第13話 裏切りの連鎖

 アーサーはロンドン東部の倉庫街にたどり着いた。傷ついた右腕はまだ疼き、血がにじんでいる。廃業した時計工場の建物は、薄暗がりの中に無機質な影を落としていた。


「まずは連絡を...」


 彼は慎重に周囲を見回し、定められた暗号でドアをノックした。

「『夕暮れの鳩は三度鳴く』」


 しかし、ドアは固く閉ざされたままだ。内側から警告音が低く響く。


「そんなはずは...」


 アーサーは魔導認証パネルに手をかざした。微弱な魔力を流し込み、自身の識別コードを送信する。パネルが青白く光り、無情な文字が浮かび上がった。


『コード無効:ユーザー権限停止中』

『最終更新:本日11:00』


「ちっ...マルコム卿め...」


 まさに彼がマルコム卿のオフィスを出た直後の時間だ。卿は約束を破り、彼を見捨てたのだ。


 一方、マルコム卿はオフィスで日常業務を済ませた後、地下駐車場へと向かっていた。彼は車に乗り込み、組織支給の特殊な魔導通信器を取り出した。


「コード9832。緊急連絡」


 通信器の向こうから、感情のない声が返ってくる。「受け付けた」


「対象A(アーサー・ペンドラゴン)が生存。現在、東部地区の安全家屋附近に潜伏している可能性が高い」


「了解。情報を伝達する」


 組織内部では、この情報が素早く処理され、各セクションへと伝えられていった。最終的に、この情報はエディ・ウィンチェスターのもとに届けられた。


 エディは自宅の書斎でこの報せを受け取った。彼は魔導通信器を置き、深く考え込んだ。


「組織の情報網は実に効率的だ...」


 しかし、ここで大きな問題があった。エディはこの任務を極秘裡に行っており、ウィンチェスター家の人間を動かすことはできなかった。彼が使えるのは、組織から割り当てられた限られた人員だけなのである。


「全員を動員しろ。だが、注意しろ――対象は危険だ」


 彼の指示は、東部地区に配備されていた組織の工作員たちに伝えられた。


 同じ頃、反諜報部のサー・ジェレミー・ウォルポールは、アーサーの報告書を読み終え、顔色を変えて立ち上がった。


「これは...とんでもないことだ」


 彼は直ちに側近を呼びつけた。

「特別対策班を動員せよ!ペンドラゴンという若者を保護しろ――ただし、必ず生きて連行することだ。彼の証言が不可欠なのだ」


 老練な長官は窓の外を見つめながら呟いた。

「もし彼の報告が真実なら、我が国は史上最大の諜報戦の只中にいる」


 アーサーは傷ついた腕を押さえ、暗い路地裏に身を潜めていた。彼はまだ知らない――エディの手下たちが包囲網を着々と狭めていること、そしてもう一方で、彼を救おうとする勢力も動き出していることを。


 遠くで複数の車両のエンジン音が近づいてくる。アーサーは工場の影に深く身を沈めた。


「どうやら、終わりが近いようだな」


 彼はポケットから小さなノートを取り出した。これまでの調査結果が細かく記されている。せめてこれだけは――と思ったその時、遠くで鋭いブレーキ音が響いた。


 だが、それと同時に別の方向からも車両の音が近づいてくる。今回はより多くの台数だ。


 アーサーは息を殺した。彼の周りで、見えない戦いが始まろうとしていた。

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