あなたは普遍的
箔塔落 HAKUTOU Ochiru
あなたは普遍的
太陽や月とおなじくらいに、とは流石に言わないけれども、オリオン座とおなじくらいには、あなたは普遍的だった。その普遍性は、たとえば美醜や能力の過剰や不足に基づくものではなく、かといって、あなたのすべてが平均値であったということもまた意味しない。強いていうなら、生存には欠くべからざるものなのに、ふだんはそこにあることも意識しない酸素の普遍性に、あなたの普遍性は似ていた。
あなたの普遍性の崩れる瞬間を、わたしが是が非でも見たいと思っていた、というのは、ごくごく一般的に解釈すれば恋ということになるかもしれない。もしくは庇護欲かも。けれども、わたしに言わせればそういう事実は一切なかった。わたしはあなたをどこまでも、頭のてっぺんから爪先まで、徹底して「個」としてあつかいたかった。でも、あなたのほほえみは、あなたがノートにシャープペンシルを走らせる音は、あなたのソプラノの声は、どこまでいっても普遍的で、つまりは「個性の発露」とはひどく外れていて、わたしは怒ったりかなしくなったりするよりも、やきもきした。普遍的であることで、あなたが何かを奪われつづけているような、そんな懸念を覚えたからだった。
ある日の放課後、図書室でわたしは偶然あなたと鉢合わせた。あなたが手に取っていたのは谷川俊太郎の詩集で、やはり普遍的だと思ったわたしは、気がついたらそこが図書室だということも忘れて、自分の考えを熱弁していた。わたしが髪の生え際にかいていた汗は、必死になっていたからでもあり後ろめたくもあったからこそ流れたものだった。あなたはまじめと退屈と侮蔑を混ぜ込んだ普遍的な表情で、時折普遍的にうなずきながらわたしのはなしを聞いていたが、わたしがしゃべりやめると、くすり、と普遍的に笑って言った。
「あなた、倒錯してる。たしかに『普遍的な個性』は嚙み合わせが悪いけど、わたしは『個性が普遍的』なんだ。ご心配ありがとう。でも、わたしは大丈夫だよ」
わたしは茫然としながら普遍的に本を抱えて図書室を出ていくあなたを見る。あなたは普遍的に鼻歌を歌いながら、わたしを振り向くことは、普遍的に、なかった。
あなたとわたしが物理的に衝突したときと言ったら、ただの一回、それっきり。でも、いまでもオリオン座を空に見つけると、ふとあなたを思い出すことがある。
あなたは普遍的 箔塔落 HAKUTOU Ochiru @HAKUTO_OCHIRU
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