第2話
「蓬田、ちょっといいか?」——————————
いつもはもっとユルさのある、
温厚な課長が少し難しい面持ちで、そう呼びだした。
「来月から仙台に行ってもらう。
うちも戦力が落ちるから困るけど、
上が決めてるからな。異論は無いか?」
「希望が通ってよかったです。
ありがとうございます。」
「辞令は来月だから、準備は入念に頼む。」
ボクには都合がよかった。
今の彼女と付き合い始めて約半年。
遠距離はちょっと…と言われていたが、
「戻れるように会社に掛け合う」というのを
前提として理解してくれていたのだ。
これでやっと遠距離を解消できる。
嬉しさよりも安心感が勝った瞬間だった。
それに東京生活は、しっくりきていなかった。
説明してなかったが、生まれは仙台。大学まで仙台。
だから… 生まれてこの方 22年間、
仙台で過ごしていたってわけだ。
やっとしっくりくる、そう思った。
そこからは怒涛の日々だった。
東京での引き継ぎ、送別会と称した上司たちの酒盛り。今の業務の後片付けに、仙台での引き継ぎ、
引っ越しの準備まで。
火を吹きそうだったが、なんとか乗り切った。
これで東京にもう住むことはない。
もういい歳だし、仙台でゴールインするんだから。
そう思っていた。はずだったんだ。
だって、
こないだ、近所の某家具店(おねだん、以上。)で、
セミダブルのベッド、奮発して買っちゃったし。
2人分のスリッパ、買っちゃったし。
お揃いのパジャマ、買っちゃったし。
スマホの通知が鳴る。
「別れてほしい」————————————————
深夜まで残務に追われていたボクには、
ドッキリのように思えた。
カメラでも回っているのか?
テッテレー!があるのか?
あまりに滑稽で笑えてきた。
思わず課長にスマホの画面を見せてしまった。
温厚なユルさのある課長は、
ボクを嘲笑うように言った。
「これ嘘じゃないよね?」
急に現実に引き戻された。
「え、なんでボク仙台に帰るんだっけ…」
セミダブルのベッドを今すぐ返品したかった。
前にもらったハンギョドンのポーチも
ゴミ箱にぶん投げようかと思った。
もう返信する気力もなく、
「気分悪いんで帰ります!」と高らかに宣言し、
また被疑者のような面持ちで帰宅した。
もうどうしようもなくなったボクは、
「分かったよ。楽しかった。ありがとう。」
なんて世界で1番情けなくダサい返信をした。
こんなの坂口健太郎しか言っちゃダメだろ。
もっとこう、クロちゃんくらい図々しく言えよ…
なんて気付いたのは1週間後だった。
また高野豆腐に逆戻りした。
「俺の人生、これでええんやっけ…」
また聞こえた。最悪。
ぐんぴぃ、今ならキミより断然カーストは下だ。
もう全力で、罵倒してくれ。そう思った。
セミダブルのベッド、
返品期限過ぎてた。———————————————
「かめむし」 秋川すすき @Susuki_Akikawa_official
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