彼女曰く俺は寝取られゲーの主人公らしいので催眠アプリで妹のための神になる。

いくかいおう

第1話 灰色の日々

 朝、5:30。

 起床し、家族の朝ごはんを用意する。


 母、それに妹。


 朝食といっても白米、味噌汁、スクランブルエッグにミニトマトをトッピングした簡単なものだ。

 俺の分は食パン一枚だが、バターを塗るので味に文句はない。


 冷蔵庫には、俺がサッカーをやっていた中学時代の写真が貼られていた。

 もうサッカーはやっていない。怪我と経済的理由からやめてしまった。




「誕生日おめでとうです、兄さん」


 朝食を食べながら、妹のミコが微笑む。

 小柄でおかっぱボブな、兄の贔屓目なしに見ても可愛い妹だ。


 12月20日。今日は俺の17歳の誕生日である。

 だからといって、特別テンションが上がるわけでも、誰かからプレゼントやケーキを貰うこともない。

 少なくとも、我が家にはそんな経済的余裕はない。


 父が自殺した、あの日から。


「ふふ、兄さん、また一つ老けましたね」


「お前もちゃんと老けてきているよ。ほら頬にシミが」


「えっ!?」


「はは、冗談だよ」


「むー!! イジワルなところは変わりませんね」


「誰かさんのお兄ちゃんだからな」


 ミコが不満げに俺を見つめる。

 可愛い妹だ。俺はこいつが健やかに、社会人として成長するまでは贅沢はしないつもりでいる。

 まだミコは14歳だから、少なくともあと8年くらいか。


「兄さん、せっかくの誕生日なんですから、今日くらいたくさん食べてもいいんじゃないですか?」


「食欲ないんだよ」


「今日は私が我慢しますから、たまにはお腹いっぱい食べてください」


「…………」


「あっ、無視するんですね。ふーん。ふーん」


「悪かったよ。わかった、晩飯はちゃんと食うよ。ありがとな」


「ふふ」


 インスタントのラーメンに贅沢なトッピングをする程度だろうけどさ。

 それでも、ウチではご馳走なのだ。


 寝起きの母さんが寝室からでてきた。


「おはよう。ハクくん、ミコ」


「うん。母さん、今日はパートでしょ?」


「そうなんだけど……休んじゃうかもしれないわ。調子が悪くて」


 またか。

 最近多いな。

 そのくせ外出しているし。どこへ行っているのか。


「そっか。まぁそのぶん俺が働くからいいよ」


「ごめんなさいね、誕生日なのに。きっともうすぐ、楽になると思うから」


 根拠なんかないだろう。

 明日は明日の風が吹く、お天道さまは見てくれている、的な希望的現実逃避でしかない。


「ハクくんに自由を、あげられるはずよ」


「自由なんかいらないよ、俺に気を使わなくていいんだから」


「ハクくん……」


 母さんが優しく俺を抱きしめる。

 母さんには無理をさせたくない。


 もちろん、ミコにも。


「ミコも、自分のことを優先していいんだからな。俺がこの家を支えるって決めたんだ。お前は遠慮しなくていい」


「兄さんはマジメすぎます」


「責任から逃げたくないだけだ。前みたいに、お前が貧乏だからってイジワルしてくる連中がいるなら、ちゃんと教えてくれよ。どうにかするから」


「いませんよ、もうそんな人」


 ミコのためだったら、俺は女や子供相手だろうが拳を握る覚悟がある。


 ミコは知らないだろうが、俺とふたりには血縁関係がない。

 ていうか、引き取られたのだ、俺は。


 無責任に俺を産んでいなくなった本当の両親の代わりに、遠い親戚だった母さんと父さんが俺を育ててくれたのだ。


 実の子供のように。

 だから俺は、このふたりだけはーー。






 身支度を済ませて、家を出る。

 偶然にも同じアパートに住む隣人のおっさんが、ゴミ袋片手に出てきた。


 相川。ハゲて太った清潔感のない男。

 妹のミコや母さんを、いつもニヤニヤしながら見ている気持ちの悪いやつだ。


「おっす、クソガキ」


「どうも」


「おい、バイト頑張れよ。サエさんとミコちゃんのためにもな。けけ」


「ちっ……」


「お? なんだその態度は年上を敬えよクソガキ。これだからZ世代ってやつはダメなんだよ」


「……はぁ、すんません」


 軽く会釈をして、速歩きでアパートを去る。

 お前なんぞに言われなくても頑張るさ。ミコが大学を卒業するまではな。


「あれ?」


 なんであいつ、母さんや妹の下の名前を知っているんだ。

 手紙でも盗み見たのか? 気持ちの悪いやつ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 校門が見えてきたところで、


「ハク!!」


 彼女のユリネが駆け寄ってきた。

 長い黒髪の清楚な子。同じコンビニでバイトしていて、そこで知り合った。

 俺がいつも金欠なせいか、ロクなデートやプレゼントもしてやれていないが、時間があれば一緒にいて、お互いくだらない話に花を咲かせている。


 彼女の家もシングルマザーだから、同じ悩みや苦悩を共有できるのは、精神的な癒やしになる。


「誕生日おめでとう」


「ありがと、ユリネ」


「ごめんね、せっかくの誕生日なのにバイト代わってもらっちゃって」


「いいさ、次の土曜にでも遊ぼう」


 当日に一緒にいられないのは寂しいけどさ。


「にしてもユリネ、最近バイト休みがちじゃないか? 店長も呆れてたぞ」


「う、うん。ちょっと忙しくて。ほら、ウチ、パパがいないでしょ? だから働いてるママの分までいろいろ家のことやんなくちゃで」


「まぁ、代われる日は俺が入るからいいけどさ」


「……ハクって、いつもマジメで優しいね」


「そうでもないよ」


「とっても素敵だと思う」


 ふたりで校門を過ぎ、下駄箱を目指す。

 後ろから笑い声が聞こえてきた。

 何人もの生徒が、後方を向いてヒソヒソと悪意のある笑みを浮かべている。


 彼らの視線の先には、髪がボサボサの少女がいた。

 前髪で顔も隠れている、学校のはぐれもの。

 独特の異臭を放っているあたり、洗濯や入浴をサボっているのが容易に想像できる。


 同じ学年だけど、俺は喋ったことすらない。

 確か名前は……。

 沈殿した記憶を探っていると、


「あんたさぁ、学校くんなって言わなかったぁ?」


 横から現れたピンク色の髪の女生徒が、取り巻きを引き連れてボサボサ髪の少女の行く手を阻んだ。


「うーわ、相変わらずくっさいね。マジホームレスなんじゃないの?」


「……ごめんなさい」


「謝るくらいなら風呂は入れって……よっ!!」


 手提げバッグで少女を殴る。

 ちっ、あいつ。


「やめろよ、ホロン」


「あ、久しぶり〜、ハクちゃん」


 イジメっ子のこいつは石狩ホロン。

 中学からの知り合いで、当時から現在に至るまで、サッカー部のマネージャーを努めている。

 中学時代は仲が良かったのだが、今の彼氏と付き合いだしてから変わってしまった。


「それと……おはよう、ユリネちゃん」


 ユリネが顔をしかめる。


「イジメはやめようよ、石狩さん」


 鼻で呼吸するとボサボサ少女の体臭が鼻をついた。

 確かに臭う。獣みたいな臭いだ。注意こそしてもいいだろうが、暴力は違うだろ。


 ユリネが声をかける。


「大丈夫? ケガはない?」


 優しいな。臭いなんて気にしないんだ。

 周りのギャラリーも関心している。

 俺がユリネのこういう、誰にでも優しいところが好きだ。


「立てる?」


「あっ、あう……。ありがとう」


 それを見ていたホロンが鼻で笑う。


「良い子ちゃんぶっちゃって。きも」


「おいホロン」


「ていうか〜、ハクちゃんさぁ、いつまで私の彼氏ぶってんの? 私がハクちゃんの彼女だったのは、中学時代の話じゃん」


「そういう問題じゃ……」





「おいハク、俺の彼女になんのようだよ」





 今度はサッカー部のエースが登場か。

 背の高い男。ホロンと同じく、中学からの知り合い。

 俺の元相棒。須郷コウダイ。


「そいつはもう俺の彼女なんだぜ」


 と、後ろから腕を回してホロンの胸を揉む。


「ちょっ、まだ朝なんですけどぉ」


「いいじゃねえかよ別に」


 そう、俺からホロンを奪ったのは、こいつなのだ。


「ほら教室行こうぜ。ハク、またな」


「うん」


 確かにこいつは俺から彼女を奪った。というか、俺と別れたホロンとすぐに付き合いはじめた。

 だけどこいつを嫌っているわけじゃない。こいつは、サッカーをやめた俺の代わりに全国出場の夢を叶えようとしてくれている。

 友達……なんだ。小学生の頃から、ずっと。


「私、あの人嫌い」


「コウダイのこと?」


「石狩さんだよ。……いつまでも彼女ヅラしているのは、あの人でしょ」


 ユリネが憎々しそうに、ホロンの後ろ姿を睨む。

 怨念が届いたのか、ホロンはなにもないところで躓いて、見事にすっ転んだ。


「うぎゃっ」


 天罰だな。

 ボサボサ少女は、気づけばいなくなっていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき

応援よろしくお願いしますー。

長くなりすぎないようにがんばりますっ。

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