序章 第2話 「ルールと力」
新学期初日を終えて、私が自宅に着くと、玄関の扉は閉まっており、鍵を取り出し玄関を開けた。両親はまだ仕事からは帰っておらず、姉についてもまだ学校に残っているのだろう。おそらく今学期の行事の計画や予算について見直しているのだろう。それは新学期初日にまで行うことなのだろうか?とも思ったが、姉にとってはそれは当たり前にこなすべきことの一つなのだろうと思い、考えるのをやめた。
洗面台で手を洗い、冷蔵庫からおやつを取り出すと、無作法だが上半身を捻り肘を当てるような形で、冷蔵庫の扉を閉めて自室へ向かった。おやつのヨーグルトを食べ終え、私は勉強机に座り、引き出しの中から一冊のノートを取り出した。
新学期の初日から勉強に励む程、私は姉のように勤勉ではない。そのノートを開くことは私にとっての一つの習慣でもある。このノートは私自身の中にいる私が悪魔と呼称するものの、力やルールについて記しているのだ。表紙をめくった1枚目には、私が記した太い油性ペンで描かれた一文が表れる。
「私は何かを、願ってはいけない。
私は何も願ってはいけない。」
と、これは私の意思表明でもあり、戒めでもあるのだ。私の力は万能でも無ければ万全でもなく使うべきではないものなのだ。
その一文を噛み締めるように一読すると、次のページをめくる。そのページには、以下のように記されている。
悪魔のルールについて
①悪魔は願いを叶えてくれるが、叶えてはくれない。(私が望んだ形では)
②悪魔は私が願った時には、「分かった」といい「3、2、1」とカウントダウンを始め、私にとって良くない過程で叶えたあとは「クスクス」と笑い声をあげる。(私に支障がない時、または悪魔にとって面白みのない結果になった時は、無言である。)その声は男性とも女性とも取れない声である。
③悪魔は私が願えば願うほど力を増していく。
④願い事は出来るだけ、複雑で詳細にまで願わないと、良くない形で叶う。(恐らくどれだけ詳細に願ったところで、良くない形となる。逆に悪魔にとってどうでも良い願いの時はあっさりと願い通りになることもある。)
⑤願い事が叶うまでの過程は想像の範疇であり、起きた過程については知る事ができない。(目に見える範囲でしか、理解できない)
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このルールはあくまで私が理解している範囲であり、私の中での解に過ぎないのだ。恐らくもっと複雑で詳細なルールもあるのだろうが、力を極力使う勇気のない私には検証のしようがないのだ。私が歩んできた平凡で短い17年の日々では、これくらいの理解しかできないのだ。
さて、もし私以外の人がこの力に気づいた時には、どのように思うのだろうか?人によっては、素晴らしい力だと思うのだろうか?他人の不幸や結果に伴う過程なのどうでも良いと思い、多くの願いを望むだろうか?恐らくそうはならないと私は思う、私がこの力に気づきルールを知り、生き方を決めるまでには、多くの代償が伴い、今の私を作り上げたのだ。このノートを見る度に苦い過去が蘇ってくる。
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小学生3年生の9歳の私には、両親と姉と大好きな祖母がいた。祖母は元教師であり、両親が共働きで家を開けている間に、私が淋しくならないように、面倒を見てくれていた。元々しっかりとしていて、大人びた性格の姉は、私ほどベッタリと祖母に甘えることはなかった。祖母は私の知らないことを沢山教えてくれ、今の人々には忘れられた習慣や信仰、物事の捉え方を教えてくれた。「聖、すべての行動には責任があって、その人の行動が色んな人に影響を与えるんだよ。目には見えないかもしれないけどね。」「影響ってなに?」当時の私には理解できず、そう聞き返した。「影響ってのは、良いことも悪いことも全部含めてその人から生まれるものなのよ」「ふーん」理解できない私は祖母の作ったおやつを食べながら空返事をした。それをみてうれしそうに笑う祖母を憶えている。
無知な私は祖母に一つの疑問を投げかけた。「お祖母ちゃん。どうしていつもパパとママは夜にならないと帰ってこないの?ほかの子の家には、いつもママがいてくれるのに。パパだって夕方には帰ってきて遊んでもらえるのに、どうしてなの?」祖母は少し困ったような顔で、「聖のお父さんとお母さんはね、聖とお姉ちゃんのためにね、一生懸命お仕事に行ってるのよ。」「どうしてお仕事に行かなきゃいけないの?」「聖にはまだ難しいかもしれないけど、2人が大きくなるためには、お金が必要になるのよ。それをもらうためにお仕事を頑張ってるのよ。だから分かってあげてね」「分かんないよ!」涙目で私は祖母を睨んだ。すると、声を聞いた姉が、下へ降りてきて私を叱った。「コラ!聖、お祖母ちゃんを困らせるな」姉に叱られて私は声をあげて泣き出した。それをみて呆れたように姉は、自室へと戻っていった。祖母は私の頭を撫でながら、「お姉ちゃんもねきっと寂しいのは、聖と同じなのよ。あの子はお父さんに似て賢いから、それを見せようとはしないだけなのよ。お父さんとお母さんの事もお姉ちゃんの事も許してあげてね」祖母の声に耳を傾けながら、どうしてお姉ちゃんはあんなふうに怒るのだろう?お姉ちゃんは淋しくないのかな?この頃からお姉ちゃんの考えていることが理解できなくなってきていた。泣き疲れた私は気づけば、祖母の膝で眠りに落ちていた。目を覚ました私は自室のベッドにいて、祖母が運んでくれたのだろうと理解した。眠い目を擦りながら、「お金が必要になるのよ」祖母の言葉を思い返し、私はぼんやりとお金があれば、パパとママも仕事に行かなくて良いのかな?そう思った私は、絵本で読んだ流れ星に願い事を願うと、叶うという話を思い出し、外の星を眺め、たくさんお金が貰えますようにと願ってしまった。するとふと遠くからは「クスクス」と聴こえてきた気がして、私は自身の行動を誰かに笑われたように感じ、恥ずかしくなって願うのをやめた。ドサッとした音が、庭に響き私は音の正体を確かめに庭へと出た。庭には一つの袋が落ちており、中を開けると沢山の紙幣が詰まっていた。紙幣には、殆どが五千円札であり、中には何枚かの千円札が混じっていた。子供の私の目にも、それが大金であることがわかった。音に気づいた祖母が庭へとやって来て、ビックリした顔で、私とその袋に目をやった。「お祖母ちゃん見て!沢山お金があるよ!私がね流れ星にお金が欲しいって願ったら、本当に出てきたの!」嬉しそうに告げる私と裏腹に祖母の顔は緊迫していた。そして一呼吸置き、祖母は私を見つめ、「このお金は聖が願ったら出てきたのね?そうなのね?」鬼気迫る祖母の表情に違和感を覚えた私は、「う、うん。そうだよ」と答えた。そして「お祖母ちゃんこのお金があれば、パパとママもお仕事しなくても良いよね?」そう言う祖母は私の肩に手を置き、目を見つめながら、優しく言った。「聖、このお金はね私たちのものではないの。だから貰うことはできないのよ。」と告げ、「今起きたことと聖が願ったっていうことは、お祖母ちゃん以外の人には言っちゃダメよ。お祖母ちゃんと聖との秘密よ」そう言われ、理解はできず、どうして?という気持ちでいっぱいだったが、祖母の真っすぐな眼差しと、その雰囲気から、「うん、わかった」と返事をしてしまった。「いい子ね。あとはお祖母ちゃんが何とかするから、聖は部屋に戻りなさい。風邪引くよ」そう告げた時には、いつもの優しい祖母の表情だった。そのあとは帰ってきた両親と祖母が何かを話しており、次の日には昨日の事はなかったかのようだったのを憶えている。次の日に学校では、学校全体の給食費が、何者かに盗難があったという話が担任からされ、教室には驚きの声があがった。その金額が昨晩私の庭に現れた袋の中の金額と同額だったことは、幼い私には知る由もない事だった。家に帰りそのことを祖母に伝えると、祖母は何かにハッとした表情を浮かべ、私に告げた。「聖、よく聞いてね。これから聖には沢山大変なことやしたい事ができるかもしれないけどね、昨日みたいにお願い事をしてはダメなの。辛いかもしれないけどお祖母ちゃんと約束して。いつか聖が大きくなった時にお祖母ちゃんがその理由を教えてあげるからね」優しい口調だったが、幼い私に分かるほど祖母の言葉から強い思いが伝わってきた。「うん。分かった!お祖母ちゃんと約束する。」そう言うと、お祖母ちゃんは私を抱きしめてくれた。祖母は少し震えながら、泣いているように感じたが、祖母の涙の理由は理解できなかった。しかし幼く愚かな私は、祖母との約束を破ることとなってしまった。そのキッカケとなったのは夏休み前のクラスでの事である。「夏休みには、家族で旅行に行くんだ!」「私の家はみんなで海に泳ぎに連れて行ってもらえるの!」同級生たちのそんな会話を聞いて、私は羨ましい気持ちで一杯だった。例年私の家では、夏休みになっても、殆ど両親は仕事に出ており、少ない休日でも両親は忙しそうにしており、どこかへ連れて行ってもらえる事はなかったので、祖母は家にいてくれるが、遠出する手段はなく、姉に至っては、自室にこもり勉強をするか、図書館へ出かけてしまうことが多かった。何度か姉に一緒に遊ぼうと告げた事もあったが、返ってくる言葉は、「そんな事よりも、夏休みの宿題は終わったのか」とか、「私は遊ぶよりも勉強しなければいけないから1人で遊べ」など冷たい言葉しか返ってこなかった。きっと今年も、家族で出かけることは無いのだろうと、沈んだ気持ちで、通学路をトボトボと歩いていた時、ふと私は願い事を思い出し、祖母との約束があるのは分かっていたが、少しくらい良いよねと思い、「パパとママがもっと沢山家にいてくれますように」と願った時、あの日のように「クスクス」と笑い声が聞こえた。周囲を見回したが、誰もいなかった。我に返り、なぜかとても良くない事をしてしまった気持ちになり、怖くなった私は、祖母の待つ家へと急いだ。「帰ったらお祖母ちゃんにあやまらなきゃ」。家につき玄関を開けて、ただいまと声をかけたが、返事はなかった。「お祖母ちゃん!?」いつも返ってくる返事はなかった。私は慌てて、お祖母ちゃんがいつもいる居間へと走った。そこにはお祖母ちゃんがいた。いたけど、様子がおかしかった。床に伏し眠ったように目を閉じていたのだ。パニックになった私は、どうすることもできずに、「お祖母ちゃん!お祖母ちゃん!」と声を掛けたが、返事は返ってこない。「どうすればいいの?おまわりさん!?お医者さん!?誰か呼ばなきゃ、誰か助けて!お祖母ちゃんが!」すると玄関から声が聞こえた。「聖!どうしたの!?」少しあとに帰ってきた姉だった。「お姉ちゃん!お祖母ちゃんが!」そばに来て、祖母の様子を見たあとに、姉は受話器へと向かい何処かへ電話をかけ始めた。その後、救急車が家へと到着し、お祖母ちゃんは病院へと運ばれた。両親が慌てて家に帰ってきて、家族で病室についたときには、祖母はベッドに横たわり、皆が必死に声をかけてもお祖母ちゃんが目覚めることはなかった。「私のせいだ」深い悲しみとともに私の胸に押し寄せるのは、深い後悔だった。その後お祖母ちゃんがいなくなった。わが家には、私たちをみるために母が仕事を変え、亡くなってからの数日は、忌引休暇により、父も家にいる形となった。そう願いは確かに叶ったのだ。私の望む形ではなく、最悪の形で叶ったのだ。その日から私には、恐ろしい力があることを知った。そしてそれを理解し、制御しなければならないのだと。その代償はとてつもなく大きなもので、今の私を形作る事となった。そして毎日このノートをめくり、噛み締めるのだ。
「私は何かを、願ってはいけない。
私は何も願ってはいけない。」
悪魔と過程と結果 @eris_rita
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