03.捜査記録
――ヨウ・エルディア。二等兵。
「オルド街虐殺事件」の被害者として有名な少女だ。
白銀の髪に
「彼女が反乱軍と内通しているかもしれないと、そういう噂よ」
昼下がり。雑務を終えたリサ・ラグナウッドは、対面に座るブルーベリーヘアの後輩に愚痴をもらしていた。
リサと同じ班に所属する後輩で、柔和な物腰の青年だった。
スミレの優しい香りと共に、青年がいぶかしげに眉を寄せた。
「反乱軍と? なぜ上層部は黙ってるんです?」
青年は目の前に置かれたブルーベリーチョコを口に頬張る。リサが差し入れたチョコだった。
「……知らないわよ。『
「それはともかく、リサさん。明日からその人と同じ技術班に配属なんですよね。そんな調子で大丈夫なんですか?」
「大丈夫な訳ないじゃない」
リサは口を尖らせた。
「でも、ライアさんの頼みだから……何か、考えがあるのよ」
リサは溜息をつき、窓の外に目をむけた。
窓から見える急峻な渓谷と、遠くに映る
◇
翌日。X16年9月3日。
ヨウ・エルディアが倭国支部に派遣されてから2日が経過した。
倭國支部は「
指揮をとるのはライア・エスタリカ首衛官。
ライアの指示の下、支部の全隊員が122の班に分かれた。
そして、ヨウは臨時の技術班に配属され、リサを含む数名の同僚と共に技術捜査を開始した。
更に5日が経過した。
技術室。
無機質な廊下の先、重たい押戸を開けた先には壁一面に白い石材と回路が埋め込まれ、異様な空間が広がっていた。
淡い茶色の室内。壁一面には、こげ茶色の管が張り巡らされている。
4日かけてヨウ・エルディアが設置した仮設の
ヨウは、部屋の中心に備え付けた大きな基盤の前に立っていた。
地図上には無数の光点が
ヨウの指先が地図上をなぞれば、光点が線を描き一人の人間の行動パターンを浮かび上がらせた。
「1か月前の8月3日、午後11時。中央広場に滞在。同日午後3時。ラザーラ地区にて数名の人物と合流……」
淡々と記録を取るヨウの横で、リサがヨウの言葉をなぞり音声データへと変換する。
「容疑者β、爆破事件当日のアリバイあり、ですね」
「除外」
ヨウの一言と共に、部屋に響く高い音が1つ、静かに消滅した。
――コンコン。
重い押戸が軽くノックされ、柔らかい声が室内に響いた。
「やぁ、ヨウ。調査は順調かい?」
顔を上げれば
「ライアさん。はい。順調です」
ヨウは手元に視線を戻し、淡々と上司に業務内容を伝えた。
「各容疑者全122名の
ヨウが
「あぁ、気にしないでいいよ。どうせ私には読めないから」
ライアが軽く苦笑した。
「技術のことは君に任せる。私は現場で指揮を執るよ」
ふわりと漂う爽やかな向日葵の香りが室内に広がった。
その日の夜。
人が去った技術室で、一人残ったヨウは机の前で自作の筆を手に取った。
今日の出来事を新しいページに加筆する。
『爆弾魔に関する極秘捜査手帳』
ヨウは几帳面な文字で、その日の捜査を記録した。
◇
X16年9月18日。
ヨウが支部に来てから14日が経過した。
ヨウはリサの協力のもと、
過去の爆破事件の発生時刻、容疑者の位置情報を照合し、アリバイのある者を除外していく。
――容疑者は当初の122名から、20名に絞り込まれた。
ヨウはリサの隣に立っていた。
目の前には冷たい温度の
リサの視線は確かに装置を見つめていたが、視点は宙を捉えているようだった。
リサが癖のある赤毛を揺らし、口を開いた。
「……残り、20名。こんなにもあっさりと絞れるなんて」
「
リサの小さな呟きにヨウは反射的に言葉を返した。
「……少し、意外だったわ。こんな風に真剣に捜査に付き合ってくれると思わなかった」
「私に何か疑わしい点でもありましたか……?」
ヨウが皮肉で返すと、リサは一瞬驚いた表情を見せたがすぐに声を出して笑った。
「そういう訳じゃないんだけど……そうね、私の判断が間違っていたわ。ごめんなさい」
リサの笑い声につられてヨウもつい頬をゆるめた。
「次の騒動が起これば、さらに絞り込めると思います」
一転したヨウの真剣な一言に、リサが神妙な面持ちを見せた。
「起こらないことを祈りたいけど……」
ヨウはリサをじっと見つめた。そこには迷いも揺らぎもない。力強い決意だけが宿っている。
「起こる災害――その被害を最小限で抑える。そのために『
「そうね……」
沈黙がその場に残る。リサをみると、少し口が開いていた。言いかけた言葉を飲み込んだ――そんな気配がした。
◇
X16年9月29日。
午前11時――人々が賑わう倭國の中央街。その大広間。
――突如、空を煤煙が覆った。
耳をつんざく轟音と共に、人々の阿鼻叫喚が濁流のように押し寄せる。
そのなかで、ひと際目立つ力強い声があった。
恐怖を
柔らかい小麦色の金髪の男性だった。
――この日、
しかし、國連隊員の迅速な対応により、死者なし。負傷者も3名にとどまった。
同日同時刻。
技術室にて2人の人物が
「爆破発生時刻、午前11時。発生時、遠隔操作可能範囲内にてアリバイの無い者は……」
ヨウの指が2つの光点を指示した。
「2名」
リサが息をのんだ。
「容疑者βXI。52歳。武器商」
「もう一人は?」
「容疑者αV。30歳。農業従事者です」
ヨウの言葉に、部屋に響く18の音が姿を消した。静まり返った一室に2つの高音が響き渡る。
街中を転々と動き回る光線。
その入り組んだ経路を、ヨウの
「ライアさんに至急連絡してください。この事件はまだ終わっていません」
◇
同日。
午後5時。
危機的な状況を乗り切り、國連隊員、および市民――その全ての人々が安堵しきっていた時間。
再び爆炎が街を襲った。
街を襲う業火の音と人々の叫び声が騒音と共鳴し、一層不安を掻き立てる。
街を駆けて行く人々は互いに押し合い、人混みがドミノ倒しのように崩れていく。
爆破に伴って巻き上げられた粉塵が視界を遮っていた。
――そして、それを遠く、高層の建造物から眺める男が一人。
人々は口を揃えて彼をそう呼称する。
唇の端が、僅かに吊り上がり、高揚感が押し寄せる。
歓喜に満ちた低い男性の声がその場に響き渡った。
「さあ。宴の時間といこうか」
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