シーン13 王女の不自由
ニコラを同行させる。
アイリスの判断に驚いたのはユエだけではなかった。
「ニコラを、ですか? お言葉ですが殿下、彼女は……」
声を上げたのは、部下に命じて馬に
「男性が苦手。知ってるわ。でもこれはニコラにしか頼めないの。それとも隊長、あなたがユエと一緒にアケノへ向かう?」
できるわけがない、とわかっているからこその問い。
警備責任者でありアイリスの護衛隊長でもあるエルダが王女のそばを離れることがあるとしたら、それは任を解かれたときか、王女をかばって刃に倒れたときだ。
「でしたら部下を同行させては……」
「ダメよ。もし奴らがエンディムの仕業に見せかけたいなら、アケノにエンディム兵がいる状況自体がまずいことになる」
その点、ニコラならば誰がどう見ても兵士ではない。
「それに、ニコラの名前はツクヨミにも伝わってる。あたしの医務官としての肩書もある」
ユエのような平民を大エンディム王国第一王女、アイリスネシア・エステル・フォン=エンディム殿下が知っていたのは、アケノ国第二十五代女王ツクヨミ陛下との文通による。ならばその逆も然りで、アイリス付きの側近の名前や人となりはツクヨミにも知れているはず、となる。
だが、名前を知っているのと実際に顔を合わせるのは天と地ほどの違いがある。
「ここで起きたことをツクヨミ陛下に
ユエが問うと、アイリスの顔に影が差した。
ツクヨミが証拠もなしにユエの言うことを
賢さとは、目に見えるものだけで判断しないということ。
だが、目に見える証拠があるに越したことはない。
「エルダ……!」
「できません。正式な書状を用意するには王都へ一報を入れなければなりません」
アイリスが、
「いつも通り、ツクヨミへの個人的な手紙として出すわけには……いかないのね?」
「……ご容赦を、殿下」
対するエルダもまた、苦渋の表情を浮かべていた。彼女の責務は王女を守ることで、二国間の戦争を止めることではない。
「離宮内に
エンディム第一王女暗殺未遂事件は、政治的にも国防的にも繊細すぎる情報なのだ。まず国王の耳に入れるのが通すべき道理、となる。
ましてや、アイリスがツクヨミを信じていても、兄王子や父王までもがそうとは限らない。
アイリスが自由奔放に見えるのは、本当は自由ではないからに他ならない。
「だからこそ、俺なんですね」
「そう。ペルディア離宮はこれ以上の支援ができないの」
馬の準備をしていた兵士が、エルダに頷いてみせる。用意してもらえたのは馬一頭、食料、いくらかの燃料、毛布。いずれも名目上は客人であるユエに一時的に貸し与えることになっており、王女の独断で動かせるギリギリの軍事物資なのだろう。
ユエは、馬の
「これもなくていい。エンディム王国軍の制式軍剣を
不安げに見つめる面々の前で、長剣があった場所にあの眼帯の男から渡された大太刀を吊る。
「ニコラ」
重い革の外套に身を包んだニコラにアイリスが声をかけ、二人の間で視線が交差する。
「……無事で、ニコ」
「はい、アイリス」
王女と臣下ではなく、友人として互いの名を呼び、アイリス自らニコラの背中を押した。
ユエはニコラの手を取り、馬上に引っ張り上げる。おっかなびっくりユエにしがみついた彼女の体温を背中に感じながら、手綱を握る。
「開門!」
隊長の号令に、門を守る兵が四人がかりで
「……」
誰も何も言わない。今馬上にいるのは本来ならエンディム国外に出してはならないはずの事件をアケノに運ぶ
だが見渡せば、エルダも、その部下たちも、アイリスまでもがユエに頷きを返してくる。
「ハッ!」
掛け声とともに馬が走りだし、
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