんだお前。この世は弱肉強食。弱いやつは報われない世界なんだぜ」


「そうか、ならハッキリさせよう。どっちが食われる側なのか……」


 ホロンからもらったスマホをかざす。

 自信や確証があったわけじゃない。ただ、そうするしかなかっただけだ。


【死ね!!】


 部下の男たちはスマホの画面を凝視すると。


「はい!! 死にます!!」


 瞬時にお互いに近くにあったペンやハサミを手に取り、自分の首筋に刺して、抜いた。

 血が吹き出る。糸が切れたように倒れる。


 相川も、母さんも、呆然としていた。


「な、なんだってんだ」


 殺した。よくわからないが、俺の命令でふたりの人間が死んだ。


「ハク、あなた何したの!!」


「おいガキ!! てめぇよくも!!」


 うるさい。


【黙れ、踊ってろ】


 クズどもにもスマホの画面を見せる。

 ふたりは素直に各々踊りはじめた。

 阿波踊りだった。


 これが、ホロンがくれた力。





「派手にやったね、ハクきゅん」


 いつの間にかホロンが部屋に入っていた。


「本来、女の子を支配するために作られた催眠アプリを、奪ってきたの。それがあれば、ハクきゅんの理想の世界を創造できる。神になれるの!! この、狂った世界を塗り替えて」


 ボーッとする。

 頭が痛い。鼻から血も出てる。

 疲れた。


 その場に座り込む。

 失血で死んだ男たちの血が広がって、俺の足を濡らした。


 ホロンが後ろから俺を抱きしめる。


「あぁ〜ん♡ マジで夢見たい。愛しの推しピと触れ合えるなんて」


「…………」


「うぅ、泣きそう。あっ、泣く。ハクきゅんハクきゅ〜ん!! ハクきゅんの服に私の涙を染み込ませる〜!!」


 強引にホロンを押し倒す。

 こんなときにすることじゃないが、俺の本能がホロンの服を無理やり脱がせた。


「やん♡♡ 大胆」


「黙れ」


「いいの? 彼女でもない女相手に裸になって、バカみたいになるの」


「俺の許可なく喋るな。髪を毟るぞ」


「んふふ♡♡ 来て、ハクきゅん♡♡」


 求める。ホロンを、快楽を。


 血がホロンの髪を湿らせた。

 だからといって止めてやるものか。


「あはん♡♡ ハクきゅん、激しい!!」


「はぁ、はぁ、お前、いったい何なんだ。俺の知ってるホロンじゃない」


「どうでもいいじゃん、そんなこと」


 あぁ、確かに。

 少なくとも今は、小難しいことはなにも考えられない。


「あはぁぁん♡♡ ハクきゅん♡♡」


 母さん、いや母さんだった人。

 あんたから最後に教わったこと、胸に刻んでおくよ。

 人生、ときには切り捨てることも肝心なんだろ?


 あぁ、捨ててやる。

 ミコを幸福にするために、ミコ以外のすべてを利用して、絞り尽くして、ボロ雑巾のように切り捨ててやるよ。

 いま、俺が抱いている女すらも。


「なぁ、ホロン」


「なぁに? ハクきゅん」


「とりあえずなんか食おうぜ」


 腹が減った。







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※あとがき

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2025年12月28日 07:00

彼女曰く俺は寝取られゲーの主人公らしいので催眠アプリで妹のための神になる。 いくかいおう @ikuiku-kaiou

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