04.凶兆

 9月29日。午後6時。

 

 人気ひとけのない廃屋の6階。冷気が漂うビルの中に爆弾魔おとこは立っていた。


「あはは……はは……あははは」


 遠くに見える硝煙しょうえんが男の気持ちを高揚させた。興奮がほとばしり、男を絶頂させる。人々の悲鳴が心地良く耳に届いた。


 右手に起爆装置スイッチを持ったまま、「爆弾魔おとこ」は内側から込み上げる笑いをありのまま外へ吐き出した。


(流石の國連こくれんもここまでやるとは想像だにしなかっただろう)


 尾行をまき、目を盗んだ甲斐があるというものだ。


 下界の様子を眺めながらおとこは意味深な笑みを浮かべた。男の胸は期待で踊る。


 一人愉快な気持ちで目下の通りを見下ろすと、ちらほらと國連こくれんの隊員らしき人々が視界を滑るように駆けていく。皆、恐怖におののきながらも街の人々の安全を確保するため奔走していた。


(「國連」め。恐怖におののけ)


 「爆弾魔おとこ」は心の中で叫んだ。


 盤の上で踊る人々に男のわらいは止まらない。


 ――瞬間。


 冷ややかな銃声が空気を裂いた。


 反射で男はその場に屈む。

 遠くで響く複数人の足音が、大きくなって、廊下の先で動きを止めた。

 

 目を凝らせば、暗い回廊の入り口にぼんやりとした人影が浮かび上がる。月夜が辺りを照らし、淡い小麦色の短髪が視界に入った。


「『爆弾魔ボマー』だな」


 向日葵の香りが夜風に乗り、隊服を纏う金髪の男性が姿を表した。


「國連か……よくここが分かったじゃないか」

 

 爆弾魔の笑い声に、目の前に浮かぶ金髪の男性が拳銃を構えた。それに続き、黒い防護服を身に纏った人々が次々に室内に流入する。

 

 黒装束の人々はあっという間に円を作り、爆弾魔おとこを取り囲んだ。


 拳銃を構える統率官らしき男性が口を開いた。


「15名の殺害容疑。銃刀法違反。その他10件の違法行為。お前を拘引こういんする。異論の余地はない」


 芯のある男性の声に続き、黒装束の隊員が一斉に拳銃を構える。

 

 四面楚歌――に思えた。


 しかし爆弾魔ボマーの湿り気を帯びた笑い声がその場に響き、その声に、湿度に、人々が僅かに後ずさる。


 「――やめておいた方が良い」


 爆弾魔ボマーは前開きのローブをめくった。その下からずっしりと重たい爆弾の束が顔を覗かせる。男の手には起爆装置が乗っていた。

 

 男の怒号が建物を震わせた。


「その弾丸で破壊してみろ! 信号が途絶えた途端、てめぇらも俺も、もろとも吹っ飛ぶ!」


 


 その声を聞き、金髪の男性――ライアが軽く右手を振った。

 

 爆弾魔の頬を、鋭い弾丸が引き裂いた。


 爆弾魔ボマーの薄ら笑いが喉の奥で詰まり、濁音を立てる。

 

 その音にライアは軽い嘲笑を浮かべた。


 ライアが右手を上げれば――更にもう一発。隊員の一人が爆弾魔ボマー目掛けて発砲した。


 鋭い弾道が爆弾魔おとこの足を掠め、男の悲鳴が室内に響く。


 「――命が惜しくないのか!?」


 爆弾魔ボマーの顔が恐怖で歪む。


 ライアはただ冷たい笑みをこぼした。嗜虐的な笑みだった。


「今ので伝わらなかったか? どんな結果になろうとも、お前を逃がしはしないと……そういう意味だ」


 ライアの一喝に爆弾魔ボマーがたじろぐ。


「15名。お前のせいで死んだ……。彼らには少なからず家族がいた」


 ライアはただ事務的に告げた。


 「100名近く、おまえのせいで重軽傷を負った。中には後遺症が残った人もいる」


 あざ笑うかのようにライアは続けた。


「少なからず俺たちは、命を賭してここにいる……お前が殺した民とは違う」


 沈黙が、言葉の重みを強調し爆弾魔ボマーにのし掛かる。


「……これ以上、民間人の犠牲を出すくらいなら、ここでお前ごと滅ぶことも悪くない」


 その言葉に、熱に、爆弾魔ボマーが刮目し、その絶叫が建物を震わせた。


 爆弾魔ボマーが即座に、手に乗せられた起爆装置に指をかける――が、抑えた指先は虚空を切った。


 漂う鮮血と、宙を舞う起爆装置スイッチが視界をかすめる。


 即座に発砲した茶髪の隊員――その弾丸が爆弾魔ボマーの腕に食い込んでいた。


 一拍遅れて、激しい痛みが爆弾魔ボマーを襲い、男はその場に蹲る。

 

 


 

 それが合図であったかのように、隊員が波のように押し寄せ、あっという間に爆弾魔ボマーを押し潰した。


 爆弾魔ボマーは人の濁流に呑み込まれ、一瞬の内に制圧される。

 



 男の呆気ない結末を、ライアは静かに見降ろした。



「……こんなものか?」


 小さく呟かれたライアの一言は、夜風に流され、誰に聞かれることもなく闇に溶けた。





 

 ◇


 

 

 同時刻。


 爆弾魔ボマー捕縛に向け人が去った――僅かな衣擦れの音さえも廊下に響くほどに静まり返った室内。


 白くひんやりと冷たい石壁。

 

 目の前には数個の椅子が乱雑に散らばり、僅かな争いの痕跡を残している。


 國連倭國支部。

 20人入るのがやっとではないかと思えるほどに小さな連絡室。


 もたれかかった冷たい石壁がリサ・ラグナウッドの体温を下げていた。



 

 ヨウに言われ、ライアに連絡を取りに向かった連絡室。


 その道すがらばったりと出会ったブルーベリーヘアの後輩――クラヴィス。


 他の隊員への連絡のためにも、人手を欲し連れてきてしまった。そのことをリサは深く後悔していた。


 


 頭を殴られた衝撃で、意識はひどく混濁している。


 リサは、重い瞼をこじ開け、あどけなさが残る青年を見上げた。その顔には嘲笑が滲んでいる。


 争った拍子に額を切ったのか、視線を落とせば赤い鮮血が数滴、白い床に音もなく滴っていた。


「いや、まさか!こんなに上手く行くとは思いませんでしたよ。リサ・ラグナウッド」


 ブルーベリーヘアの青年が、リサの胸に足を乗せた。

 

 青年が足で傷口を抉るたびに、鈍い痛みがリサを襲う。

 

 青年が握りしめた拳銃。その銃口がリサの額に当てられる。

 冷たい鉄の感触がリサの思考を鈍らせた。


 希望はないと、リサに告げているようだった。


「……クラヴィス……あなた、どうして……」


 絞り出されるリサの声に青年は恍惚とした表情で答える。


「あはは! まんまと『爆弾魔』を追い詰めたつもりでしたか?」


 クラヴィスの愛らしい顔が、歪んだ笑みで崩れ落ちる。


 青年の不気味な笑顔が、リサの不安を掻き立てた。


爆弾魔ボマーが単なる犯罪者だと?」


「な、にを……?」


 リサのとぎれとぎれの言葉にクラヴィスは顔をほころばせた。


「――反乱軍」


 青年の麗しい瞳がリサを見つめる。青年の指が引き金にかかった。

 

爆弾魔ぼくのバックにある勢力です。はただの餌ですよ」

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